注意
この記事はライトノベル『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を全巻読んでいることを前提に書いています。
おもいっきりネタバレがありますので、未読の方はお気をつけください。
2巻の時系列
日付 | 出来事 | 原作 |
---|---|---|
とある7月の土曜日 | 京介が自宅で『シスカリ』をプレイ | 第一章 |
翌日 | 桐乃の友達が高坂家にやってくる、京介が事故で桐乃を押し倒す | 第一章 |
7月のある日 | 麻奈実の家に遊びに行く、ロックが五厘刈りに | 第二章 |
翌日 | 麻奈実と図書館で勉強 | 第二章 |
翌日以降 | 麻奈実との下校途中にあやせに会う | 第二章 |
3日後 | 麻奈実の様子がおかしくなる | 第二章 |
翌日 | 麻奈実に彼氏疑惑発生 | 第二章 |
翌日 | 麻奈実が学校を休む、ロックに休んだ理由を聞くも教えてもらえず | 第二章 |
数日後 | 麻奈実について、桐乃に人生相談する | 第二章 |
翌日 | 麻奈実が帰ってきて、うさぎの抱き枕をプレゼントする | 第二章 |
翌日 | 桐乃にエロサイトを見てるのがバレて、お詫びとして夏コミにつれていくことに | 第三章 |
8月中旬の日曜日 | 桐乃、黒猫、沙織と夏コミ三日目に参加 | 第三章 |
同日 | コミケからの帰り道で、あやせに桐乃の秘密がバレる | 第四章 |
上記の翌日以降一週間ほど | 桐乃が陸上部の合宿に参加 | 第四章 |
9月1日 | あやせとのことで落ち込んでいる桐乃を見て、人生相談を最後まで終わらせる決意を固める | 第四章 |
上記後 | 電話であやせに桐乃との仲直りを持ちかけるも、断られる | 第四章 |
同日夜 | あやせを説得するために父親に相談 | 第四章 |
翌日 | あやせとの対決、桐乃を抱き締めて妹が大好きだと絶叫する | 第四章 |
1週間後 | 桐乃の偽告白に騙される | 第四章 |
第三章
P.182
クソ生意気な妹だと分かっちゃいても、ついつい見惚れちまうくらいにはかわいい。
だからなんだっつーわけでもないけどな。別に、デートしているわけでもねぇし……
いくら妹が美人だっつっても、なにひとつトクなことなんざないっての。
ついつい見惚れちまうくらいにはかわいいって……桐乃の容姿への評価の高さは相変わらず凄いですね。
P.184
「その前に、さ。言っておくことがあって……あー……えっと……さんきゅな」
相談に乗ってもらった礼を口にした。
「おまえのおかげで、麻奈実と仲直りできた。プレゼントもさ、喜んでくれたみたいだった」
照れ臭いのを我慢して、赤面しながらも、ようやっと口にした台詞だったのだが……。
「………………………………ふーん、あっそ」
桐乃は、そんなすげないお言葉とともに、ばたんと扉を閉めやがった。
ちょ、なんだこいつ!? 珍しく素直に礼を言ってやってんだから、なんかもう一言くらいあってもいいだろ! ……よりにもよって、問答無用で扉閉めるってなによ? 信じらんねえ。
これは鈍い京介が悪い。
桐乃からしてみれば、大嫌いな麻奈実と京介が仲直りできたと聞いて嬉しいはずがないんですから。
P.184-185
「へーえ……じゃあこれで一応、あたしと対戦できるようになったワケね」
桐乃は俺からブツを受け取るや、多少機嫌を直した様子だった。
このへんの心理は、俺にはさっぱり分からない。
「おお、そのうち対戦してやるよ」
「ふん。そんなに言うなら、別にやってあげてもいいケド……」
桐乃が機嫌を直したのは、大好きなお兄ちゃんと一緒に対戦ゲームができるようになったから。憎まれ口を叩いてますが、内心は相当楽しみにしていると思われます。
P.189-190
妹は赫怒の神雷を背景効果(バックエフェクト)に纏っており、極大の雷鳴とともにこう叫んだ。
「ひ――と――に――なんってものを見せてくれてんのよッ!? あぁあぁぁあもうサイアクっ……! 信っっじらんない! 早く死んでよ!」
「な、泣くなよ! 俺が悪かったって!」
「泣いてないっ!」
ぐしっ! 手の甲で涙を拭う桐乃。
いや、その、よっぽどショックだったんだな……おまえ……オフ会でハブられたときだって、そこまでじゃなかったろ……。
むう……。見た目遊んでそうなのに、もしかしてああいうの耐性ないのか……?
なんだそりゃ。おかしな話じゃね? エロゲー何十本もやってるくせによ。
実写だとダメなの? それとも妹以外のジャンルだと無理なの?
京介がノーパソでエロサイトを見てたことを知った時の桐乃の反応ですが、桐乃がここまで怒って泣くほどショックを受けたのは、エロ動画を見たせいというよりは、お兄ちゃんが、自分のノーパソでエロサイトを見ていたのが嫌だったのでしょう。桐乃は独占欲が強いブラコンなので、そういうのにはかなり敏感です。
P.193
だけどその前に、遊べなくなるその前に『夏の想い出』を作っておきたいのだという。
直接そう言われたわけじゃないが、おそらくそうだろうと察したさ。
なんで俺に言うのかは分からんが、そのために協力してくれってんなら、是非もない。
カ●ビアンコムの件を抜きにしたって、俺もこいつの兄貴だからね、そういうことなら――殊勝にもそう考えたんだ。
なんで俺に言うのか分からない? 大好きなお兄ちゃんとの『夏の想い出』を作りたいからに決まっているでしょう。
P.194
でもな、こいつ、具体的に何をして欲しいのか、絶対言わねーんだよ。
「で、俺に、何をしろって?」
「…………だから、責任とれって言ってんじゃん」
ついとそっぽを向いてしまう桐乃。
ほらな。最近分かってきたが、この妹様には、こういうことがままあるのさ。なんとも面倒くせーことに、こうなっちまったら最後、こっちがこいつの本心を推理して、察して、その上で望みを叶えてやらないと、へそを曲げちまう。でもってさらに厄介なことに、いま俺は妹に対し『知ったことかバーロー』とは言えない立場と状況にあるわけで……。
めんどくさい女、桐乃。
これに付き合える京介は本当に凄いですね。
たとえ、わがままな女に振り回されるのが大好きなドMだったとしても。
P.194
「山……とか……海……とか……映画とか……連れてきゃいいのか?」
「は? なんであたしがアンタとデートしてやんなくちゃなんないワケ? なにその拷問、恥ずかしすぎて死ぬって。……ちょっと考えれば分かることでしょ? そういうとこだったらあやせと行くっての」
兄妹で出かけるだけなのにデートという発想が出てくる桐乃。京介も大概ですが、桐乃も相当エロゲ脳ですよね。
P.199
だが『夏コミに連れて行く』という俺の選択は、間違っていなかったようだ。
