『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』文庫未収録短編の感想と考察

合本版の特典である文庫未収録の短編の感想と考察記事です。
合本版には5本の短編が掲載されています。

雷雨の留守番

2011年10月9日発売の電撃文庫MAGAZINE VOL.16(2011年11月号)付録”まるごと1冊“『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の再収録です。

上記は合本版からの引用。

本編開始の1ヶ月前。
京介が高校2年生の5月のある日、両親が法事で出かけてしまい、まだ冷戦中の桐乃と兄妹二人きりで留守番をした時のお話。

妹の名前は、高坂桐乃。ライトブラウンに髪を染めた、実に今風の中学二年生だ。整った妹の横顔は、くるりとしたまつげの長さがきわだって、とても大人びて見える。

冷戦中でも妹の容姿を褒めることは忘れない京介。

「返事ぐらいしろよ。聞こえてんだろうが」
すると、ソファにふんぞり返って脚を組んでいた妹は、視線を横に放ったまま、
「……ちッ……っさい」
「ああ?」
「………………」
そしてまたしてもガン無視。このとおり、親父やお袋に対する態度とは、大違いである。

兄に向かって、この態度の桐乃。
冷戦中で兄のことを本気で嫌っているとはいえ、なかなか酷いです。

「うざ……もう出かけよ……」
桐乃は、ばん、と千円札を二枚テーブルの上に押しつけるようにして置いて、そのままこっちに向かってくる。
「――邪魔。――どけ」
「………………チッ」
妹は俺の脇をすり抜けて、階段を上っていった。自分の部屋で出かける準備をするつもりなんだろう。
「けっ、ウゼエのはどっちなんだか」
階段を見上げ、ぼやく。
さて……これで分かってくれたよな。ちなみにいまの険悪なやり取りでさえ、一年に一回あるかないかレベルのものだ。普段はもっと――お互いに無視し合っていて、相手をいないものとして扱っている。
はっ……笑ってくれてもいいぜ? いまのが俺たちの兄妹がかわす、精一杯のコミュニケーションなのさ。
心の底から言わせてもらうが、俺は妹のことが大っキレーだ。
あんなやつと一緒に暮らしているいまの状況が、気に食わなくて仕方ない。
きっと妹だっておんなじだろうよ。

冷戦状態の高坂兄妹はこんな感じ。
京介が言っているのはすべて本心で、偽りはないでしょう。

夜の七時。俺は妹と並んで、食卓についていた。
スーパーで適当に買ってきた惣菜と、白いご飯、インスタントみそ汁という献立。

両親が出かけていないからとはいえ、なんとも寂しい食事内容。
しかし、次の機会では……。

桐乃は、俺と二人きりで他に見るやつもいないってのに、きちっと薄く化粧をしていて、それがまた俺たちの距離の遠さを象徴しているような気がした。
「……………………なに見てんの?」
「……家族の前だってのに化粧すんのな、おまえ」
つとめて冷たい声で呟くと、桐乃は一瞬、
「……えっ……」
と、呆然とし、それからすぐに憎悪の瞳で睨み付けてくる。
「勝手でしょ? 文句でもあるわけ?」
「………………別に」
ふい、と、俺はそっぽを向く。
……ったく、見た目だきゃあ綺麗なもんなのに。

京介の前で化粧をするのは、京介に対する(異性としての)意識の現れでしょう。たとえ兄のことを嫌っていても、こういうところでボロが出るのは可愛いと言えなくもないです。
いつもながら、事あるごとに妹の容姿を褒める京介のマメさには感心しますね。さすがに数えていませんが、一体作中で何回桐乃の容姿を褒めたんでしょうか?

