『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の伏線を改めて読み解き、「完全なる桐乃エンド」を考察してみた(8巻編、下)

注意

この記事はライトノベル俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を全巻読んでいることを前提に書いています。
おもいっきりネタバレがありますので、未読の方はお気をつけください。

8巻の時系列

日付 出来事 原作
8月18日夕方(7巻ラストの続き) 黒猫の告白を保留する 第一章
帰宅後 桐乃に告白を真剣に考えると約束する 第一章
8月19日早朝 麻奈実にちゃんと黒猫に向き合うことを約束する 第一章
同日昼過ぎ 高坂家で夏コミの打ち上げパーティー 第一章
同日夕方 黒猫と付き合うことにする 第一章
8月20日 黒猫と付き合うことに浮かれまくって、桐乃に壁ドンされる 第二章
8月21日正午 御鏡が自宅にやってきて一緒に登校することになる 第二章
同日の部活時 黒猫に“運命の記述”を見せてもらいデートの約束をする 第二章
8月22日 黒猫との初デート 第三章
8月23日 黒猫の家で黒猫の妹たちと出会う 第三章
数日後の午前中 リビングで桐乃を押し倒してしまう 第三章
夏休みのある日 家に遊びに来た黒猫と桐乃が遭遇 第三章
夏休みも残り少なくなってきたある日 黒猫と花火大会に出かけて別れを切り出される 第三章
9月1日 瀬菜から黒猫が転校したことを知らされる 第四章
同日深夜 桐乃の部屋へ行き、桐乃に慰められる 第四章
9月2日の日曜日 いなくなった黒猫と再会し、桐乃の本音を知る 第四章
上記後の下校時 麻奈実と今回の顛末について話し合う 第四章
数日後の日曜日 黒猫の新居に桐乃と招かれる 第四章

第四章

P.229
「……せんぱい、大丈夫ですか? 死にそうな顔、してますよ?」
「……大丈夫。大丈夫だ……」
少なくとも、いまは。目眩が酷いが……脳が事態を認識していないから、まだ、大丈夫だ。
もう少ししたら、黒猫が転校してしまったという事実を認識してしまったら――ずしん、と、一気に来ちまいそうだけどな。
それに、まだ信じられなかった。黒猫が、いなくなってしまったなんて。
だから、誰にも確認することができなかった。
自分の目で確かめるまでは、信じられるわけがない。

黒猫が転校してしまった事実を瀬菜から知らされ、ショックを受ける京介。

P.231-232
俺が黒猫と付き合うことを決めたのは、あいつのあまりにも真っ直ぐ、一途な、強い想いに、応えてやりたいと思ったからだ。他人から、あんなに必死になって求められたことは、生まれて初めてだった。嬉しくて嬉しくて、どうにかなってしまいそうだった。
(中略)
他にも色々、やったっけな。どれも俺にとっては、一生の思い出だ。
俺は、あいつと一緒に過ごすうち、あいつのことを好きになっていった。

これらの京介のモノローグに嘘は含まれていないと思われます。
黒猫と付き合った2週間で、京介は本気で黒猫のことを好きになった。これは間違いなく事実でしょう。

P.234
どこまで自分勝手なんだ俺は! 肝心なことを見落としていた!
そもそも。そもそもだ! 黒猫がいなくなっちまったこと――
桐乃は、知ってんのか?
「~~~~~~っ」
俺は頭をバリバリかきむしった。一気に意識が覚醒した。壁に一発ヘッドバットかまして――再び携帯を取り出した。

黒猫に振られて落ち込んでいた京介を覚醒させたのは、やはり桐乃の存在です。

P.234
誰かに話を聞いてもらいたかった。一人きりで考え続けることに、耐えられなかった。
『苦しいときは、遠慮無く、いつだってわたしを頼ってください』
俺は、そんな言葉をかけてくれた幼馴染の電話番号を、短縮ダイアルから呼び出し、
「……いや」
ぱちん、と、携帯を閉じた。

麻奈実の言葉を思い出すも、連絡するのを止める京介。
事実上、麻奈実が京介との恋愛戦線から脱落した瞬間ですね。この時点で、もはや京介にとっては桐乃>麻奈実なのがハッキリわかります。

P.234
その部屋には、鍵がかかっていなかった。今夜は、たまたまかけるのを忘れていたんだろう。
半ばダメ元でノブを回すと、きぃ、と控えめな音とともに抵抗なく扉は開いた。

2巻 P.137
というわけでレッツゴー。俺は問答無用で、妹の部屋のノブを回した。
がちっ。
鍵がかかっていた。

ここは2巻のこのシーンとの対比ですね。
2巻では鍵がかかっていた桐乃の部屋ですが、8巻のこの時は鍵がかかっていません。これは決してたまたまではなく、桐乃の京介に対する信頼を表しているのでしょう。この後、京介が桐乃に相談を持ちかけるのですが、これも対比に含まれます。

P.235
もしも鍵がかかっていたなら、俺は自分の部屋に引き返して、麻奈実に電話をかけていただろう。

もし、桐乃が京介に心を許さず部屋に鍵をかけていたなら、京介は麻奈実に取られていたかもしれません。桐乃は自分では意識していなかったでしょうが、この時点で麻奈実に既に勝っていたといえます。

P.235
どうやら、もう寝ているらしい。なんとなく、足音を消してしまう。
そっとベッドに近づくと、安らかな寝顔が目に飛び込んできた。
ここで寝ていることなんて、当たり前に分かっていたのに、顔を見るとドキドキする。
「……桐乃」
――眠り姫。咄嗟に出てきたイメージがこれなのだから、俺のシスコンっぷりも重症だな。
起こすのが憚られる寝顔だった。こんなに無防備なこいつを見るのは、本当に久しぶりだ。
胸が締め付けられるような郷愁を覚えたよ。

桐乃の寝顔を見てドキドキし、イメージするのが眠り姫。
ちなみに『眠り姫』は王子様がお姫様にキスして目覚めさせ、結婚して幸せに暮らすという物語です。ここでそれをイメージする京介は、もはやシスコンってレベルじゃないと思いますよ。明らかに桐乃へのキスを意識していますし。
郷愁については、過去編の伏線でしょう。

P.235
「ったく、寝てる時はこんなに――」
なんでもね。

こんなに――の後に続くのは「可愛いのにな」以外ないでしょう。

P.236
――やはり起きない。よく眠っている。この分だと、胸を揉んでも気付かなそうだ。
「……………………」
この沈黙に意味はないから、勘ぐらないで欲しい。

妹に対して、キスの次は胸揉みを意識するとは……。
健康な男子高校生ならそういうことをしたいと思うのは普通とはいえ、黒猫相手ならともかく、中学生の妹相手となるとさすがにヤバい(笑)

P.236
「よし」
俺は意を決して、妹に覆いかぶさった。さすがに誰かさんのように馬乗りになるわけにはいかないが――まるで眠り姫を起こす王子のような体勢で、妹の寝顔を真正面から見詰める。
もちろんキスをするわけではなく、頬をひっぱたいて起こしてやろうという考えだったわけだが……そこで思いがけない事故が起こった。

キスを意識しまくりな京介。
聞いてもいないのに、自分から言い訳するところが非常に怪しいです。

P.236-237
「……んん」
桐乃が寝ぼけて、俺の首に腕を回してきた。
――はあ!? おま、ちょ……!
「ふひひひ……みやびちゃ~~~ん♡」
ぎゅっ。
「な……な……」
お、俺はみやびちゃんじゃ……。
思い切り慌てたぜ。寝ぼけた妹に抱きしめられて――しかも、
「ん~、ちゅっちゅ♡」
「うわあああああああ!」
い、いいいい、いまちょっと触れたかも!? や、やばいだろ!?