何故なら本気で『めんどくさい』『こんなとこ来たくなかった』と思っているんなら、桐乃は絶対にいまここで大人しく座っていたりはしないからだ。
そもそも誘っても付いてこなかったろうし、来て後悔したならその瞬間に帰るって。
たぶん照れ隠しに悪態吐いているだけなので、この程度の文句で済んでいるのだろう。
……おい。なんだって俺はだんだん捻くれた妹の思考を読めるようになってきてんだよ。
クソ、マズイな……。妹の下僕として、着々と経験を積み重ねてる場合じゃねえぞ……。
残念ながら、既に手遅れです。
京介お兄ちゃんには、ガチシスコンとして妹を大好きになる道しか残されていません(笑)
P.211-212
「ファンネルってなに?」
「えーと、どう説明したものか。……おお! 京介氏! あちらをご覧ください!」
沙織が指差した方を見ると、フライトジャケットを着込み、ロン毛を後ろで縛った髪型のオッサンが、ヘッドセットのマイクに向けて、気合の入った指示を飛ばしていた。
「こちらスカルリーダー、こちらスカルリーダー、各機状況を報告せよオーヴァ――A28新刊確保了解。A87新刊確保了解。A69交戦中了解。――スカル2および3に告げる、プランBでいく、そのまま壁サークルの攻略を続行、索敵班の警告を聞き漏らすな。スカル5は島中に向かえ、俺もすぐに合流する――聞こえるかピクシー小隊。企業ブースの状況はどうか」
アニメ一期4話では、このオッサンがゲー研の三浦部長になっていました。
原作のこのオッサンが三浦部長なのかどうかは不明ですが。
P.208
「あっつ……! くっさ……! やだも~っ! 冷房きかないのここっ」
桐乃がものすごくイヤそうな顔で、俺の服のすそを掴んだ。
「ぎゃ~、擦れ違ったときデブの汗がぬるって!」
「オイ! さりげなく俺の服になすりつけてんじゃねえ!」
P.214
「ノド乾いたァ~~、あづい~~、きもい~~……もー、死にそー……」
さっきから桐乃は、俺のシャツのすそをつかんで歩きながら、文句垂れッぱなしである。
俺としても同感なので、咎めることもできない。
P.215
一方俺のシャツのすそをつかんで、あとを付いてきている桐乃は、死にそうな声であえいでいる。一際強く、シャツを引っ張りながら呟いた。
「もー無理、限界。休憩、いますぐ休憩するから。さっさとなんとかして」
うるっせーなコイツは。なんとかしろっつわれてもよ。
兄のシャツのすそをつかんであとを付いてくる桐乃、兄に遠慮無くわがままを言う桐乃。
この描写をウザいと思うか、可愛いと思うかで桐乃好き(妹好き)の適性がわかります。僕は当然後者ですが。
P.219
「もう休憩は十分でしょ。ホラ、ぐだぐだ言ってないでさっさと案内しなさいよ」
「……だとさ。すまんが頼む」
やれやれ……。従者たる俺は、姫君の意向をナビゲーターに伝えた。
桐乃をお姫様扱いする京介。
京介の桐乃に対する形容の仕方は、どれも愛を感じますね。
P.220
……自分の好きなもんの話をするときは、本当イキイキしてんのな、こいつ。
なーにが「えへへ!」だ……おまえがやると気色悪いっつーの。
ったく、さっきまで、超つまんな~いとか、ブツクサ言ってたやつと同一人物とは思えんな。
俺は微笑ましい想いで口の端を歪めていたのだが、そこで沙織が、さらに桐乃を興奮させるようなことを口にした。
妹の悪口を言っていると見せかけて、実は好きなものについて楽しそうに話す妹を微笑ましく見ているという、いかにも京介らしいひねくれたシスコン描写です。
P.221-222
「行ってあげてもいいけどぉ……! どうしてもって、言うんならね!」
鼻息荒くして、がちごちに固まって、アイドルにでも会いに行くような様子の桐乃だった。
「やだっ……! でも! どうしよ! えぇ~~! すっごい緊張してきた……!」
(中略)
「俺もいいや。知らない本の作者に会いに行ったってなーって思うし……このへんでテキトーにブラブラ眺めてっから。おまえらだけで行ってこいよ」
「はあ!? ちょ、ちょっとアンタ、なに無責任なこと言ってんの!?」
「……沙織がナビしてくれるんだから、別に俺がついて行かなくたっていいだろ?」
なに怒ってんだよ?
「それとも、なんか俺が付いていかないとマズイ理由でもあんのか?」
「ないけどッ! そういう問題じゃなくて……! っあんたバカでしょ!?」
何故かえらい剣幕で怒り始めてしまった桐乃を、沙織が「まあまあ……」となだめてくれる。
すると桐乃は一応大人しくなったものの、今度は嫌味ったらしく舌打ちを連射し始めた。
意味が分からない。……なんだってんだよ……。何がそんなに気に食わねえんだ……?
ここで桐乃が怒った理由についてですが……まず前提として、このコミケ行きは京介が桐乃のノーパソでエロサイトを見まくって、桐乃を不快にした責任を取るために行われたものだということです。それを自分でやらずに沙織に案内を任せるということは、その責任を放棄したも同じであり無責任だと桐乃は怒っているのしょう。それに加え「京介と一緒にコミケを回りたい」という自分の心と、「好きな作家さんに会うのに緊張していて、不安だから一緒に付いてきて欲しい」という気持ちを全然汲みとってくれない鈍感な京介への怒りが含まれていると思われます。……まぁ、桐乃の気持ちをそこまで察しろというのはさすがに無茶な話ですし、京介にそこまで非があるとは思いませんが。
P.224
つーかアンタさあ、先月、メイド喫茶で、妹の手作りカレー・ざらき味とやらを持ってきたメイドにスゲー似てるんだよな……。
アンタの方がちょいと若い気がするし、他人のそら似だとは思うんだが……。
もしも本人だとしたらさ、奇遇っつーか、イヤな再会っすね。
P.226
「そうだ! 次の新刊はぁ~、近親相姦SMものにし~よおっと♪」
俺は、もう二度とこのサークルには近づくまいと心に誓った。
「合本版特典『とあるメイド喫茶』にて」より引用
「俺が聞きたかったのは、あんたのおっぱいのサイズじゃなくてですね。『他の場所で、俺と会いませんでした?』ってことなんです」
「おやや~、もしかしてわたし、口説かれてますか?」
「口説いてませんって。いや、実は夏コミで――」
俺はようやく(本当にようやくだ)夏コミの東館で、きららさんそっくりの同人作家さんと出会ったという話をした。あの人もやっぱりメイド服を着ていて、自分ソックリのメイドがHなことになる同人誌を、俺に売りつけてきやがったのだ。
(中略)
「うふふ、最近人気急上昇中のサークルですよね~。なんでも冬コミで出した、オリジナルの近親相姦SM本がバカ売れらしくて、」
「その話はやめましょう!」
本当に描きやがったのかあのメイド!?