仲の良かった兄妹が、ささいなことで喧嘩して、ふて腐れて、意地になって無視し合っている――あるいはそういう風に、見えるかもしれない。
けど違うんだ。
俺たちは本当に、相手のことを嫌っている。ずっと前から無視し合っていて――嘘偽りなく本心から、こんなやつのことなんかもうどうでもいいと諦めてしまっている。

ここも京介の本心で、偽りはないでしょう。
長い冷戦は、兄妹の関係をここまで冷えさせてしまっています。

「え!? き――桐乃か!?」
「ええっ? あ――」
磨りガラスの向こう側で、桐乃は声のトーンをがくっと落とした。
「…………なんだ、あんたか……はぁ……」
魂が抜けたような声。
「も、もぉ~~~~~~~! びっくりさせないでよ!」
「す、すまん」
突然の非常事態に、俺も桐乃も、お互い驚きすぎて余裕がなくなっていたのだろう。
相手が何年も無視し続けてきた存在だということさえ一時忘れ、不覚にも普通に喋ってしまっていた。

入浴中の停電という非常事態で、素が出てしまう桐乃。
例え本心から嫌っていたとしても、ふとしたことで、こういう部分が出てしまう。兄妹ってそういうものですよね。

俺も、妹も、いつものように黙りこくったまま、いつかのように一緒にいた。
二人で留守番して、雷が鳴って、停電になって――
あのときは、泣きべそをかいてぐずる妹を慰めてやるのに、苦労したっけな。

高坂兄妹の子供の頃のエピソード。微笑ましいですね。

「桐乃、懐中電灯つけっぱで、ここ置いとくからな」
「う、うん……」
妹からの返事を聞いた俺は、自分の部屋へと戻るべく、脱衣所の扉に手を掛けた。
するとその背に、儚げな声が掛けられた。
「ね、ねぇ……ちょ、待ってよ」
「あん?」
足を止め、振り返る。
暗闇の中……磨りガラス越しに妹の影が、幽かに浮かび上がっていた。
「あ、あのさ……」
「あんだよ?」
問う。
すると、桐乃はしばし逡巡するように間をおいて――


「――――てよ」


雷鳴が轟き、妹の声はかき消されてしまう。
ぱちぱちと蛍光灯が瞬き、室内が明るさを取り戻した。

停電の中、気を利かせて脱衣所を出ていこうとする京介に対して桐乃が掛けた言葉ですが、「そこにいてよ」「近くにいてよ」こんな感じの言葉ではないかと思われます。

「そんなことより、もう六時過ぎてんじゃん。ご飯作って」
「え? 俺が作んの?」
「とーぜんでしょ? それともなに? 妹の手料理が食べたかったわけ?」
「冗談じゃねえ」
「あっそ。じゃあほら、早く、作って」
………………。
解説すると、今夜も親父とお袋は、法事で家を空けていて、俺と桐乃が二人きりで留守番をする羽目になっちまっているのだった。
俺はやれやれと立ち上がって、
「しょうがねえな。炒飯でいいか?」
「ばっかじゃないの、そんなカロリー高いの食べられるわけないじゃん。あたしって読モなんだよ? 読者モデル。分かる? ねえ?」
「シリアルでも食ってろ!」
ほんっと……こいつときたら。
(中略)
「人生相談。まだあるっつったっしょ?」
(中略)
見てのとおり、俺と桐乃の関係は、ひと月前から一向に進展しちゃあいない。
むしろ前より仲が悪くなったくれーだぜ。


なあ。あんたも、そう思うだろう?

1巻のラスト直後の二人。
前回の留守番の時は、出来合いのものを二人で黙って食べていましたが、今回は兄に料理を作ってとわがままを言う桐乃。わがままを言うのは、心を許している証。京介は進展しちゃあいないと言ってますが、実際は二人の関係が改善してるのがわかりますね。

或る結末の続き

PlayStation Portable用ゲームソフト
俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』限定版同梱「伏見つかさ先生書き下ろしショートストーリー&設定資料集」の再収録です。

この特典小説は、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブルが続くわけがない』Disc1ゲーム本編の”あるエンディング“後の話です。

上記は合本版からの引用。

ゲーム未プレイなので確かなことはいえませんが、夫婦の課長に昇進云々という会話(2巻のP.60参照)から、おそらく加奈子ルートのお話の続きと思われます。ゲームのIFなので、感想や考察は省略。しょせんIFの話であって、原作には関係ない話ですからね。

とあるメイド喫茶にて

ドラマCD『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』付録の書き下ろし短編小冊子の再収録です。

上記は合本版からの引用。

京介が高校2年生の冬。桐乃がアメリカに留学に行く前の話。
アキバのメイド喫茶『プリティ・ガーデン』で京介、桐乃、黒猫、沙織のいつものメンバーが、メイド喫茶で働くきららさんと他愛もない話をする短編です。