寝ぼけた桐乃に抱きしめられ、キスまでされそうになって慌てまくる京介。
この動揺ぶりもまた、桐乃を意識している表れですね。前章の押し倒し未遂もそうですが、これらの京介が桐乃を性的に意識する描写の多さは、桐乃を「妹」として意識していた6、7巻の頃と違い、「女」として意識し始めたという京介の心境の変化を表しています。これも対比の一つですね。
まぁ、それはそれとして、このキス未遂描写をカットしたアニメスタッフには猛省してもらいたいです、マジで。

P.237-238
ちっ、大声を出されたらマズイ! 俺は咄嗟に、妹の口をふさぐ。
「むぐっ! むー! むー!」
(中略)
深夜一時に妹の部屋に忍び込んで、眠っている妹に覆いかぶさり、大声を出されそうになったので口をふさいで「大人しくしろ!」と脅迫している兄貴。
顧みてみれば、レイプ魔そのものだった。
(中略)
「むー! むむっむむ!」
泣くなよ!
(中略)
「いっ、妹に夜這いとか――!?」
「だから違うっつーの! でかい声出すな親に聞こえる!」

兄に襲われて(勘違いですが)泣いてるところから、さすがに桐乃も無理矢理は嫌な模様。
桐乃は清純派ですからね(笑)

P.239
「……とりあえず、どいてよ」
言うとおりにすると、桐乃はベッドの上で、ゆっくりと上体を起こす。どうやら話を聞く気になってくれたらしい。俺は部屋の電気を点けようとしたのだが、
「……電気点けないで」
「……なんで」
「別にこのままでも話くらいできるでしょ」
「そりゃそうだけど」
「……髪とかぼさぼさだし、メイクもしてないし……察しろっつーの」
ぼそぼそと呟く桐乃。
別にそんなの、気にしないのにな。まあ、そのくらいの要望は、お安いご用だけどさ。

女の子は好きな男の子には綺麗な自分を見せたいもの……という桐乃の乙女心をまるで理解していない京介。

P.240
桐乃は俺の話を、黙って聞いてくれた。黒猫が転校してしまったことについては、『あたしも初耳』とのことだった。なら、きっと沙織にも、話していないんだろう。
(中略)
「あのクソ猫……いきなり一方的に別れるとか……なにやってんの? 意味分かんない……」
ぎり、と、歯を噛みしめる桐乃。圧し殺した怒りが、暗い部屋に充満していた。

この様子を見る限り、桐乃は黒猫の意図にはまるで気がついていない様子。
桐乃はこういうところ、本当に鈍感ですね。

9巻 P.179
そこまでは黒猫氏本人から予め聞いていましたし、転校については『自分で言うから』と口止めもされてはいました。

細かいことですが、沙織は転校について知っていたようです。京介はまたいい加減なことを……。

P.241
「一つ、大事なこと聞くけど」
「……」
「あんた、あの黒いののこと、好きなわけ?」
「――ああ」
「……こんな、わけわかんない、理不尽なこと……されても?」
「――ああ、好きだよ、いまでも」
自分でも驚くほど、あっさりと言葉が出てきた。
妹からの返事は、なかなか返ってこなかった。
「あっそ」

京介の口から黒猫のことを好きとハッキリ聞かされて、桐乃はかなりのショックを受けたのでしょう。返事がなかなか返ってこないところに、桐乃の内心が滲みでています。「あっそ」というそっけない一言は、桐乃なりの精一杯の虚勢と思われます。

P.241-242
すげない一言は、何故か胸に痛みをもたらす。
目頭が熱くなってきた。
自分の気持ちを口にして、改めて、いまの状況を、自覚してしまったからだろうか。
それとも……。
「っ……うっ」
嗚咽を止められなかった。止めどなく、熱い涙があふれ出てくる。

P.33
俺の妹は、俺にシスコンを自覚させやがったくせに、彼女を作れなどと言う。
「ケッ」
俺の懸念は的外れだったわけか。『彼氏を作らないでくれ』って言ったこと、気にしてたのがバカみたいだ。

ここの描写からも分かりますが、本当は京介は、桐乃に黒猫と付き合うことに反対して欲しかったのでしょう、自分が桐乃と御鏡が付き合うことに反対したように。でも、桐乃はそんなことを言ってくれない。自分が黒猫を好きだと言っても、どうでもよさそうな態度を取るだけ。

自分が桐乃のことを想うほどには、桐乃は自分を想ってくれていない(もちろん誤解ですが)。それが悲しくて、京介は涙を流したのでしょう。

P.242
正直なところ、俺は、誰かに弱いところを見せたかったのかもしれない。だから、すぐそばにいるこいつに、会いたくなったのかもしれない。頼りになる幼馴染に、電話越しに相談するのではなく、隣の部屋にいる、妹に、泣きついた。

京介にとって、家族の中で弱いところを見せられるのは、桐乃しかいなかったのでしょう。両親は選択肢にすら出てきません。京介が桐乃に対して信頼を抱いているのが感じられます。

P.242-243
「な、泣くなっての」
いきなり兄貴に目の前で泣かれて、さすがに桐乃も驚いたらしい。あわあわと慌て、どうしていいのか分からないようだった。
「……ほ、ほらっ」
迷った末に、桐乃は、パジャマの袖をのばして俺の顔に当ててきた。
す、と、涙が吸い取られて、消えていく。荒れ狂っていた心が、少しだけ凪いだ。

ここは個人的にお気に入りのシーン。
タオルやハンカチを用意するという手もあるのに、京介が泣き出して慌てた桐乃は、パジャマの袖を差し出します。桐乃の不器用な優しさを感じられる良いシーンですね。
せっかくの良いシーンに水を差すようで申し訳ないのですが、P.245の挿絵の桐乃のパジャマが半袖なのは明らかにミスですね。アニメではちゃんと長袖になっています。

P.244-245
「元気だしなってば」
桐乃は優しい声で、俺の頭を撫でてくれた。
いつか、妹がオフ会で孤立してしまったとき、そうやって慰めてやったっけ。
――おまえはよく頑張ったよ。
「あたしはあんたの、味方だからさ」
いまや、立場が逆になっていた。
妹が兄を、慰めていた。

ここも対比ですね。文中にあるとおり、ふだんと立場が逆。
京介が桐乃をではなく、桐乃が京介を慰めています。
京介は自分を優しく受け止めてくれる麻奈実の母性的な部分に惹かれていましたが、桐乃がそれを身に着けてしまったら、麻奈実はもう勝てないですね。

P.246
「兄貴(あんた)がどんなにどうしようもないやつでも、みんなが見捨てても、あたしはここにいてあげるから。ちゃんと最後まで心配して、叱ってあげるから」
照れくさかった。恥ずかしくて、だけど凄く凄く心強くて、誰よりも安心できる。
「――だから、元気出せ、兄貴」
家族の絆。血の縁。兄妹愛。言葉は何でもよかったし、どうでもよかった。どうせ口べたな俺には、いまの気持ちを正確に伝えることなんてできはしない。
ただ……ただ……さ。
「……ありがとよ、桐乃」
俺は妹に、救われた。

誰よりも安心できるという京介のモノローグに、桐乃に対する信頼と愛情を感じますね。
桐乃が京介のことを兄貴と呼んでいるのにも注目。ここは妹として兄を慰めているのでしょう。
3年前の過去編では麻奈実に救われた京介ですが、今度は桐乃に助けられています。
あと、血の縁というのは、実妹描写ですね。

P.247
……もう遅いのにな。
こいつには、俺の情けないところ、弱いところ、みんなさらけ出してしまったというのに。
俺の弱点は、妹に掌握されてしまっている。一生尻に敷かれ続けるぞ。
もう、手遅れなのだ。

P.248
「あ、やっぱ、言わなくていーや。そんなの、分かるし。あたしたちは――兄妹だから。……そう。どうせ――こんな感じでしょ?」


「あーあ。ったく――やれやれだぜ、しょうがねーな」


桐乃は、誰かの口まねをしているように、わざとらしくぼやいた
寄り添っていた身体を離して、俺の正面へと周り、
いつかの別れ際と同じように――妙に吹っ切れた感じで笑う。
「京介。あたしに任せて」

京介が桐乃に弱みを見せ、それを桐乃が受け入れる。ここは、今まで自分の中にある「凄いお兄ちゃん」を追いかけていた桐乃が、「本当の兄」の存在に気づく重要なシーンです。

いつかの別れ際というのは、4巻の第四章のアメリカ留学に行く直前のことですね。
ここが京介呼びなのは、正直よくわかりません。流れ的にどう考えても兄貴呼びが正しいと思うのですが……。

P.251
「で……、着いたはいいけど、どうすりゃいいんだ?」
「……あんた、アメリカまであたしを迎えに来た行動力は、どこ行っちゃったわけ?」
まったくである。あのときの俺の気合は異常だった。
よく似た状況なのに、今回の俺はダメダメである。桐乃のおかげで動けるまでには回復したものの――我ながら、いまにも橋から身を投げそうな空気を身に纏っていると思うよ。
(中略)
「あんたってさー、人のピンチには張り切るくせに、自分のこととなるとめっきりダメだよね」
「……そうかもしれん」

あれは妹をアメリカから連れ戻すというシスコンパワーがあったからであって、今回は自分のためだからダメダメなのでしょう。桐乃の言うとおり、「京介は誰かのためじゃないと力を発揮できない」ところがありますから。

P.253
俺は未来が真っ暗に閉ざされていくのを、実感していた。
「――ほら、行くよ」
闇を切り裂くように、桐乃の声が俺を暗い思索から引き戻した。
「そこのお店で、黒いのを見た人がいた。あいつ、やっぱこの辺にいるみたい」
「今日のおまえ、超頼りになるよな」
この分だと、桐乃に付いていくだけで黒猫と再会できてしまうぞ。
俺の手を取り、ずんずん進んでいた桐乃は、振り返って一言。
「あたしに任せてって、言ったでしょ」
桐乃さん、カッケー! 惚れてしまいそうだ!