(中略)
「あ~~~~」
きららさんは得心したように何度もこくこく頷いた。
「たぶんその娘たち、どっちも、わたしの妹です~」
「やっぱり!」
いくら何でもそっくりすぎると思ってたんだよ……。
やっぱり血が繋がってたのか。
「わたしたくさん姉妹がいるんですよ~」
この夏コミで出会ったメイドさんは、1巻で桐乃が参加したオフ会の会場になったアキバのメイド喫茶のメイド『星野きらら』さんの妹です。ちなみに勘違いしている人もいるかと思いますが、この人はメルルの声優『星野くらら』さんではなく、また別の妹です。僕も最近までこの人がくららさんだと思っていましたが、合本版に収録されていた『とあるメイド喫茶にて』を読んで、星野きららさんには姉妹がたくさんいると知って、勘違いに気づきました。
P.234
ふ――まぁなんだ。こんな悪態を叩きつつも、桐乃のヤツ、イベントを楽しんでいるようではあるよな。
あっちへきょろきょろ、こっちへきょろきょろ、祭りの出店を巡る子供みてーにはしゃいでいやがる。へっ、よかったじゃねーの、初めは心配したけど……このぶんならいい夏の想い出になりそうじゃんか。沙織に感謝しなくちゃな。
P.237
桐乃は、周囲にたくさんいるコスプレイヤーたちに目移りしながらも「おおっ」とか「わぁ……」とか素直な感動を露わにしている。
その様子は、普段の憎たらしい態度からは考えられないほど、かわいらしい、父性を刺激する姿であった。眺めていると、だんだんと口元がにやけてくる。
――よかったな、桐乃。俺は素直な気持ちを、口内で呟いた。
P.238
沙織の察したような微笑みに照れてしまったのだろう、桐乃は口元を「~~」と波打たせて、落ち着きなく視線をさまよわせている。思いっきりはしゃぎたい、でも恥ずかしい。そんな複雑な心境が、そのまま表情に出てしまっていた。
俺の妹は、実に素直じゃない。桐乃は噴き出しそうになっている俺の顔を見るや、カッと赤面して怒鳴った。
「ちょっと、なに笑ってんの!?」
「笑ってねぇよ。――くくっ」
俺は笑い声を噛み殺しながら、さりげなく話題を変えることにする。
初めてのコミケではしゃぐ桐乃を優しく見守る京介。
兄の気持ちって、保護者入りますよね。
「あんなに生意気でムカつく妹のために、あそこまで色々してあげる京介の気持ちが理解できない」という人は、おそらく妹がいないか妹と仲が良くない人だと思います。どんなに理不尽なことを言われて、ムカついて、苦労させられたとしても、妹の喜ぶ顔や楽しそうな顔を見れば、何となく嬉しくなって「まぁ、いいか」で済ませちゃうのが兄ってものだと僕は思いますよ。
P.241
「これでよし」
満足気に胸を張る桐乃。剥ぎ取った上着を片手に、妙に先輩風を吹かせて言う。
「服の趣味なんか人それぞれでいいと思うけど、TPOくらいはわきまえなさいよ。夏は夏らしく――そうしないと体調にもよくないの。分かる? ねぇ?」
「…………この程度の暑さ、問題ないと言っているでしょう……」
「はいはい、分かった分かった。でもとにかく今日はそのカッコでいなさい。いい?」
えっらそーに。自分の方が年下のくせになぁ。
ただ、桐乃のこの言動は……まぁ、言わぬが華ってやつだ。
ほんっと素直じゃねーもんなぁ、こいつは。
珍しく黒猫に対して優しい桐乃。
京介は言わぬが華と言っていますが、桐乃なりに黒猫のことを心配しているからこその言動ですね。
この頃の桐乃と黒猫の描写は微笑ましいものが多くて、安心して見ていられたものです。
それが7巻以降は……。
P.248
おそらくスタッフを睨み付けているのであろう妹の頭に、ポンと掌を乗せる。
「残念だったな。ま、しょうがねーだろ」
「うっさい。触んないで。ぜんぶアンタのせいだから」
バシッと払いのけられる。ちょ、なんで俺のせいになんだよ!
『シスカリ』の限定ディスクの配布終了を知って落ち込む桐乃を慰める京介。
京介が桐乃の頭にポンと掌を乗せる仕草は、オフ会で落ち込んでいた桐乃を慰めるのに続き、これで二回目。
P.257-258
どんな動体視力してんだよ……。変態じゃねえのコイツ?
「どんな動体視力してんのよ……。変態じゃないのアンタ?」
「バカ! 思ったことを全部口にだすんじゃない!」
高坂兄妹の似たもの描写。
P.259
桐乃に向かって、黒猫が、すっ、と何かを差し出した。
賞品としてもらったばかりの、限定ディスクだった。
「……あげるわ、これ」
「は?」
P.262
「……っくく。いや、嫌々。申し訳ありません京介氏――。ああ面白い。いえね、分かり難いかもしれませんが、彼女なりに気を遣っているのですよ?」
「わーってるよ」
桐乃に、いい夏の想い出をつくってやりたい――。
俺は、そう伝えていたんだよな。沙織と、そして――黒猫にも。
だからきっとこのゴスロリ女は、自分でもガラでもねーとか思いながら、桐乃のために動いてくれたんだろうよ。分かってるさ。
黒猫が桐乃のために限定ディスクを手に入れてきたのは、桐乃にいい夏の想い出をつくってやりたいという京介の言葉に応えたのと、さきほど(P.241)の上着のやり取りに対する、桐乃への不器用な感謝の表現と思われます。この頃の黒猫は、喧嘩するほど仲がいいという桐乃の良きオタク友達であり、僕も別に嫌ってはいなかったんですけどね。
第四章
P.266
――さんざんだったぜ。俺が見て楽しめるものなんざ、セルくらいしかなかったしな。
だがまぁ、あれだ。俺には合わなかったけど。桐乃はスッゲー――楽しそうだったよな。
最初こそ文句ばっかだったが……好きな作家と会って、たくさん同人誌買って。
グッズ買って、ゲームやって、コスプレ見て。そんで、友達と、絆を深めてさ――。
いい想い出に……なったんじゃ……ねぇかな。本人じゃねーから、分かんねーけど。
夏コミを楽しんでた桐乃を思い浮かべて、嬉しそうな顔をしている京介の姿が目に浮かぶような描写。京介のこういう妹想いなところ、ホント好きです。
P.268
「恐縮です。しかし、本当に、礼を言うのは拙者の方なのですよ。今日はとても楽しい時を過ごすことができましたゆえ。自分勝手にお節介を焼いて、それで喜んでもらえたなら、それは己の喜びでもあるのです。他ならぬ京介氏になら、分かっていただけると思うのですが?」
「………………知るか」
見透かしたようなことを言いやがって。苦手だぜ、こいつ。
沙織が言っていることは、まんま京介に当てはまりますね。
P.272
あ~あ……どうすんだよ桐乃、おまえ、どうやってこの窮地を切り抜けるんだ?
と、お手並み拝見みたいな感じで眺めていたら、
「……! ……!」
やっぱりというか、桐乃は、助けを求めるような眼差しで俺を見た。
『な、なんとかしなさいよ!』とのことらしい。
――俺すかァ? な、なんとかって言われても……。つうかそこで俺に振るか普通!