「あのぉ……もしかして、星野くららさんですか……? メルルの声優の……」
(中略)
「あはは、違いますよ~う。よく間違えられるんですけど」
「あっ、やっぱり人違いですか……」
桐乃は恥ずかしそうに頬を赤らめたのだが、
「くららちゃんは、わたしの妹なんです」
(中略)
「わたし、星野きららっていいます。よろしくお願いしますね、お嬢さま♥」

アキバのメイド喫茶『プリティ・ガーデン』のメイドが星野きららさん、メルルの声優の星野くららさんはきららさんの妹。星野家には、他にも夏コミで近親相姦SM本を書いた妹、109のアクセサリーショップの店員さんの妹などがいます。

黒猫がぽつりと呟いた。こいつはどうやらシスコンらしいので、姉妹の話に興味があるのだろう。妹好きという点では、桐乃と似ているのかもしれない。根本的に何かが違う気もするが。

>根本的に何かが違う気もするが。
黒猫は妹想いという意味の妹好き、桐乃は妹萌えという意味の妹好きという違いですね。

バレンタインの想い出

ドラマCD『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』付録の書き下ろし短編小冊子の再収録です。

上記は合本版からの引用。

京介が高校2年生の時のバレンタインのお話です。

白状してしまうが、俺は中学校を卒業してからというもの、中学生を恋愛対象として見ることに一定の抵抗を感じていた。たった数歳差とはいっても『高校生が中学生に手ぇ出したらロリコン』みたいな印象があるんだよ。これって俺だけかな? 分からんけど。

京介が妹とそういう関係になるなんてありえないとやたら強調するのは、桐乃が中学生であることも一つの理由みたいですね。まぁ、最終的には中学生の妹に告白して、おっぱい触ろうとしたり、誓いのキスまでしちゃうんですが(笑)

何が言いたいかっつーと、ようするにあやせは、そんな心理的抵抗があるってのにドキドキしてしまうくらいかわいいということだ。妹を除けば、俺の知る限り一番の器量よしだろう。

俺の妹が一番の器量よしだと間接的に思っている京介。
この京介のシスコンぶりは短編でもぶれないですねぇ……。

「ケッ、チョコ喰ってデブれバーカ」
「なっ――!」
捨て台詞を残し、今度こそ踵を返した俺だったが、扉を開けたところで、
「死ね!」
バシッ! と後頭部に何かがぶつかった。
「痛ッて! んだコレ……ああっ?」
床に落ちたそれを拾い上げると、ゴツゴツした小石みたいな形と硬さの――
チョコレート……か? これ……。
銀紙で保護されている部分が下になって落ちたので、幸い汚れてはいないようだ。
桐乃は俺の後頭部めがけ、コレを投げつけてきやがったのだ。
「おい、これ――」
どういうつもりだと問う意味で振り返ると、桐乃はすでに俺を見ておらず、ファッション雑誌に目を落としガン無視モードに入っていた。答えるつもりはなさそうだ。
「………………」
俺は微妙な面持ちで掌にのせた石ころチョコを見やる。
どこからどう見ても出来が悪い、粗雑な形のチョコレート。あやせが作ったチョコとは似ても似つかないので、たぶん桐乃が作ったもの……なんだろうな。
どーせ棄ててもいい失敗作のチョコレートをぶつけてきやがったんだろーけど。
「……もったいねえな。食べ物粗末にすんなよ」
「………………そう思うんなら自分で食べれば?」
「落ちたチョコなんか喰えるかバァカ」
ちっ、返事がきたと思ったらコレだよ。
しかも雑誌に目を落としたまま、人の顔を見もしねえでよ。

この石ころチョコが、桐乃が京介にあげるために作ったチョコなのは間違いないでしょう。しかし、何というチョコの渡し方……。素直じゃないにもほどがありますね。

俺は妹の作ったチョコレートを掌に握りしめ、
「ふん」
鼻を鳴らしてリビングを出た。ムスッと口元を引き結び、階段を上っていく。
部屋に着き、扉を閉める。
誰もいるわけがないっってのに、きょろきょろと左右を確認する。
それからおもむろに掌を開く。
「………………フン。……んだよ、こんなもん………」
じぃ……と、掌の上を見つめ……
………………………………………………ぱくっ。
違うぞ。
もったいないオバケが出ると思っただけなんだからな。