超頼りになる桐乃。
実際桐乃って、本気を出せばチートレベルの実力を発揮しますからね。素直になって、大好きな兄のために使えば、ご覧のとおり。
惚れてしまいそうだ! と冗談めかしている京介ですが、実際この時点でほぼ惚れていますよね。

P.256
「もう一度聞くわ。――あなたたち、どうしてここに来たの?」
「決まってんでしょ! あたしは! あんたを連れ戻しに来たの!」
惚れ惚れするような喝破だった。どんな無理難題も吹き飛ばすような力強さ。
……かっこいい。不覚にも、そう思ってしまった。
小さいはずの妹の背中が、あまりにも心強い。
あやせが桐乃に心酔する理由が、分かった気がした。すぐ間近でこれをやられたのだとしたら、誰だろうと一発で惚れてしまう。

京介ばりに黒猫を喝破する桐乃。
やはり京介と桐乃は似たもの兄妹なんだなと実感する描写です。誰だろうと一発で惚れてしまうには、もちろん京介も含まれているのでしょう。

P.258
「どうしてこいつと、別れるなんて言ったの?」
「私が先輩と付き合ったのは――とある願いを叶えるためよ。私の理想を実現するために、私たちは幾つもの”儀式“を積み上げてきた。その延長線上に、いまの状況は、あるわ」
「はあ? マジで電波? 真面目に答えて」
「…………私は最初からそのつもりよ」

P.115-116の考察の時にも書きましたが、とある願いとは「桐乃と京介が幸せそうに笑っている未来」でしょう。お互い素直になれない兄妹の本音を引き出し、仲良くさせるのが黒猫の願いです。……ただ、実際のところはそれだけでなく、黒猫自身が京介に好意を持っていて、京介と恋人になりたいという願いも同時に存在する。ここが話と問題をややこしくしています。

P.258-259
「私が……私があなたのお兄さんと付き合って……あなたはそれでよかったの?」
「――は、はあ!? し、質問に、質問で――」
「答えて」
有無を言わせぬ迫力だった。圧された桐乃は、ぎり、と歯を食いしばって、
「いいって言ったでしょ! 電話で! 何聞いてたわけ」
「嘘ね。真っ赤な嘘」
「嘘じゃない! あたしはちゃんと納得してる!」
「本当に? ……いまも?」
繰り返し念を押す黒猫。
「……っ。……納得してるよ」
「……そう、やはり嘘ね。――そんなの『納得したフリをしている』の間違いでしょう? もしくは、そう思いこもうとしているだけかしら?」

桐乃を問い詰める黒猫。
桐乃の反応から丸わかりですが、黒猫の言うとおり、桐乃が言っているのは真っ赤な嘘ですね。

P.259-260
「ばかじゃん? ぜんぜん違うし――もしも、仮にそうだとしても、あんたには関係ない」
「あるわ――関係大ありよ。そんなのは、私の望む結末じゃない。そんな展開では、『理想の世界』に至れないの」
「い、意味わかんない! あたしの分かる言葉でハッキリ言えっ!」
「あなたの嘘を暴き出すことは、私にとって重要な”儀式“なのよ」

桐乃の嘘を暴き出し、桐乃の本音を引き出すことが、黒猫にとっての重要な”儀式“です。ここから黒猫によって、どんどん桐乃の嘘が暴かれていきます。

P.260
「――あなたは、お兄さんと私が付き合うことに納得していない」
「何度言わせるわけ? ――そんなことない」
「そう。では、どうしてあなたは、あのとき『偽の彼氏』なんてくだらないものを作って、私たちを騙したの?」
「そ、それは……」
「ごめんなさい、それについては『聞かない』という約束だったわね。私にとっては、聞くまでもないことだけれど。

桐乃が『偽の彼氏』を作って周りの人間を騙した理由は、

P.267
「だからあんなバカなことをしたの!」
「バカなことってのは……偽の彼氏を、家に連れてきたことか?」
「そう!」
桐乃はもう、黒猫を見ていなかった。両拳を握りしめ、俺だけを見て――
「あんたが……あんたが……っ!」
あのとき言いかけてやめた台詞の続きを、
「あんたが、地味子とか黒いのとかといちゃついてんのが超イヤで……耐えられなくて、同じ思いをさせてやろうって思ったの! 勝手にすればって、そいつと付き合えよって言われたらどうしようって、超怖かったけど……ど、どうしたらいいか分かんなくて……!」

ここにハッキリと書いてあります。

P.261-262
そこで黒猫は、場の空気にそぐわない「――くす」という意地悪な笑みを零した。そして彼女は、桐乃そっくりの口真似で言う。
「『――ほんとはさ、美咲さん、あたしたちのデート……尾行してなかったとしたら?』」
「な――」
もの凄い形相で絶句する桐乃。
え? いま黒猫のやつ――なんか凄いこと言わなかったか?
「あ、あんたねえ!?」
「ふふふ……あらあら、何を動揺しているの?」
嘲弄する黒猫。桐乃はひどくてんぱったまま、
「う、嘘吐くなって言ってんの! へ、変な勘違いされたらどうするわけ!?」
「勘違い? 真実の間違いでしょう? ククク……さあ、あなたのお兄さんに『あの偽デートの真相』を教えてあげるとしましょうか」
「偽デートの……真相? あの、俺が桐乃と二人で映画に行ったときのことか?」

黒猫が言う『あの偽デートの真相』とは「桐乃は美咲さんとのことをでっち上げてまで、大好きなお兄ちゃんとデートしたかった」ということでしょう。桐乃の言う変な勘違いと黒猫のいう真実が指すものはこれです。

P.263
「あ、あんた性格最悪すぎ!」
「褒めてくれて有難う。さあ、お次はとっておきのネタよ。あのときの電話であなたが言っていた件――『……あのね、あたしが偽の彼氏を家に連れてきたら――あいつね……』」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
桐乃が大声で黒猫の台詞をかき消した。黒猫はわざとらしく耳をおさえて片目をつむる。

桐乃がかき消した部分は、京介が桐乃に言った「お前には桐乃にはやらん」「桐乃と付き合いたいってんなら、てめえ! この俺に認めさせてみろ! 俺よりもおまえの方が、桐乃を大切にしてやれるってことをな!」「だが残念だったな! おまえより俺の方が桐乃を大切にする! ぜってーだ! だからおまえには桐乃はやらん!」云々のことを、黒猫に嬉しそうに話したことだと思われます。桐乃はこれらの京介の言葉や彼氏を連れてきた時の反応が嬉しくてたまらなかったので、黒猫に偽彼氏の件を説明する際、つい余計なことまで話してしまったのでしょう。

P.264
「絶対あんた本人のことだと思ったから、あたしだってデートの本貸してあげたんじゃん。――『プラトニックデート特集・一回目のデートでは手を繋ぐまで』ってやつ。『ククク……これで私は理論上デートの達人よ』とかいって調子こいてたじゃん。でもってデート当日の夜は、『……て、手を繋ぐには練習が必要なことがわかったわ』ってへこたれてたじゃん」
…………ああ、なんか、初デートのときの神猫さんの態度に、納得いった。
そしてたぶん桐乃も、その本を参考にして俺との初デートに臨んだろ。
俺が本と違う行動を取るたびに、怒ってやがったろ。間違いないと思うね。

桐乃の反撃。
桐乃がこの本を参考にして初デートに臨んだと京介は言っていますが、桐乃は3巻のクリスマスデートを1回目のデートに数えていて、7巻の偽デートは2回目とカウントしているはずなので(桐乃は偽デートでは最初からいきなり腕を組んできたのが根拠)、認識が少しズレていますね。

P.264-265
「――話題がループしてるっつの。ふん、まあいいや。あたしがあんたたちの付き合いを、本心では認めてなかったと仮にして。――そもそもさ。そこまであたしのことを分かってるくせに、アンタ、どうしてこいつに告白したの?」
「――――」
黒猫の目が見開かれた。桐乃の反撃が、急所に直撃したように。
「ひどくない? 友達が嫌がることを、分かってやったってことでしょ?」
桐乃は酷薄な口調で問い詰める。暴露大会で多少緩んだ空気が、再び引き締まった。
「それは……そこまでしないと、あなたが本当のことを言わないから……」
「一瞬で見破れるような嘘吐くなっ! それだけのわけないでしょ! あんたがあたしのことを分かるように、あたしだってあんたのことが分かる! あんたがどれだけ必死だったか……あたしはちゃんと分かってる! だから……だからあたしは――我慢してたんじゃん!」