夏コミの帰りに偶然あやせに会ってしまい、オタバレの危機な桐乃。
目線で京介に助けを求めるところからもわかる通り、桐乃は京介を頼りにしてるんですよね。目線だけで桐乃の言いたいことを察する京介も、兄として成長していますね。
P.278
「さ、さあ! 知んないよあんなキモい連中!」
おーい、桐乃……万が一、それ本心で言ってんならブッ飛ばすからな。違うとは思うけどよ。
ここだけを見て「桐乃って最低だな、気を遣ってくれた黒猫と沙織が可哀想」と思うのは早計。
P.341-342
「……オタクを犯罪者予備軍って言ったの、取り消してくれるか? そりゃ、中には悪いヤツもいるのかもしんないけどさ。全員がそうじゃないんだ。あのときおまえが『桐乃の友達なの?』って聞いた、二人組いたろ? 変テコな格好したやつら。あいつら、俺の友達なんだよ。すっげえイイやつらなんだよ! 頼むから、一緒くたにして悪く言わないでくれ……!」
これは桐乃とあやせを仲直りさせる――それと同じくらいに大切な用件だった。
あいつらを犯罪者扱いしやがった件だけは、どうしても撤回してもらわないといけない。
それだけは、あいつらの友達として、俺が譲るわけにはいかないことだった。
「……桐乃と、似たようなこと言うんですね?」
「あん?」
「なんでもありません。――分かりました、あくまでその件だけは、わたしの失言でした。ああいった趣味と犯罪との間に因果関係はない――それでいいです」
ここを読むとわかりますが、桐乃はあやせに「京介と似たようなこと」、つまり「沙織と黒猫をかばうような台詞を言った」と思われます。あの時は桐乃もテンパッていたので、つい酷いことを言ってしまったようですが、内心では沙織や黒猫に対し悪いことをしたという自覚を持っていたのが、この描写から推察できます。
アニメではこの辺わかりづらかったので、アニメしか見ていない人は、あのシーンのことでいまだに桐乃のことを最低と誤解してる人もいるかと思われますが、原作ではちゃんと桐乃が黒猫や沙織のフォローをしていたという描写がありますので、誤解なきようにお願いします。
P.279
「な、夏コミってのは……そ、そこでやってるイベントみたいだよ? よく知んないけえど。……ど、同人誌とか、売ってる」
「……どうじんし? って?」
「ふえぇっ」
テンパりまくる桐乃。
ふえぇっ、ってどこの萌えキャラですか(笑)
P.279-280
「だ――だから俺たちちょっと急いでてさ! スマン、また今度な!」
桐乃の手を強引に引っ張って、その場から退避を試みた。もうこうなったら、場を改めた上でしらをきり通すしか、ごまかす方法が思いつかなかったからだ。
「い、行くぞ桐乃っ」「え、あ、う、うん……じゃあね、あやせ――」
混乱しながらも、俺の指示に従い、大人しく手を引かれる桐乃。甚だ不本意な話だが、この一瞬だけを切り取れば、仲のいいカップルに見えたかもしれんな。
>甚だ不本意な話だが、この一瞬だけを切り取れば、仲のいいカップルに見えたかもしれんな。
妹相手に何を考えてるんだか(笑)
それはそれとして、手を繋ぐ兄妹というのは非常に萌えるシチュですね。
P.284-285
桐乃は何も言い返せず、俯いている。俺の位置からじゃ妹の表情は見えないが、繋いだ手をぎゅっと握りしめてくるのが分かった。妹の掌は熱くて、汗をかいていて、震えていた。
お兄ちゃんの手をぎゅっと握りしめる妹。ここだけ見ると可愛い妹ですね。
P.286
あやせの言葉からは、何の裏も、作為も、感じられなかった。
心の底からそう思っていて、桐乃のことが本当に好きで。だから、力になってあげたい。
たとえ拒絶されてしまったとしても、どうしても見てみぬふりはできない。
どこかで聞いた話だと思ったよ。まったくよく分かる話だったさ。
京介が、どこかで聞いた話でよく分かる話と言っているのは、第二章で麻奈美のことで悩んでいた京介(P.162)と今のあやせが同じだからですね。
P.291
俺はわずかに開いた扉の隙間から、紙袋を五つ、なるべく丁寧に滑りこませた。それが俺にできる、せめてもの兄貴らしい行動。「風呂わかすから、あとで入れよ」やはり返事はない。
俺はシャワーで軽く汗を流したあと、一応、風呂の準備を整えておくことにした。シャワーだけで済ますより、湯船に浸かった方が、多少なりとも気が休まるかと思ったからだ。誰も入らないようなら、自分で入りゃいい。無駄にはならない。
……妹に、こんなことをしてやるの、何年ぶりだろうな?
そんなことも思う。いままではお互い、ほとんど無視し合ってたからな……。
細かい気遣いのできる男、京介。
僕の経験上、妹がいる兄(たぶん姉がいる弟も)というのは、こういうのがわりと自然にできます。なぜなら妹(姉)相手に「気が利かない」だの「こういう時は男はこうするもの」だの「そんなんじゃ女の子にモテないよ」だの、口うるさく鍛えられているから。
P.298
「……あれれ? 桐乃ちゃん……元気、なさそう?」
「そうかぁ? よく分かんねーな」
ふむ、思いっきりしょぼくれてんな。俺も一応兄貴だから、そのくらいのことは分かるさ。
普段のあいつは、ビッと背筋のばして、ザンザン早足で歩くんだよ。
あんなふうに猫背になって、俯いて、とぼとぼ下校したりするようなやつじゃねーんだ。
昨日までは、落ち込んでいるようなそぶりはなかったんだが……。
今日、学校で何かあったのかもしれないな……。なにやってんだよ……あいつ……。
人前で落ち込んでんじゃねーよ。そんなん、らしくないだろ。
俺はいつの間にか、下唇を噛んでいた。
言葉とは裏腹に、妹のことをよく分かっている京介。
いつものことですが、素直じゃないですね。
P.299
家に帰ると――
桐乃はリビングのソファに乗っかり、クッションを抱き締めて、そこに顔をうずめていた。
テーブルの上には、少し口を付けたコーラが置かれている。
夏休み中とは異なり、一目瞭然で落ち込んでいると分かる状態だ。
だからどうしたとは思う。こんなやつのことなんか心配してやる義理はねえし、そもそもどう話しかけたらいいか見当もつかねえし、こいつがしょぼくれてる理由になんか興味もない。
けどさあ。たったいま俺、麻奈実に『がんばって』って言われちゃったんだよね。
あのお人好しがさ、桐乃が元気がないの、心配してくれてて……。
だから、しょうがねぇんだ。
別に俺はぜんぜん心配しちゃいないけど、悩みがあるなら、聞いてやらんこともないぞ。
麻奈実をだしにした、何とも言い訳じみた京介のモノローグ。
素直に妹の様子が心配だと認めれば一言で済むのに。
P.302
「いやだね――。大バカ野郎が。てめえの言うことなんざ誰が聞くかっ」
「はあっ?」
顔を嫌悪に歪める桐乃の前で、俺は、クッションを床に放り、
ドカッ! と勢いよくソファに腰を下ろした。
妹のすぐとなりで、同じ目線で、話を聞いてやるためにだ。
キレてるにも関わらず、妹と同じ目線で話を聞いてやるためにソファに腰を下ろすという、京介の妙な気遣いぶりが笑えます。
P.302
「キモくて結構だっつってんだよ――。いいから言え。言ってみろ! ハッ、なんせ俺は、妹と仲良くなれたって勘違いしちゃってる、シスコン変態バカ兄貴だからな! 事情を聞くまでは絶対逃さねえよ。ウザいのがイヤなら、観念して白状するんだな」
我ながらなんつー言い草だよ。この前から俺、どんどん頭悪くなってねえ?
京介が自分のことをシスコンと認めたのは、ここが初めて。
P.303
だが、一度やると決めたことだ。一度口にしたことだ。途中でやめるつもりはなかった。
俺もまた、あの頑固な親父の血を、確かに受け継いでいるのかもしれないな。
桐乃との血縁フラグ。改めて捜してみると結構あるものですね。
P.304-305
「だって……あのときは、陸上の選抜強化合宿があったし……しょぼくれてらんないでしょ」
「……なんだ、そりゃ? ……そんなにその、合宿とやらが大切なもんなのか?」
「決まってるでしょ……あたしの他にも、あの合宿行きたかった人はいっぱいいて、みんな頑張ってて……なのに、そういう人たち押しのけて選ばれたあたしが。このあたしが、落ち込んで、だめになってるとか――有り得ない、じゃん」
だから落ち込んだり、しょぼくれたりすんのは、後回しにしたのだと。
「……少女漫画とかケータイ小説でも、男に振られたり、友達と喧嘩した主人公が、そのせいで部活の大会で上手くいかないとか、たまにあるけど……ふざけんな、って思うし、それはそれ、これはこれじゃんって、思うし。アンタもう死ねばって、思うし……。あたしは、絶対、そうはならないって、決めたの」
「そうかよ――」
当たり前のように言いやがって。なるほどな、やっぱウチの妹は、見た目ちゃらちゃらしてるくせに、異様に硬くて、他人にも自分にもキツくて、クソ真面目なやつなんだってよ。
桐乃のこういうところは素直に凄いと思います。
数々の暴言などで、色々とアレな印象がある桐乃ですが、ちゃんとこういう真面目な部分を持っているということは忘れないで欲しいです。
P.305
――気に入らねえなあ。凄いとは思うが、どうにもこうにも気に入らねえ。なんで気に入らないのか、自分でも上手く説明できないところが、特に気に入らねえ。
おまえ、なんで……もっと……ああくそっ! 上手く言えねえけど……!