妹が妹なら兄も兄ですね。
内心は嬉しくてニヤけそうになるのを、ムスッと口元を引き結び堪えるところや誰もいないのに言い訳を始めるところに、京介の素直じゃない部分が表れています。

んだコレ! まずいなんてモンじゃね――ぞ! 石炭か!?
「がはっ! げほげほげほっ――」
咳と涙と鼻水が止まらない。くあっ、うおおおお……やってくれやがったなあの野郎……!

残念ながら、桐乃のチョコはクソまずかったようです。

でも、おまえらだって、ああいうシチュエーションだったら勘違いするだろ?
もしかしたら俺にチョコを渡すのが恥ずかしくて、あんな不器用なやり方しかできなかったのかもしれねえって。絶対ありえないと分かっちゃいても、万に一つの可能性を期待しちゃうだろうがよ!
俺は自分に言ってやりたいね。
エロゲーのやり過ぎだ! そんなの実際にはありません!

実際は京介が勘違いしたとおりなんですけどね。
分かっていても期待しちゃう、シスコン京介さん乙(笑)

「……さっきおまえが投げてきたチョコだけどな」
「…………う、うん」
「ちょ、超美味かったぜ」
これでどうよ。こう返せば、『キャハハハ、引っかかった引っかかった! ばっかじゃぁあぁ~ん? さ~すがシスコン! そんなザマになってまで、妹の作ったチョコ食べたかったのぉ~お?』と嘲笑うことはできまい。
キサマの邪悪なもくろみはついえた。
そう思ったのだが。
俺の予想とは裏腹に、桐乃はじろりと俺を睨め付け、
「ふーん、食べたんだ、アレ。……意地汚いやつ」
くすっと笑って、部屋を出て行ってしまう。
「…………」
……なんだろう。結局バカにされてしまったわけだが。
そんなに嫌な気分じゃあ、ない。
よく分からんが、引き分けってことで……いいのか?

妹が兄にチョコを渡し、兄がそれを食べて美味かったと言う。
お互い、やり方はひねくれていますが、結果だけ見ると(京介の腹痛以外は)何の問題もないから、引き分けということでいいんじゃないでしょうか?

ちなみに高校3年生のバレンタインについては、アニメ二期の8巻に収録されているギャルゲー風特典映像『俺の妹がこんなに可愛いわけがない~逆襲の秋美~初詣編&バレンタイン編』で見ることができます。この特典は素晴らしい出来なので、高坂兄妹好きで未視聴の人は絶対見るべき。

あやせの相談事・羞恥編(ドラマCD書き下ろし脚本)

ドラマCD『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』付録の書き下ろし短編小冊子の再収録です。

上記は合本版からの引用。

この話については、アニメ化された際の下記の記事参照ということで。
jitsumai.hatenablog.com

この脚本を読むと、この回のアニメの出来が珠玉であったことがよくわかります。
京介の桐乃とあやせに対する距離感の違いや、高坂兄妹の似た者同士の表現は、まさにアニメという媒体ならではという感じで、実に上手くアレンジされていますね。

まとめ

5編の短編の中では『雷雨の留守番』が一番の出来。
冷戦前の高坂兄妹の様子が垣間見える貴重な短編です。その他の作品については、『バレンタインの想い出』も高坂兄妹ならではのバレンタイン描写が良かったです。

……が、これらの短編のためだけに合本版を買うというのは、コスパが悪すぎるのでお勧めはしません。僕はこの記事を書くために買いましたが、正直高い買い物だったと思っています。

これから俺妹を読み始めようという人は、アマゾンやヤフオクで全巻セットを買ったほうが、遥かにお得だと思いますよ。これを書いている時点で、2000円あれば全巻買えちゃいますからね。(この値段の暴落ぶりが、俺妹という作品の世間の評価を表しているようで悲しいですが……)

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