桐乃の鋭い反撃。
これは京介の言うように黒猫の急所を直撃しています。まさに桐乃の言うとおりで、黒猫が京介に告白したのは、決して桐乃の本音を引き出すためだけではなく、京介のことが本当に好きだったからです。桐乃の京介への気持ちを分かっていながらも、それを抑えきれず自分の願いを叶えようとしたのは事実なので。

P.265
「我慢?」
「あ……?」
しまった、という表情で口を開ける桐乃。黒猫は言質を取ったとばかりに、
「……いったい何を我慢していたの?」

ポロッと本音を零してしまう桐乃。
当然黒猫はそれを見逃しません。

P.266-267
「あたしは、あたしは――兄貴なんて大ッ嫌い! 大ッ嫌い! 大大大大大大大ッ~~~嫌いなの!」
(中略)
「あたしは兄貴が大嫌い。だけど、だけど――兄貴に彼女ができるのなんて絶対イヤ! 嫌いだけど、すっごい嫌いだけど……あたしが一番じゃなきゃイヤ!」
その我が儘な叫びは、黒猫に追いつめられてようやく口にした、俺の妹の本音だった。
俺があのとき叫んだものと同じ、剥き出しの嫉妬心(かんじょう)だった。

ここは7巻で桐乃が偽彼氏を家に連れてきた時に、京介が本音を暴露した時との対比ですね。ようやく桐乃が本音を口にする時が来ました。

P.267-268
ああ……そっか。そっか。
イヤだったんだな、おまえ。俺と同じで――兄妹に恋人ができんのが、耐えられなかった。
なのにこいつは、俺にできなかったことを、してくれた。
『あんたが大切にしてる女の子』から告白されたら、ちゃんと……真剣に考えてあげて。
自分の気持ちを圧し殺して、俺の背中を押してくれた。だからこそ俺は、黒猫と恋人になることができたんだ。
いまにして思えば――俺が黒猫の告白に即答してやれなかったのは、妹のことがあったから、なのだろう。妹には、『おまえに彼氏ができるなんてイヤだ!』と自分勝手な気持ちをぶつけておいて、自分はちゃっかり彼女を作るなんて、ダメだと思った。
無意識で、躊躇していたんだ。
いまこそ俺は、自分でも理解できていなかった心の動きに得心がいった。
妹の健気な思い遣りを、ようやく見つけることができた。

ここは珍しく京介の主観がそのまま正解ですね。
特におかしな部分は無いです。

P.268
「――あたしに彼氏ができるのがイヤって、あんた、言ったじゃん? だから……あたしがイヤって言ったら、たぶんあんたは誰とも付き合わないんだろうなって……思った」
そのとおりだ。桐乃にそう言われていたら――俺は黒猫と、付き合っちゃいなかったよ。

結局のところ、京介が黒猫と付き合ったのは桐乃(と麻奈実)の後押しがあったからなんですよね。それが無かったら、黒猫と京介が付き合うことはなかった。

P.268-269
「あの日の夜……黒いのと電話して……偽彼氏の件で謝って……仲直りして……そのとき、聞かれたの。『あなたのお兄さんに告白してもいい?』って。あたしは――『いい』って言った。ホントはイヤだったけど……『いい』って言った。だって、あたしが別に好きでもない偽の彼氏を作るのとは、ぜんぜん事情が違うから。マジであんたのこと好きな娘が、すっごい臆病で優しい娘が、勇気を振り絞ってやっと想いを伝えようとしてんのに――邪魔なんてできない」
なんてこった。……俺は、また、妹を泣かせちまったのか。

ここは桐乃の言葉をそのまま受け取って問題ないでしょう。
京介の主観じゃないですし、疑う必要はないです。
補足すると、桐乃が邪魔をしなかった理由は、7巻の偽デートと偽彼氏の件で京介が自分を妹としか見てくれなかったことも関係していると思われます。この時点で桐乃は一旦京介のことを諦めて、「妹として」京介と黒猫が付き合うことを応援しようとしたのでしょう。

P.269
「でも、やっぱきつくて。あんたたちの仲を応援したこと、後悔しそうになってた。だから、あんたが振られたって聞いたときは、正直ほっとしたの。でも……でもさ、あんた、振られて、凄い哀しそうだったじゃん。……おいおい泣くし……あたしにまで相談してくるくらい、きつそうにしてたじゃん。それ見てたら、あたしも余計に辛くなった。いきなりあんたのこと振って、転校とかわけ分かんないことする黒いのにむかついた。絶対なんとかしてやるって、思った。――それがあたしの本音。いまここにいる理由」

ここもそのままですね。
野暮を承知で一つツッコませてもらうと、京介が泣いた原因の半分は桐乃なんですが……。

P.269
桐乃は拳で胸を叩き、見得を切った。
そして、先とよく似た、しかし少しだけ違う台詞を紡ぐ。
「あたしは京介に彼女ができるのなんて絶対イヤ。だけど、兄貴が泣いているのはもっとイヤ。……ほんとどうしようもないけど、それがあたしの本当の気持ち。だからさ、黒猫。あたしはこれから、あんたがあんな理不尽なことした理由を聞いて、ぶっ飛ばして、京介に謝らせる。でもって連れて帰って、転校なんてやめさせる。――なんか文句ある?」

ここは少しわかりにくいので補足を。
桐乃には「一人の女の子としての自分」と「妹としての自分」がいます。「あたしは京介に彼女ができるのなんて絶対イヤ」というのは前者の桐乃の本音で、「だけど、兄貴が泣いているのはもっとイヤ」は後者の桐乃の本音ですね。これはどちらも桐乃であって、7巻までは前者を優先することが多かった桐乃ですが、偽彼氏の件で京介のことを諦めて以降は、後者の気持ちが強くなっています。

ここは2巻P.348-350で桐乃があやせを説得した時の、

「あんたのことも、エロゲーと同じくらい好き!! ウソじゃないっ! なんで分かんないの!? どっちか選べるくらいだったら最初から悩んでない! 学校の友達も! オタク趣味も! どっちも凄く大事で、大切で、捨てられないからこんなんなっちゃってんでしょうが!」
(中略)
「いい、あやせ。あたしはね、どっちも捨てるつもり、ないから。友達も、趣味も、どっちもあたしには必要なものなの。どっちかが欠けちゃったら、あたしがあたしじゃなくなるの。だから決めた! 絶対あんたとは仲直りする! 絶対趣味はやめない! なんか文句あるっ!?」

このシーンとの対比にもなっています。
桐乃には他にも「モデルをやっている自分」「学校での優等生の自分」「オタク趣味が好きな自分」「陸上を大事にする自分」といろんな自分があって、どれも桐乃なんですね。この辺りを理解していないと、桐乃の気持ちは非常にわかりにくいです。

ぶっ飛ばして、京介に謝らせるという言葉が桐乃から出てきたのは、

P.30
「……二、三発殴って、ちゃんと話して、それで……大丈夫そうなヤツだったら……おまえもそいつのこと好きなんだったら……もう泣くしかないだろ。イヤだけど、すげえイヤだけど……止めらんねーしさ」
正直に答えた。きっとバカにされるだろうけど、ウソを吐いてはいけないと思ったから。
「ふーん、そっか」
すると桐乃は、目を伏せて頷いてから、急に雰囲気を一転させて、ぷっと噴き出した。

この京介の言葉を聞いた影響でしょう。桐乃は京介に彼女ができるのなんて絶対イヤだけど、兄貴が泣いているのはもっとイヤなので、何とか黒猫と京介を復縁させようとしています。

P.269-270
桐乃が親友のことをまともに呼んだところを、俺は、初めて聞いた。
「相変わらず無茶苦茶ね。熱くなるとそっくりだわ、あなたたち」
嘲弄するような口調なのに、どうしてか切実に響く。
「お兄さんに恋人ができるのがイヤでイヤでたまらないのに、許可を求めた私には強がって、お兄さんの後押しをして、そしていま、別れた私たちを復縁させようとしている」
黒猫は、いつか俺に向かってした問いを、今度は桐乃に投げかけた。
「どうしてそこまでするの?」
「ふん、兄妹だからじゃん?」
桐乃の答えは、俺と同じものだった。

いつか俺に向かってした問いというのは、

3巻 P.62-63
「……とんだ物好きもいたものだわ。いい機会だから聞いておくけれど、あなた、どうしてあんなに邪険にされてまで、妹の世話を焼いているの?」
なんでだろうなぁ……俺にも分からん。最初は成り行きで……いや、いまだって成り行きなんだけど……それだけじゃない、んだろうな。断じて認めたくはねーけど。
(中略)
「……じゃあなに?」
首を傾げる黒猫。なんでかしらんが、この話題にずいぶんとご執心らしい。ちゃんと納得のいく答えを聞くまでは、追求をやめてくれそうになかった。
仕方ねーなあ……。
俺は頭をぼりぼり掻きむしって、この何とも言えないものを形にしようと試みる。
さんざん言葉をさまよわせた末……出てきたのは、実に陳腐な台詞だった。
「…………兄妹だからじゃ、ねぇの?」
俺はふいっと視線を外し、自分のこめかみを叩いた。
顔の熱さをごまかすように、舌打ちをする。ダメだこりゃ。自分で言っておいてなんだけど、理由になってねーよ。黒猫だって納得しちゃくれないだろう……そう思ったのだが。
「…………そう。分かった」
黒猫は、こくりと小さく頷いた。