ここで京介がイライラしてる理由はこのあとすぐに明かされるので、そこでまた改めて説明します。
P.306
仕事でも、学校でも、ずっと自分を支えてくれた、とても大切な親友。
あやせは桐乃を、そう評していたし、桐乃もまた、かつて自慢げに親友のことを誇っていた。
二人の絆は、本当に掛け替えのないものだったんだろうな。
だからこそ、こいつはいま、こんなにも憔悴している。
……おかしいな、ムカつく。妙~に、イライラする……。どうしたってんだ?
ここでもイライラしている京介。理由はさっきと同じです。
P.307-309
「……気に入らねえんだよ」
「は?」
「気に入らねえって言ってんだよ! おまえのその、簡単に諦めちまう態度が!」
(中略)
「俺は三日で泣き入ったんだよ!」
怒りにまかせて喋っているので、言葉がきちんとした順番で出てこない。
「何が!?」
「だから――だから……っ。一番仲のいいやつと、関係がおかしくなって……会えなくて……焦って、イラついて……だけど、どうにもならなくて……」
(中略)
「おまえにとっては――あの娘がそうだったんじゃ、ねぇのかよ?」
俺には、桐乃とあやせの関係が、本当のところどうだったのかなんて、分からない。
桐乃とあやせの関係が、俺と麻奈実の関係と、同じものだとも思わない。
だけど――近いものじゃ、ないのか?
親友だとか、一番仲のいい友達だとか、言ってたろう?
「……だとしたら、辛いだろう、おまえ。盆明けから、いままで、何日あったんだよ……? その間ずっと会えなくて、電話も出てもらえなくて……嫌われちまったのが、明らかでさ……」
俺だったら、無理だ。耐えきれない。想像するのもイヤだ。ショックで死ぬかもしれん。
そしてだからこそ俺は、桐乃の諦めきった態度が気に食わなかったんだ。
これがさっきから京介がイライラしていた理由ですね。
第二章で麻奈実とすれ違った時の自分と、今あやせとすれ違っている桐乃。それらを重ねて、比較してイライラしていたというわけです。
P.309-310
「――――はッ、なにマジ顔で語っちゃってんの?」
俺の話を聞いていた桐乃は、そこで、あからさまに冷めたため息を吐いた。
「バッカじゃん? ……つかね、ぶっちゃけウザいの、あんたらのキモい話なんか聞きたくない。……三日会えなかったくらいで泣いちゃうんなら、いっそ心中でもすればぁ?
「……んだと? いまなんつったてめえ……?」
「ほーら、すぐムキになる! そういうところがキモいっつってんのッ!」
「っざけ……、っ!?」
衝動的に、妹の胸ぐらを掴み上げようとしていた俺は、目を見開いて動揺した。
引き寄せた妹の顔――その瞳から、涙が溢れ出てきていたからだ。
「放せ!」
バシッ! 桐乃は俺の手を強く振り払った。
「き、桐乃、おまえ――」
「黙れっ! さんざんほったらかしにしておいたくせに、いまさら兄貴面すんな!」
ここで桐乃がキレて泣いた理由と「さんざんほったらかしにしておいたくせに、いまさら兄貴面すんな!」という、思わず漏れだした桐乃の本音については、過去編を読んだ今なら、よくわかりますね。あやせとのことで落ち込んでいるところに、大嫌いな麻奈実の話を聞かされたうえ、その麻奈実のことでムキになる京介の姿を見せられれば、そりゃキレて泣き出しますよ。京介がここで麻奈実と自分のことを持ちだしたのは、地雷以外の何物でもないです。
P.311
「諦めるな? 勝ち目がなくてもあがけ? あたしらしくない? ……っざけんな! これ以上どうしろってのよ! 簡単に言うなっ!」
桐乃は、泣きじゃくりながら俺をブッ叩き続けている。
「あたしが何もしてなかったとでも思ってんの!? あがいてないとでも思ってんの!? ――アンタは何も分かってない! 何も、何もわかってない! 分かってないのッ!」
これが過去編の伏線だと気づいた時は凄いなと思いました。
一見桐乃はあやせとのことを言っているように思えますが、実際は兄である京介への断ち切れない想いとその兄を見返すための努力のことも重ねあわせて、桐乃は京介が何も分かってないと言っているんですね。確かに、京介は全然分かってないし、桐乃がキレるのも無理はないです。
P.312
そして俺だ。どうして俺は、こんなにマヌケなんだ? 直接言葉にしてもらわなくちゃ、自分の妹のことも察してやれねえのかよ。親しいやつと仲違いしたら辛いなんて、てめえの身で思い知ったはずじゃねえか。なんも成長しちゃいねえ、どうしようもないやつだよ俺は。
うん、京介はわかっているようで、やっぱり全然分かってない。
親しいやつと仲違いしたら辛いの「親しいやつ」にはあやせだけでなく、京介も含まれているのに。
P.312
ったく――
たった二人きりの兄妹だってのに、どうしてこんなに気持ちが擦れ違うんだろうな。
まったくですね、ホント。
P.328
と……すると、だ。残る候補は……――
「…………………………………………フ~」
俺は一分ほど沈思していたが、やがてきわめて複雑な心境で、目を細めた。
――いる。たった一人……いるっちゃいる、な。
真剣に相談に乗ってくれそうで、“シスカリ殺人未遂事件”とか“PTAの会合”、“美少女アダルト規制”といったことにめっぽう詳しそうで、死ぬほど口が固くて、有効なアドバイスが期待できそうな人……。
だ、だが……この人は。この人はなぁ………………ぐうう……。有り得ないだろ……?