この時のことですね。
このやり取りは桐乃も横で聞いていて、それを桐乃が覚えていたのかどうかまではわかりませんが、そこは重要ではないでしょう。大事なのは、桐乃が京介と同じ答えを出したことと、京介をちゃんと兄だと認めていることです。桐乃は妹扱いを嫌っているのと、過去の「凄いお兄ちゃん」である京介を大事にしているところがあるので、めったなことでは京介を兄と認めませんが、7、8巻で起きた様々な出来事を経て、ようやく「今の京介」のことを兄と認め始めています。これをちゃんと認めるのが、11巻での麻奈実と京介との話し合いの時ですね。

P.270
「京介は――兄貴は、あたしのこと、いつだって助けてくれた。どんなに遠くはなれていても、ずっと心配してくれていたし、あたしが弱音を吐いたら、すぐに駆けつけてくれた。いつもそばにいて、何度も、何度も、護ってくれた。辛いときは慰めてくれたし、笑わせてくれたし、怒らせてくれた。バカなことしたときは、叱ってくれたし、嫉妬してくれた。悩んでるときは――相談に、乗ってくれた。あたしのことなんか、大嫌いなはずなのに。どうでもいいって、ずっとずっと無視し合ってたのに」


「――だからあたしもそうするの。そんだけ」


桐乃が俺にしてくれたことはすべて、かつて俺が、妹にしてやったことだった。
それは、俺と桐乃がともに歩んできた日々そのものだった。
ずっと一緒に暮らしていて、時には別れ、再会し、罵りながらも助け、反発し合い、何度も何度も喧嘩して、おっかなびっくり想いを告げて……仲直りして。
そんな関係をなんと呼ぶのか、言うまでもなく俺には分かる。
俺たちは、少しずつ、少しずつ近づいて、ようやく手を取り合うことができた。
本当になんのことはない。たったそれだけの、当たり前のこと。
俺たちは、ゆっくりと、長い長い時間をかけて――
いま、ようやく兄妹に戻ることができた。
それだけのことが、こんなにも嬉しい。
最近の俺は、泣いてばかりだ。
どうしようもない。
だって――泣くほど嬉しいんだから。
「やっと本音を言ったわね。――ここまでした甲斐があったわ」
黒猫は、肩の荷が下りたとばかりに、ほっと胸をなで下ろした。

桐乃が今まで隠していた本音を言ったことで、黒猫の”儀式“の一つが終わりました。
兄妹が仲直りし、手を取り合うことで、ようやく二人は本当の意味で兄妹に戻りました。
4巻の第四章で兄妹の冷戦は既に終わっていますが、ここもまた一つの区切りですね。

P.271-272
「あなたのお兄さんに、あなたの気持ちが伝わった。ようやく……ようやくこれで、いまこそこの質問をすることができるわ――」
黒猫は再び緊張に身を纏い、俺の方を向いた。


京介、あなたはどうするの?」


「あなたは、私のことを好きだと言ってくれたわね? だけど、桐乃は京介に恋人ができることがイヤでイヤでたまらなくて、それでも私たちを復縁させるというわ。自分たちは兄妹で――逆の立場だったら、きっと兄もそうするだろうから、と」
熱い涙を流す俺に向かって、黒猫は、
「儀式の続きを始めましょう。――聴かせて頂戴」
はっきりと追求する。
「桐乃の気持ちを知ってなお、あなたは私を選んでくれるの?」


決定的な問いだった。


(中略)
この問いが黒猫のいう”儀式“なのだとしたら、いまの状況は、彼女が狙って作り出したものなのだろうか。理不尽な形で俺と別れ、桐乃の本心を引き出し――そして改めて、自分を選ばせるつもりなのだろうか。だとしたら、なんて酷なことをするんだ。

”儀式“の続き。
黒猫は京介に、「桐乃の気持ちを知ってなお、あなたは私を選んでくれるの?」という決定的な問いを突きつけます。

P.273-274
だけど、そうだよな……それが俺の責任なんだ。
もう、これまでのように、叫んで無理を通すことはできない。
泣き落としでどうにかなる問題でもない。きちんと向き合って、答えを出さないと。
「――」
口を開けた瞬間、黒猫がかわいそうになるくらいビクッと反応した。
俺の返答に、怯えている。告白の返事を待っていた、あのときよりもさらに強く。
一瞬だけ迷って、決めた。
俺は大きく息を吸い込んで、その答えを――
「黒猫、俺は――」
「なんて、ね」
告げる直前で、無粋な台詞に割り込まれた。
「――冗談よ」
「え?」
「……冗談、と、言ったの。すべて冗談。……だから、答えなくていいわ」
目をつむって、くるりと背を向けてしまう黒猫。
鈍い俺にも、さすがに分かった。いくら何でも、これは嘘だろう。一度言いかけた答えなんだ。こいつがなんと言おうと、最後まで――
「いや、黒猫、聞いてくれ。俺は――」
「待って」
言えなかった。
「へ?」
「その続きを口にしたら、私は死ぬわよ」
「ええ!?」

京介が答えを言おうとするのを、冗談と誤魔化して拒否する黒猫。
これは本当に酷い、黒猫株大暴落です。ここでハッキリ京介が答えを言って、それを黒猫が受け入れて桐乃のサポートに回っていれば、黒猫の印象はもっとよくなったと思うんですけどねぇ……。

7巻 P.247
「私は――もはや遠慮はしない。私がちゃんと納得できるように、私にとってもっとも望ましい結果がもたらされるように、私なりの全力を尽くすわ」

私なりの全力を尽くすと言ったこの台詞は一体何だったのか……黒猫の全力ってこの程度なんですかね?

P.276
「……っふ……ククク……これで勝ったなどと、思わないことね……こうなることは、薄々分かっていたのだから。……完全勝利の予定が遅れただけで……予言書のシナリオ通りよ」
(中略)
「……勘違いしないで頂戴……私は逃げたわけじゃない。あくまで一時的な……戦略的撤退と知りなさい……」

これなんて完全な負け惜しみですよね。
桐乃の本音を引き出したところまでの黒猫は、高坂兄妹のためを思っての行動ということもあって、まだ同情の余地がありましたが……。

P.279-280
「黒猫さんのいう”ですてにー・れこーど“って、桐乃ちゃんにとっての『人生相談』みたいなものだったんじゃないかな?」
と、麻奈実は自分の解釈を語ってくれた。久しぶりに二人で下校しているときのことだ。
(中略)
「……そうかあ? 確かに”儀式“とかいって、色々一緒にやったけど、桐乃の人生相談とはなんか違う気がする」
同じだよ~? ――でも、表面的なところだけを見ると、確かに結構違うかも。『どうすればいいかな?』と、『こうします』の違い……っていったら、分かる?」
「あー」
確かに、桐乃の人生相談は例外はあるものの『どうしたらいいかな?』もしくは『○○してよ』
という形で、具体的というか、最終目標をきちんと俺に提示した上で、解決をゆだねてくる。
毎回理不尽だけどね。
一方で黒猫の”運命の記述“は、最終目標がなんなのか、抽象的でよく分からなかった。
ただ黒猫の『こうします』という指示に従って”儀式“をこなしていく形でさ……。
だからすっきりしねーのか。
目標を――黒猫の『願い』を達成できたのかどうか、是非を確かめるための感触がない。

桐乃の人生相談も黒猫の”運命の記述“も京介と一緒に何かを解決するという意味では確かに同じです。

P.280
「うん? でも、だとすっと、『俺と別れる』ことも、黒猫の予定に組み込まれてたってこと?」
「んー? どうかな? ああいう状況にしたのは予定どおりだと思うけど、やっぱり黒猫さんとしては、自分を選んでくれたらいいなって気持ちはあったと思うよ」
女の子なんだから、と、麻奈実は言った。
「桐乃ちゃんを見て驚いてたってことだから、旅行先まで追いかけてきたのは、予想外だったみたいだね。だからこそ、嬉しかったんだろうけど」

黒猫の気持ちを、やたら正確に推し量る麻奈実。
黒猫の当初の予定としては、『京介と付き合って、別れる』ことによって桐乃の本音を引き出したうえで、正々堂々、桐乃と勝負するつもりだったのでしょう。結局、土壇場で逃げてしまいましたが……。

P.280
これはどうでもいい気付きなんだが、最近……黒猫が麻奈実っぽく、麻奈実が黒猫っぽく、なっている気がする。麻奈実は黒猫の気持ちを、やたらともっともらしく語るし――黒猫はまるで麻奈実のごとく察しがいい。この符号に、何か意味があるのだろうか。

麻奈実と黒猫の共通点は、京介のことが好きで、桐乃の気持ちを知っていることです。そして、そんな高坂兄妹を近くで見守っている。そういった共通点を持つ二人だからこそ、麻奈実は黒猫の気持ちがよくわかるし、黒猫も麻奈実のように京介や桐乃の気持ちを察することができるのでしょう。

P.281-282
「だけど、意外だったなぁ。――きょうちゃんは、わたしに相談してくると思ってた」
「なんだそれ、まるで俺が弱音を吐くって、分かってたみたいだな」
「分かってたよ?」
おい! こ、こいつめ……!
まあ、確かに、思い返してみると、麻奈実は『困ったらわたしに相談してね』と、俺がピンチに陥ることを予想していた節がある。
「きょうちゃんとお付き合いする女の子は絶対大変だから、いつでも助けてあげられるように――って準備してたのに」
「信用ねえな、俺」
「あるわけないよ~」
今日の麻奈実さん、キツくないっすか?
麻奈実は力強く断言する。
「きょうちゃんは甲斐性なしだから、きょうちゃんと結婚して幸せになれる女の子は、あんまりいないと思う。――この予想には、自信あるよ、わたし」
「あやせ菌に感染でもしたの? おまえ」
俺、泣くよ? 優しい幼馴染みだったおまえはどこに?

麻奈実は、P.39の時点で黒猫が京介に告白した意図を察していたのでしょう。そして、その過程で弱音を吐きたくなった京介が、自分に泣きついてくると予想していたのでしょう。そこを自分が助けてあげるつもりだったので、京介と黒猫が付き合うことに対しても上から目線で、余裕ぶっていた。ところが、麻奈実の予想に反して、京介は自分を頼ってこなかった。

ここでの麻奈実の心境は、11巻でも明かされています。

11巻 P.298
「きょうちゃんに好きな人ができて、その人とお付き合いを始めたら、諦めて、応援して、祝福していたと思うよ。でも、ほら、黒猫さんとのことがあったじゃない。――実際に、家族みたいに思ってた幼馴染みが自分じゃない人と付き合い始めたら」
「たら?」
さも面白そうに聞いてくる。わたしも半ば笑いながら答えた――
「すごく悔しかった」
――笑えない台詞を。
「たぶん桐乃ちゃんと同じ気持ちだったんじゃないかな。……だから、わたしも変わることにしたんだ。きょうちゃんにとって、わたしが……ほ、本当に好きな人になれば……」

内心では相当悔しかったみたいで、ここからしばらくは京介への当たりもキツイです。

P.282
「……じゃあ俺は誰と結婚すれば、幸せになれるんだよ」
げんなりと聞くと、麻奈実は「えっ?」と狼狽して、赤くなった。
「え、えっと……えっと……たとえば」
麻奈実は何故か言い淀む。ぶるぶると子犬のようにかぶりをふってから、こう言った。
「あ、あやせちゃんとか……」

京介のことが好きな麻奈実としては当然自分と言いたかったのでしょうが、麻奈実の性格上、それは言いづらかったので、親しいあやせの名を上げたのでしょう。

P.282
「きょうちゃんは、将来のお嫁さんに感謝すること。きっとその娘、すっごくすっごく、がんばったんだから」

P.283
「あやせちゃんなら、みんなが笑って暮らせるような家庭を、無理矢理にでも作ると思う」
(中略)
「もちろんいまのは『もしも』の話だけど、きょうちゃんと付き合おうと思ったら、あやせちゃんくらいのぱわーがないと色々と大変だと思うよ。ただ付き合うだけなら簡単かもしれないけど、どうしても上手くいかない部分が絶対出てくるから。黒猫さんがあんな理不尽な別れ話を切り出した理由も、きっとそのあたりにあるんだろうし」

この辺の『もしも』の話は俺妹ポータブルの話だと思うのですが、僕は未プレイなので詳しくは知りません。未プレイの理由は義妹になった桐乃なんて絶対見たくないからです。そちらもちゃんとプレイすれば考察の精度が上がるのは分かっていますが、僕にも実妹キャラ好きとしてのこだわりというものがあって、ここは絶対に譲れないラインなのです、ご理解ください。

P.283-284
「どうしても上手くいかない部分って……なんだよ」
桐乃ちゃんのことに決まってるじゃない
麻奈実は、はっきりと言い切った。
「黒猫さんは、きょうちゃんのことと同じくらい、桐乃ちゃんのことが大好きだから、桐乃ちゃんの気持ちを無視して、自分だけ幸せになるのは駄目だと思ったんじゃないかな。――もちろん、それなら最初からきょうちゃんに告白なんてしなければよかったんだけど……それも、あの娘にはできなかった。……どうしても。――『なんで?』、とは聞かないでね。そこまで鈍い人なら、わたし、黒猫さんの代わりに本気で怒ってあげなきゃいけなくなるから」

麻奈実は桐乃の京介に対する気持ちを知っているので、京介が誰かと付き合うとなると、どうしても桐乃の存在がネックになるのがわかっています。
黒猫が京介に告白しなければよかったのにそれができなかった理由は、本気で京介のことが好きだったからですね。本気で京介のことが好きだったから、告白せずにはいられなかった。桐乃への友情との板挟みになって悩んだであろう黒猫の気持ちはもちろん理解できますし、黒猫なりに京介を自分に振り向かせるために頑張ったのもわかりますが、P.276で京介の答えから逃げたことに関してだけは、どうあっても擁護できないですよ。

P.285
「さて、みんなの気持ちを知って――きょうちゃんは、どうするのかな? 『目先の答え』は出てるみたいだけど、それってきっと、いつまでもは続かないよね――変わらないことを願っても、無理なこともあるんだから。今回、黒猫さんが捨て身でがんばってくれたおかげで、きょうちゃんの周りはたくさん変わったじゃない? 相手があやせちゃんじゃなくても――みんなが幸せになれる未来が、見えてきたのかもしれないよ?」

『目先の答え』については、

P.297
妹に、本当に好きな奴が現れるまで――彼女を作らない。
俺はひとまず、そう決めた。妹に彼氏を作らないで欲しいと頼み込んでしまった以上、そして妹も俺に彼女を作って欲しくないと望んでいる以上――お互い様だからな。言い訳くさいのは分かってる。シスコンのそしりも甘んじて受けよう。
ただな。もう少しだけ、時間をくれ。
俺たちは、思った以上に子供だったんだ。見ただろう? 恋愛ごっこすらまともにできない有様だったよ。間違えて、失敗して、痛い目見て、ようやくそいつに、少しだけ気付けた。そしてまだまだ、痛い思いをするのが足りていないのだ。
麻奈実には『目先の答え』だって警告されたし、黒猫は”儀式“がまだ終わっていない、なんて言ってやがった。

ここに書いてあります。

麻奈実のは一見優しそうなアドバイスですが、そんなものは『目先の答え』で、いつまでもは続かないと手厳しいです。さりげなく、桐乃以外の未来を選ぶように誘導もしていますね。

P.287
「いや……その……あのさ……結局あんた、どうすんの?」
「どうすんのって?」
「黒いのとのこと……」
「……ああ、あれか。あんときは、結局うやむやになっちまったんだよな」
黒猫が落ち着いた後、何度か切りだそうとしたのだが、そのたびに逃げられてしまっていた。
電話でも、その話をしようとすると、切られてしまう。

京介の答えから逃げまわる黒猫。印象悪いですねぇ……。

P.288
「あんた、あのとき、なんて答えるつもりだったの?」
桐乃が俺の目を見て聞いてきた。もう何度も自答してきた件だったので、すぐに答える。
「先のことは分かんねえけど。俺、おまえに彼氏ができんの、イヤだしさ。おまえがイヤだってんなら、彼女なんて作れねえだろ。――いまはまだ、な」
お互いさまってやつだ。

「――桐乃の気持ちを知ってなお、あなたは私を選んでくれるの?」という黒猫の問いに対する、京介の答えがこれです。桐乃がイヤだってんなら、彼女なんて作れない。要するに桐乃の気持ちを知ってしまったら、黒猫とは付き合えない。いまはまだ、という制限はついているものの、桐乃>黒猫というのはハッキリしています。

P.288
「ふうん…………まだって、いつまで?」
「いつまでって……」
そんなこと言われても……。
「……おまえが彼氏作るまで、とか?」
「でもあんた、あたしに彼氏ができるの、イヤなんでしょ?」
「お、おう」
なにやら追い詰められているような気分でそう答えると、桐乃は「ぷ」と噴き出した。
「だめじゃん」
「……だめだな」
確かに……このままでは一生彼女が作れない。
いったいどうすれば……。
わりとマジに、俺は悩んだ。