俺はうってつけの人材に思い当たっていながら、決心が付かず……。
眉間に深い縦ジワを刻み、しばし唸っていた。
このシーンは、
P.135-136
と……すると、だ。残る候補は……――
「……………………………………フ~」
俺は一分ほど沈思していたが、やがてきわめて複雑な心境で、目を細めた。
――いる。たった一人……いるっちゃいる、な。真剣に相談に乗ってくれそうで、女心に長けていて、死ぬほど口が固くて、有効なアドバイスが期待できそうなやつ……。
だが……こいつは。こいつはなぁ………………ふぅむ……。
俺はうってつけの人材に思い当たっていながら、決心が付かず……
眉間に深い縦ジワを刻み、しばし唸っていた。
こことの対比になっていますね。
前回の相談相手は桐乃でしたが、今回は……
P.328
「よ、よし……」
やがて覚悟を決めた俺は、真っ青な顔色で、ベッドに倒れこんだ。
ちくしょー。怪我なんてしてないのに、頬がズキズキしてきやがるぜ……。
相談相手についての伏線。
1巻で桐乃の趣味のことで親父と対決して、頬を思いっきり殴られた時のことを京介は思い出してるわけですね。
P.337-338
『だが偶然だな……その事件については――知らないこともない。美少女アダルトアニメ云々の請願についてもそうだ。少なくともその娘よりは、俺のほうが事情に詳しいだろう。……ふん、むろん、偶然その記事が目にとまったせいで、知っていただけだがな……』
『母親がPTAのの会長をやっているという話だが……おそらく新垣議員の奥さんのことだろう。とすると、その娘が参加した会合とやらにも、偶然心当たりがある。確か……』
『その資料とやら……実は俺も持っている。……勘違いするな。先月、偶然、署の同僚から譲ってもらっただけだ』
『そのジャーナリストのことはよく知っている。偶然、最近、調べたことがあってな』
そんな偶然があるかっ! 突っ込んだら殺されそうなので、俺は必死に我慢したさ。
以前俺が叩き付けた、何も知らないくせに、適当なこと言ってんじゃねえ――という言葉を、親父なりに真摯に受け取ってくれていたのだろう。
だから色々とオタクのことを調べて、テレビなんかで取りざたされている事例を調べて、子供たちが護ろうとしたものが何なのか、理解しようとしてくれたんだろうな。
スッゲーだろう? ウチの親父殿は。『勝手にしろ!』とか、放り出すようなことを言っておいて、その裏ではこれだ。ちまちまオタクのことを勉強してくれていた。
俺たちのために。本当に危ないものから、護るために。――どんだけ偉大なんだよ。
子供想いの良い父親ですねぇ。
京介と桐乃の真面目なところや素直になれないところは、間違いなくこの父親の影響を受けていると思われます。
父親は子供たちのことをちゃんとまじめに考えてくれている愛情深い人だというのは、俺妹のラストを考察するうえで、とても重要なので、覚えておいてください。
P.320-322
「わたし、母が定期的に開催している“会合”に、お手伝いとして参加することがあるんです。
……その会合で、テレビのコメンテーターもやっているジャーナリストの方が、講演をしてくださったことがあって――。……その方がおっしゃるには、日本は世界でも有数の児童ポルノ供給国で、特に秋葉原には、そういったいかがわしいものが蔓延っているそうですね。とても深刻な問題だと思います……。この前衆議院でも『美少女アダルトアニメ及びゲームの製造・販売を規制する法律の制定に関する請願』というものが提出されたとその方にうかがいました」
「……アダルト……規制……請願?」
なんだ……。雲行きがあやしくなってきやがったぞ……。
「はい。要約すると、アダルトゲームやアニメなどを規制しようというものです。これはもともと参議院議員らが提出した請願でして――ああいったものをやっていると、しらずしらずのうちに心を破壊され、人間性を失ってしまうんだそうです」
(中略)
「いや、そりゃおまえからしたら、おぞましいし、穢らわしいんだろうし――そう思うんだって言われちゃったら、そうかと言うしかないんだけどさあ。でも、そこまで過剰反応することないんじゃないかな。だってさ……たかが本、たかがゲームだろう?」
『そのたかがゲームに影響されて、犯罪者になった人がいるとしてもですか!? 夏休み前、ニュースでやっていたでしょう、ええと……“シスカリ殺人未遂事件”って!』
「し、シスカリ……殺人未遂事件?」
『はい。知らないんですか? 少し――待ってください。確かここに……」
電話の向こう側で、がたがたと音が聞こえた。例の資料とやらを用意したらしい。
「――女の子を感電させて殺そうとした男が、捕まった事件ですよ。その男はいわゆるオタクと呼ばれている“犯罪者予備軍”で「真妹大殲シスカリプス」という18禁ゲームに影響されて、そういうことをしてしまったそうです。ゲームキャラに憧れて真似をしたくなったと自供していて……その男の部屋からも、いかがわしいゲームや本が、たくさん押収されたそうです』
P.339-341
「結論から言うぜ。ここに書かれていることはでたらめだ。オタク趣味と犯罪との間に、おまえが言ったような、明確な因果関係は認められてないんだそうだ。いまのところはな」
「え……?」
あやせは一瞬、意味を計りかねたようにきょとんとし、しかし即座に表情を引き締めた。
「で、でも! テレビのニュースでは……! それに、議員さんだって……!」
「例の衆議院に提出された“請願”にしたって、根拠薄弱なんだ。エロゲーやってると、しらずしらずのうちに心を破壊され、人間性を失ってしまう――だったか? そんなもんどうして分かるんだよって話だし、そもそもゲームやったくらいで心が壊れちゃうようなやつが、まともな人間性を持ってるわけねえだろ。よく考えろよ自分の頭でさあ」
「か、考えてます! いまのはあなたの個人的な意見でしょう!?」
「そうだな。だけど、こういう意見を持っているのは俺だけじゃない。議員の中にも慎重論を唱える人はいる。『児童ポルノ禁止法改正に当たり、拙速を避け、極めて慎重な取り扱いを求めることに関する請願』ってのが、数百人の署名付きで提出されているんだ。……当たり前の話だが、色々な意見があるってことだよ。そもそも議会ってのはそういうのを論議する場所なんだからな。衆議院に提出されたからって、“請願”の内容が絶対に正しいとは限らないんだ。だからいまここでこいつを持ちだしても、オタク趣味を否定する材料にはならねえよ」
「く……!」
あやせは、ぎり、と歯を食いしばり、叫んだ。
「でも、実際に犯罪者になった人がいるんですよ!? コメンテーターの方だって、そうおっしゃっていたじゃありませんか!」
「“シスカリ殺人未遂事件”に関しては、でっちあげだったんだよ。犯人がシスカリの他、18禁ゲームをたくさん持っていたのは事実だけど、それが原因で犯行に走ったってのは、ウソっぱちだ。『ゲームキャラの真似をして、女の子を感電させようとした』――確かに、初め犯人はそう言っていたらしいけどな、あとで撤回したんだってよ。『女の子に乱暴したかったから、改造スタンガンをちらつかせたんだ』って――どっちにしろゲスな事件だけどな。ことさら動機をクローズアップしたり、ゲームの影響云々を論じる必要はどこにもなかったんだ。ただし、最初の報道の時点では、『ゲームの影響で』『人を殺そうとした』――そういう連想がしやすい事件ではあった」
一息。
「そんでマスコミ連中は、おまえも知ってのとおり“シスカリ殺人未遂事件”なんて仰々しく飾り立てて、大々的に報道したわけだ。有名なコメンテーターがここぞとばかりにオタク叩いて、犯人の部屋にあるエロゲーの箱とか、秋葉原の映像バシバシ映してな。その挙げ句『やっぱ違ってたゴメンね』とは言いにくいだろうよ。だからなのかはしらねーけど、とにかく、
『やっぱアレ、ゲームのせいじゃなかった』ってニュースは、ほとんど報道されなかったのさ」
「そんな……でも、あのひとは、お母さんも凄くお世話になってる方だって――」
あやせは、俺が渡してやった資料を必死になって捲っている。
まるで、俺の言動を否定する文面を見つけ出そうとしているかのように。
「別にそいつの言ってること全部が全部嘘っぱちだとは言わないよ。オタクバッシングの報道全部がでっちあげだとも言わねえよ。でも、少なくとも今回のコレに関しては、そのジャーナリストが自分の主張を正当なものとして伝えるために、事件を都合良く利用しただけなんだ。ウソだと思うなら、自分で調べてみればいい」
かなり長いですが引用。
この巻が発売されたのは2008年の12月ですが、表現規制やオタクバッシングについては、2017年の今でもあまり状況は変わってないですね。今でもアニメやゲームなどのアダルトを規制しようとする動きはありますし、犯罪を起こした人の趣味がアニメやゲームだった場合、ことさらに強調して報道され、オタクがバッシングされるのもまったく同じです。
P.343
あやせは、本当に桐乃のことを案じていて、桐乃のことを高く評価していて、桐乃のことを好いてくれている。だからこそ、いまの状況が許せない。親友の堕落が許せない。
らしくない。おまえはそうじゃないはずだ――。
……誰かさんも、似たようなこと言ってたっけな……同じ想いで怒っていたっけな。
どうして俺に、あやせを窘められるだろう? 俺たちは同じ穴のムジナだ。自分が想い描くとおりの姿を相手に押しつけ、違う姿を見せつけられて、怒る。哀しむ。失望する。
実に勝手なもんだ。だけどそれは、人間同士が一緒にいれば、当然のようにそこにある陥穽だろうよ。親友だからこそ、敬愛しているからこそ、相手にはそうあって欲しいと望む。
これはあやせと京介が桐乃に対して自分が想い描くとおりの姿を押し付けていたという構図ですが、実は桐乃も同じように京介に自分の理想を押し付けていたんですよね。詳しくは11巻の過去編で描写されていますが、2巻の時点で伏見先生はそこまで考えていたんでしょうか? だとしたら凄いと思いますが。
P.344
「っざけんなッ! いい加減、偽物偽物やかましいのよアンタ!」
こんなふうにな。
「――――」「桐乃……っ!?」
突如響き渡った怒声に、俺とあやせは同時に振り向いた。
児童公園の入り口から、制服姿の桐乃が、さっそうと歩いてくる。
いつものように背筋を伸ばし、ザンザンと早足で向かってくる。
P.298
ふむ、思いっきりしょぼくれてんな。俺も一応兄貴だから、そのくらいのことは分かるさ。
普段のあいつは、ビッと背筋のばして、ザンザン早足で歩くんだよ。
あんなふうに猫背になって、俯いて、とぼとぼ下校したりするようなやつじゃねーんだ。
P.298で落ち込んでいた桐乃の対比として、ザンザンと早足という表現をわざわざ使うことで、桐乃が立ち直ったことが読者に伝わります。
P.345
「お、おまえ……どうしてここに……!」
「アンタも黙れ。どうでもいいでしょ、そんなの」
桐乃は、俺を一睨みで黙らせて、
「あたしたちの問題に口挟まないで。これはあたしがやんなきゃいけないことなの!」
………………。そういうことだな。分かってんじゃねえか、おまえ。
「……は。そりゃ、出しゃばって悪かったよ」
苦笑。俺が大人しく場を譲ろうとしたら、桐乃がしっしっと手を振った。
「分かったら引っ込んでて。もういっそ死んじゃえばぁ?」
ひっでえ言い草! この兄が、誰のためにこんなことしてたと思ってんの!?