京介と桐乃が付き合えば解決! ……なんですが、さすがにこの時点でその発想は出なかった模様。
この問題は、最終巻で二人が彼氏彼女の関係になることによって解決するんですが、それはまだ先の話です。

P.289
「シスコン」
「ぐ」
「ひひ、まじきもーい」
「お、お互い様だろうが!」
俺は立ち上がって叫ぶ。桐乃も受けて立つように立ち上がった。
「あたしはいいの、妹だから。あんたはキモいの、兄だから」
「どういう理屈だよ!」

ここで京介がシスコンを否定しないのは既に自覚があるからいいとして、桐乃も暗にブラコンと言われたのに、否定しないんですよね。今までなら絶対にムキになって否定していたのに。本音をぶちまけて吹っ切れたのか、桐乃もようやく京介に対して、少し素直になりました。

P.289
食卓を挟んで、がみがみと言い合いを続ける。
黒猫の描いた”理想の世界“に近い構図だが――表情がぜんぜん違う。
やはり黒猫の目論見は、失敗していたのだ――
だって、いがみ合ういまの兄妹(おれたち)って、あんな幸せそうな絵とは、ほど遠いもんな。

京介は黒猫の目論見は失敗していたと言っていますが、そうでもないですよね。
確かに細部は違いますが、黒猫のおかげで、今まですれ違っていた兄妹が本当の兄妹に戻れたのですから。

P.291-292
「エロ猫。あんたさ、こいつと別れたんでしょ? そう言ったよね? ――なのになんで朝っぱらから発情してるわけ? ねぇ……言い訳があんなら、言ってみ?」
「………………」
異様に険悪な桐乃に睨みつけられた黒猫は、ぱちくり、と瞳を瞬かせる。
顔を伏せ、もじもじしながら、
「確かに、私と京介は、もはや恋人ではないし、先輩後輩の間柄でもなくなったわ」
「――それで?」
「以上よ」
「はあ!? 説明になってない! なんで別れたのに、平気な顔でそいつを誘惑してんのかっつってんの!」
「フフフ……”運命の記述“に記された予言にしたがって、”儀式“を遂行しているの」
――え? いま、なんてった、こいつ?
「ぎ、しきって……あんた、それ、終わったんでしょ?」
「いつ、誰が、そんなことを言ったの? 私の”願い“を叶えるための”儀式“は、まだ途中で――終わってはいないわ。むしろ順調に進行中よ」

くだらない屁理屈をこねてまでの、この往生際の悪さ……。黒猫の株がどんどん下がっていくのですが……。

P.292-293
「――忘れないで。あなたに上書きした”呪い“は、解けていないわ」
「――――」
心臓が、大きく弾んだ。
(中略)
――先輩と別れる。
それでおしまいだと思っていた”儀式“には、どうやら続きがあるらしい。
『いまは彼女を作れない』と決意しても、この夏、黒猫と過ごした日々が消えてなくなるわけじゃない。それこそ”呪いの“ように、いまも俺の中に残っている。
永遠にあなたのことが好きよ。
あの言葉は嘘じゃないわ。耳元で、そう言われたようだった。

これも結局、引き伸ばし以外のどういう意味があったんですかね? 最終的には完膚なきまでに振られてしまったわけですが……。

P.293-294
彼女は二冊目の”運命の記述“を開き、最後のページを見せてくる。
そこに描かれているのはやはり、『理想の世界』と題された、あのイラストだ。
幸せそうな食卓を描いたその絵には、以前見せてもらったときと、一点だけ、違うところがあった。絵の中で、大人っぽくなった俺と桐乃が、朝食を持ってきた黒猫を――迎えている。
何故か既視感を覚えるイラストだった。

これは最終巻以降の世界を示唆したものでしょう。
黒猫は結局京介に振られましたが、3人の関係が壊れたわけではないですからね。
最終巻以降も、3人の関係は仲良く続いていくのでしょう。

P.295
俺の妹が、こんなに格好いいわけがない、だ。
妹じゃなかったら、惚れていたぞ、くそ。

この時点では、妹じゃなかったら、惚れていたぞ(惚れてなどいない)と強がっている京介ですが……。

P.295
まあ、まだまだ『仲が良い』とはいえないのだが、互いにぐだぐだ文句を言い合いながらも、やばいときには手を取り合い、助け合える。
これぞ兄妹ってもんだろう。違うか?

この期に及んで、まだこんなことを言っている京介。どこまで素直じゃないのか……。
個人的に、この兄妹観はすごく納得できます。

P.296
「……キモ、なにぶつぶつ言ってんの?」
やっと気付くことのできた想い。

これは桐乃の本音のことですね。

P.296
「――あら、あなたにも、”ヤミノセカイ“と交信する”能力“が?」
急速に育まれた想い。

これは、今回黒猫と付き合うことで生まれた黒猫との間の恋心のことでしょう。

P.296-297
「なんでもねえよ」
気付きそうで気付けない、芽生えかけた気持ち。

これは桐乃への恋心ですね。

P.297-P.298
そしてこれからもきっと、俺は何度も間違えるだろう。
(中略)
捨て身で頑張ったあいつらに、顔向けできねえよ。
『あんたが大切にしてる女の子』から告白されたら、ちゃんと……真剣に考えてあげて。
そいつは聞けない相談だ。きっと次は、俺から告白するから。

ここは、最終巻に向けての予告と伏線ですね。
あいつらというのは桐乃と黒猫。
俺から告白する相手は桐乃です。

P.300
「ありがとな、桐乃」
(中略)
「は? いきなり何言ってんの?」
「な、なんだよその態度は、俺がお前にお礼を言うの……そんなに珍しいってのか?」
顔に熱を感じつつ、唇を尖らせる。

ここは4巻の以下のシーンとの対比ですね。

4巻 P.252
「ほ……ほんとにどうしたんだよ……? いつもの威勢はどこにいっちまったんだ? また何か悩みでも抱えてんのか?」
「あのさあ……」
桐乃は腰に手を当て、苛立たしげに表情を歪めた。
「その態度、いい加減ウザいんだけど? ――あ、あたしがあんたにお礼言ったり、謝ったりすんのが、そんなにおかしいってわけ!?」
「おかしいよ!」
天地がひっくり返るほどおかしいって! 普段の自分の態度を顧みてみやがれ!
俺が素直な感想を口にすると、桐乃はへの字口になってムスッとした。
「む……」それからふいっとそっぽを向いて、「あ、あっそ! チッ……なによ……」
どすんと不機嫌にベッドに腰を下ろす。
そうそう、こうやって多少不機嫌になってる方が、俺の妹らしいって。

P.300-301
「はいはい、ごめんね!」
俺をバカにするようにクスクス笑っていた桐乃は、そこでふっと声を止め――嘲笑を微笑みに変えた。こほん、と、頬を紅潮させたまま咳払いして、


「――どうしたしまして、京介」


桐乃の返事を聞いた俺が、どう思ったのか、なんて。
それこそ、言うまでもないことだった。

ここは1巻ラストとの対比ですね。
ここで京介がどう思ったのかは、この本のタイトル通りですね。

ここで桐乃は今までの兄貴呼びではなく、京介呼びに戻っています。一旦は京介のことを諦めて妹として振る舞うことにした桐乃ですが、黒猫との対決を経て、黒猫と同じ土俵に立つことを決めたのが窺えます。

京介は一体いつから桐乃のことを異性として好きになったのか?

1巻編、上の記事で、このことについて考察していきますと書きましたが、ようやく材料が揃ったので考察を始めます。

まず5巻以前、これは無いです。
2巻の桐乃の偽告白や3巻でのラブホテルに入った時など、桐乃のことを意識する描写はありますが、その後の京介の桐乃への態度を見る限り、とても異性として好きとは思えません。せいぜいシスコンレベルです。

次に5巻でアメリカへ桐乃を連れ戻しに行った後、日本に帰ってきた辺りから段々と京介の桐乃への意識や態度が怪しくなってきます。ただ、この辺りは桐乃のことを好きになったというよりは、妹に対する感情に戸惑っているような感じで、自分自身の気持ちがよくわかっていないというのが適切だと思います。

次に怪しいのが、7巻で桐乃が偽彼氏を連れてきた時。
ここでの京介の態度は、桐乃に対して普通の妹以上の何かを感じさせます。この時点で桐乃のことをかなり意識しているのは間違いないでしょう。

8巻 P.14
「……他に、好きな人がいるの?」
「……そういうわけじゃない」
喉が渇いて、嗄れた声が出てしまう。
黒猫の黒い瞳が、『じゃあ、どうして?』と切実に問うている。
俺は自分の中から何度も答えを探すが――
分からなかった。
愕然とした。

ただ、8巻の冒頭にもある通り自覚はない。
この時点では、まだ桐乃のことを異性として好きになっているとは言い難い状態です。

P.195-196
携帯の防御がおろそかになったところを狙い、俺は再び飛びかかり――
「……………………」
結果、とっても気まずい体勢になってしまった。
「……………………」
説明したくもない。以前、ダンボールの取り合いをしてもつれ合って転び、妹の胸を揉んじゃったあのときと、ほとんど同じ体勢だった。ただあのときと違うのは――
「……うあ」「わ、わり……」
身体がぴったり密着している点。
「な……なっ、な……あ、」
「ごめ……す、すぐ、どく……」
なんだこりゃ。この前とほぼ同じ状況なのに――――
どうして俺は、こんなに……
「……………………」
どく、と言っておきながら、俺は金縛りに遭ったかのように動けなかった。実際、どの程度そうしていたのかは分からない。一秒程度のことだったのかもしれないし、一分以上そうしていたような気もする。林檎のように紅潮した妹の顔を見詰めていた俺が、正気を取り戻したのは、頬に強烈な平手打ちを喰らったあとのことだった。
「さ、っさ、サイテー! 死ねっ!」

P.235
どうやら、もう寝ているらしい。なんとなく、足音を消してしまう。
そっとベッドに近づくと、安らかな寝顔が目に飛び込んできた。
ここで寝ていることなんて、当たり前に分かっていたのに、顔を見るとドキドキする。
「……桐乃」
――眠り姫。咄嗟に出てきたイメージがこれなのだから、俺のシスコンっぷりも重症だな。
起こすのが憚られる寝顔だった。こんなに無防備なこいつを見るのは、本当に久しぶりだ。
胸が締め付けられるような郷愁を覚えたよ。

P.236
――やはり起きない。よく眠っている。この分だと、胸を揉んでも気付かなそうだ。
「……………………」
この沈黙に意味はないから、勘ぐらないで欲しい。

P.236-237
「……んん」
桐乃が寝ぼけて、俺の首に腕を回してきた。
――はあ!? おま、ちょ……!
「ふひひひ……みやびちゃ~~~ん♡」
ぎゅっ。
「な……な……」
お、俺はみやびちゃんじゃ……。
思い切り慌てたぜ。寝ぼけた妹に抱きしめられて――しかも、
「ん~、ちゅっちゅ♡」
「うわあああああああ!」
い、いいいい、いまちょっと触れたかも!? や、やばいだろ!?

しかし、この辺りの描写なんかは、もう明らかに桐乃を異性として意識していますね。ただの妹相手なら、こんな風には決してならないでしょう。
黒猫と付き合うことにより、異性の存在を強く意識するようになった京介は、妹だったはずの桐乃のことも意識するようになっています。

この後、黒猫がいきなりいなくなってしまってショックを受けた時に桐乃に慰められ、黒猫との対峙で桐乃の本音を知ったりすることによって、

P.296-297
「なんでもねえよ」
気付きそうで気付けない、芽生えかけた気持ち。

ようやく、桐乃への恋心が生まれています。

P.300-301
「ありがとな、桐乃」
桐乃はきょとんと瞳を大きくし、ぱちくりと瞬きした。それから、さも恥ずかしいものを見たとばかりに、頬を赤くして引きつり笑いを浮かべる。
「は? いきなり何言ってんの?」
「な、なんだよその態度は、俺がお前にお礼を言うの……そんなに珍しいってのか?」
顔に熱を感じつつ、唇を尖らせる。
「はいはい、ごめんね!」
俺をバカにするようにクスクス笑っていた桐乃は、そこでふっと声を止め――嘲笑を微笑みに変えた。こほん、と、頬を紅潮させたまま咳払いして、


「――どうしたしまして、京介」


桐乃の返事を聞いた俺が、どう思ったのか、なんて。
それこそ、言うまでもないことだった。

僕は京介がこの桐乃の笑顔を見た瞬間が、京介が桐乃を異性として好きになったシーンだと思っています。なぜなら、これ以降、京介が桐乃を異性として好きになったと思えるシーンがどこにもないからです。

妹に彼氏ができたと知って、妹はやらんと御鏡に啖呵を切った→黒猫に振られて妹の前で弱みを見せて慰められた→黒猫との再会の時に、桐乃の本当の気持ちを知った→そしてこの桐乃の笑顔がトドメです。

これ以降も、京介は表向きは桐乃を妹扱いしていますし、俺が妹とどうこうなるなんてありえないという態度を取ったりしますが、それらは12巻で本人が認めた通り、自分の本心を隠すための読者に対する嘘だと思います。

12巻 P.202
自分に吐き続けてきた嘘を嘘だと認めようと決めたのだ。

京介が自分に嘘を吐き続けてきたというのは、ここに書いてありますね。

――一般的には、実の兄妹であのラストは、難しいというか避けがちじゃないかと思うのですが、伏見先生の構想としては、もう桐乃と京介しかないという感じだったのでしょうか?
構想としてはあったのですが、そこまで踏み込んで書くかどうかは、決めていませんでした。原作はいくつか最終回の候補があったのですが、そのうち第8巻あたりで終わるパターンだと、もうちょっとソフトに着地するつもりだったんです。
――第8巻というと、京介と黒猫が付き合っていたあたりですよね。
そうですね。あの頃は、『3回目の最終話』のつもりで書いたシーンでした。最初は1巻で終わるつもりで、次は桐乃の留学あたりで終わるつもりだったんですよ。
――第1期最終話あたりですね。
その次の最終回候補が、第8巻のあたりだった。なんとか最終回までたどり着いたけど、まだやろうとなったときに、じゃあ次はどうしようかという作り方をしてきました。


(『『俺の妹。』がこんなに丸裸なわけがない』のインタビュー記事より引用)

伏見先生のインタビューでも、8巻を『3回目の最終話』のつもりで書いたと言っています。
この8巻のラストで、京介は桐乃を異性として好きになった。そしてこれ以降は12巻の桐乃への告白へ向けて物語が進んでいくというのが、僕の解釈です。

――京介はいつごろから桐乃を異性として意識するようになったのでしょうか?
ここは秘密です。原作やアニメを観ていただいて、ここかな? あそこかな? と考えていただけたらうれしいです。


(『俺の妹。』がこんなに丸裸なわけがない』のインタビュー記事より引用)

改めて書いておきますが、正解はハッキリとはわかりません。あくまで僕の解釈です。

P.246
「兄貴(あんた)がどんなにどうしようもないやつでも、みんなが見捨てても、あたしはここにいてあげるから。ちゃんと最後まで心配して、叱ってあげるから」
照れくさかった。恥ずかしくて、だけど凄く凄く心強くて、誰よりも安心できる。
「――だから、元気出せ、兄貴」
家族の絆。血の縁。兄妹愛。言葉は何でもよかったし、どうでもよかった。どうせ口べたな俺には、いまの気持ちを正確に伝えることなんてできはしない。
ただ……ただ……さ。
「……ありがとよ、桐乃」
俺は妹に、救われた。

P.273-274
だけど、そうだよな……それが俺の責任なんだ。
もう、これまでのように、叫んで無理を通すことはできない。
泣き落としでどうにかなる問題でもない。きちんと向き合って、答えを出さないと。
「――」
口を開けた瞬間、黒猫がかわいそうになるくらいビクッと反応した。
俺の返答に、怯えている。告白の返事を待っていた、あのときよりもさらに強く。
一瞬だけ迷って、決めた。

実際迷ったのですが、このあたりで桐乃のことを異性として好きになったとしても、おかしくはないと思います。実は5巻のラストや7巻の偽彼氏の時に、すでに桐乃のことを異性として好きになっていて、それを忘れるために嘘を吐き続け、8巻で黒猫と付き合ったという解釈もやろうと思えばできなくはないです。(いくらなんでも京介が最低過ぎるので、僕はこの解釈は捨てましたが……)

ただ、8巻のラストの時点で京介は桐乃のことを異性として好きになっている。これに関しては間違いないと思っています。

8巻のまとめ

この巻のポイントは、

京介が黒猫と付き合い始め、黒猫を好きになったこと。
今まで自分の中にある「凄いお兄ちゃん」を追いかけていた桐乃が、「本当の兄」の存在に気づいたこと。
桐乃が京介に本音を暴露したことがきっかけで、高坂兄妹が本当の兄妹に戻れたこと。
京介が桐乃を異性として好きになったこと。

この4つですね。
恋愛編は偽デートが上手くいかなかったり、偽彼氏の件で兄妹の仲が険悪になったり、京介と黒猫が付き合ったりと色々ありましたが、終わってみれば「完全なる桐乃エンド」に向けて順調に進んでいるのがわかりますね。

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