ひっでえ言い草! この桐乃の言動はまったく擁護できないです。妹のために奔走した兄貴に対して、この態度はさすがにちょっと……。
P.348
「だから、あやせがあたしのことを心配してくれているのは分かるけど、やめないよ。この趣味を捨てるなんて、絶対イヤ。だって好きなんだもん。好きなものは好きなんだもん。やめちゃったら、なくしちゃったら、あたしがあたしじゃなくなっちゃうから……」
オタク趣味のことを言っているはずなんですが、僕には後半の「だって好きなんだもん」からの部分が、京介に対する想い(兄妹恋愛)のことを言っているようにも聞こえます。
P.353
追い詰められた桐乃は――
「ううッ……」
ギュンッと勢いよく俺の方を向いた。
『なんとかしなさいよ!』とのことらしい。
――そこで俺スか!? そこで俺に振るのかよ!? 引っ込んでろっつったくせに!
「……桐乃……わたし……わたし……ふぇぇ……っ……」
「う、うううううッ」
チラ、チラチラッ。『早く! 早くなんとかして! 殺されたいの!』と必死の目配せを送ってくる桐乃。そ、そんなこと言われてもよォ~~~。ううッ……。
ここはP.272であやせに桐乃の趣味がバレそうになった時との対比ですね。
視線だけでここまで通じ合える高坂兄妹と、高圧的ながらも京介に頼っている桐乃にニヤニヤします。
P.354
そう、俺があやせに渡したのは、古代ギリシアの有名な叙事詩『オデュッセイア』と、日本最古の歴史書『日本書紀』だ。さらにもう一冊『エジプトの神話~オシリスとイシス~』という本も渡す。あやせは俺の意図をいぶかりつつも、涙を拭って、紙面に眼を落とした。
「イザナギとイザナミ…………クロノスとレアー……オシリスとイシス……それに……」
(中略)
「……これが、なにか?」
「それはな、全部、兄妹神の逸話だ。一部別説もあるが――そいつらは皆、兄妹で結婚してるんだよ」
「あの……失礼ですけど、何をおっしゃりたいのか……これが桐乃の趣味と、何の関係があるんです?」
「まぁ待て。それは頭の隅にでも留め置くだけでいい。真打ちはこっちでな……」
俺は学生鞄からおもむろに切り札を取り出した。
「そ、それッ……!?」
桐乃が瞠目して声を張り上げた。何故かといえば、俺が取り出したブツたちは、桐乃が夏コミで買い集めた、秘蔵の“妹ものエロ同人誌”だったからだ。
はいコレ、あやせにエロ同人誌を手渡す俺。
あやせは目をぱちくりさせていたが、ぱら、ぱら、とページを捲り――
ぱぁんっ! と俺の顔面に平手打ちを見舞った。
「こ! こんなモノを見せてどういうつもりですか!? ブチ殺しますよ!?」
(中略)
「……穢らわしい? 違うな……間違っているぞあやせ! その本は穢らわしくなどない!
いま渡した本は、すべて同じテーマで書かれたものだ!」
(中略)
「思い返してみろ! おまえがおぞましいと忌避していた俺たちのコレクションは、すべて、兄妹の愛を描いた芸術作品だったはずだ! 違うか!? ひとつでも例外があったかよ! いいやないね! だとしたらいま渡した神話(ハードカバー)とどこが違う! 新しいか古いかの違いだけじゃねえか! こっそり混ぜても絶対分かりゃしねえよ!」
「あ――あなたいま各国の神話とナニを一緒にしました!?」
「近親相姦もののエロ同人誌だよ! 文句あっか! そのエロ本に描かれているのはなあ、紀元前から連綿と人類に受け継がれてきた兄妹愛の物語だ。世界でもっとも尊く美しい文学だ。そう、俺たちは決して、邪な気持ちでそういったものを愛好しているわけじゃない!」
何故ならば――
俺は、あやせの手元にビシリと指を突き付け、涙ながらに叫んだ。
「そいつはなあ! 俺と桐乃の“愛の証”なんだよ!」
妹ものエロ同人誌は兄妹の愛を描いた芸術作品。
各国の神話は近親相姦もののエロ同人誌と同じ。紀元前から連綿と人類に受け継がれてきた兄妹愛の物語。世界でもっとも尊く美しい文学。
主張の仕方はアレですが、ここまで堂々と主張されると、いっそ気持ちいいですね。
P.357
「なッ……にとんでもないこと口走ってんのア――むぐっ」
咄嗟に俺は、桐乃の顔面を押さえつけるような形で抱き締め、口を塞いだ。
ジタバタもがいていやがるが、腕を背中に回して、それもなんとか押さえつける。
『愛を確かめ合うように、きつく抱き合っている』俺たちを、あやせが呆然と見つめている。
咄嗟とはいえ、桐乃を抱き締める京介。
余談ですが、アニメ5話では桐乃の押さえつけ方が原作と違っていて、非常にガッカリしました。原作のように正面から抱き締めて欲しかった……。
P.357-358
「見てのとおりだ、あやせ。俺たちは愛し合ってんだよ! だからこそ許されざる愛の物語を集めていたんだ! 俺たちの愛の証を穢らわしいだなんて言うなッ! 文学だっつってんだろ!? 女のハダカが描かれている? 濃厚なエロシーンがある? んなもんは本質じゃねぇっ! てめえにボロクソ言われるほど悪いもんじゃあねえッ!」
アドリブを加えていくうちに、段々とテンションが上がっていって、自分でも何を言っているのか分からなくなってきて――演技で言っているのか、本気で言っているのか、境界が曖昧になってくる。いつしか俺の口は、自然に動いて言葉を紡いでいた。
「……桐乃の趣味は、俺たち兄妹の仲を、ぶっ壊れた絆を繋いでくれたんだよ。あのときアレを見付けなけりゃあ、俺たちの関係はずっと冷め切ったままだった。一番そばにいた妹のことを、助けてやるこたあできなかった。カンケーねえってそっぽ向いたまま、妹が泣くのを眺めているしかなかったんだ……! だから俺は心底感謝してるぜ! てめえが穢らわしいと抜かしたオタク趣味全部にな! こいつがあったからこそ、俺たちは初めて本当の兄妹になれたんだ! 泣いている妹を見たとき、カンケーねえなんてクソな言い訳をしなくて済むようになったんだ! ……この想いを誰だろうと否定されてたまるかよ。ウソなんかじゃねえ、これは俺たちの“愛の証”なんだ! いいか、よく聞け、俺はなあ――」
俺はもがき暴れる妹を、全力で抱き締め、完全にヤケクソになって叫んだ。
「妹が大ッッ……好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!」
何という長台詞……アニメの時、京介の声優の中村 悠一さんも大変だったに違いない。
ここで大事なのは、これは果たして京介の演技なのか、本気なのか? ということですが、
12巻 P.356
「俺は……」
いつかと同じ台詞を叫ぶ。
「――俺は――」
今度こそ嘘偽りのない、本当の気持ちで。
「俺は! 妹が! 桐乃が! 大っ好きだぁ――――――――――――――っ!」
12巻のここから見て、嘘が含まれているのは確実。
前半部分の台詞と最後の大っ好きだぁの叫びは嘘ですが、後半の「……桐乃の趣味は、」からの部分については、間違いなく京介の本音でしょう。ウソなんかじゃねえの部分がわざわざ強調までしてあるのは、そういう意味だと思っています。
P.358
拘束を解いてやったのに、何故か桐乃は、口をぱくぱくさせて硬直している。
京介の台詞に対しての桐乃の反応。
そりゃ、今まで長い間仲違いして無視しあっていた兄にいきなり抱き締められてあんな台詞を聞かされては、こうなるでしょう。
P.361
あれから一週間が経って。
まずは、俺と桐乃の関係――
これはもう、最悪と言っていいだろう。俺たち兄妹はあれから一言も会話をしていないし、
目も合わせないし、挙げ句の果てにあの野郎、半径5メートル以内に近づいてきやしない。
汚物のように――というより、存在しないものとして、俺を扱っている。
完っ全に、ガン無視。元のもくあみ、どころじゃない。
俺と妹の仲は、いまだかつてないほどに悪化していた。
これ以上嫌われようがないとばかり思っていたけど、下には下があるもんなんだな……。
この描写は、あくまで信頼出来ない語り部である京介の視点によるものに過ぎません。
本当の桐乃は、京介のあの台詞と抱きしめられたことが恥ずかしくて顔を合わせられないから避けているのでしょう。桐乃が本当に京介のことを嫌っているなら、嫌悪感を出すはずですが、これらの描写にはそれがまったくありません。
P.362-363
にこ、と意味もなく微笑む麻奈実。その笑顔に、たまらなく救われる。
ゆったりと繰り返される、いつもと同じ日常。三日と離れられない、大切な時間。
たとえそれらが、少しずつ変わっていってしまうものだとしても。
それが止められないものなんだとしても。
きっとなんとかなる。壊れた絆は、再び結びなおすことができるからだ。
互いがそう望む限り、二人の絆はいくらでも、強く堅固に生まれ変わる。
俺がさんざんビビっていた『変化』ってのは……意外とおっかないもんじゃないのかもな。
だってさ、なにせ、自分で選べるんだし。
>きっとなんとかなる。
そう思っていた時代が京介にもありました。
>壊れた絆は、再び結びなおすことができるからだ。
京介と桐乃の絆の場合は確かにそうでしたが……。
>互いがそう望む限り。
京介は最終巻で麻奈実より妹を選びました。
>二人の絆はいくらでも、強く堅固に生まれ変わる。
京介と麻奈実、二人の絆は最終的に見事にぶっ壊れました。
今思うと、この描写は本当に何だったんですかね?
P.365
『――大ウソ吐きのお兄さんへ。
おかげさまで、桐乃と仲直りすることができました。例の趣味を認めたわけではありませんし、先日お話した意見を撤回するつもりもまだありませんが――しばらくは折り合いを付けないまま、納得しないままで、やっていくことにしました。仕方がありません。でも、諦めませんからね、わたし! あなたの魔の手から、いつか必ず桐乃を救い出してみせます! あなたなんかには絶対負けません!
PS.もしも桐乃にいかがわしいことをしたらブチ殺します』
――どうだ、怖いだろう? あの女とは、もう二度と顔を合わせたくないもんだ。
ただ………………このメール……………………ま、いいか。
一抹の疑問を、コーラと一緒に飲み干す。
このメールについては、10巻のP.344で真相が明かされています。
10巻 P.344
「お兄さん。わたしの嘘に――気付いていたんですね」
「ああ……そのことか。まあ……な」
「いまさらですけど――桐乃と仲直りした日、家に帰ってすぐ……お兄さんに『あのメール』を出したときには、もう、『きっとそうなんだろうな』って……なのにわたし……お兄さんの好意に甘えて……お兄さんを悪者にして……自分の心を騙してました」
あやせはこのメールを出した時点で、京介の嘘に気付いていた。
そして京介もあやせが自分のついた嘘に気付いているという事実に気付いていながら、あやせを気遣ってその嘘に付き合っていた、というのが真相のようです。
P.367
「……その……あんた……あのとき叫んだアレ……どの辺まで本心なわけ?」
「あ? ど、どうでもいいだろ、んなことっ」
なんでいきなりそんな話が出てくんだよ……。
つうかやめようぜその話題! お願いだから! 俺が懇願を込めた視線を送ると、
桐乃の雰囲気がガラリと変わった。
また「視線」です。今までは桐乃から京介に送ったものでしたが、今回は逆。
桐乃は、この時本気で問いただそうとしたのですが(この一週間悩んで決めたのでしょう)、京介のこの話題はやめようぜという視線を正しく理解した(今の時点では京介に受け入れられないと理解した)ので、雰囲気をガラリと変え、演技に切り替えた(京介をからかって流すことにした)と思われます。
P.367-369
「どうでも……よく――ない、よ……」
俯いたまま、スカートの裾をぎゅっと握り、かぁぁ~っと頬を染める。
……なんだ? この……妙な反応は。おまえらしく……ない、ぞ……?
俺は当惑しながら問うた。
「なんで?」
「………………分かんないの?」
ソファに座った体勢から、上目遣いで、熱っぽく、俺の顔を覗き込んでくる。
目が合うと、妹の瞳が潤んでいることに気が付いた。
その顔は、風邪を引いているみたいに、赤い。
「……それは…………だな」
俺は妹の態度が恐くなってきて、一歩、二歩と後退った。
すると桐乃は、そんな俺の態度が哀しくて仕方ないという風に、泣きそうな顔になる。
ソファから立ち上がり、きゅ、と、縋るように俺の服の裾を掴む。
「…………ほんとに、分からない……?」
……いや……もしかしたら……ってのは、あるけど……どう答えろってんだよ……。
困り果てて黙り込んでいると、桐乃は意を決したように告白を始めた。
俯いて、俺と目を合わせないように。
「鈍すぎだよ……ばか……。言わせないでよ……恥ずかしいのに……」
「ごくっ」
俺は生唾を呑み込んだ。
「あ……あたし……あのとき言われたこと、考えてみたの……そしたら……その……あの……もう……素直にならなくちゃって……だ、だからっ、き――聞いて?」
そこで桐乃は、決然と顔を上げ、真っ直ぐ俺に向き直った。そして、ぐ、と力を込める。
お、おま……! 何を言うつもり――
「あたしも……あ……兄貴のコトね…………好き……かも」
「ま、ま、ま、マジで!?」
「――なぁんて言うとでも思ったァ? なに慌てちゃってんの? キモいんだよシスコン」
今読み返してみると、いかにもわざとらしいエロゲーの妹っぽい演技ですよね。明らかに桐乃のキャラじゃない。演技だと決定的にわかるのは最後の「兄貴」呼び。桐乃は本気なら「京介」って呼びます。京介の反応も明らかに戸惑っているので、仮にここで桐乃が演技じゃなくて本気で告白したとしても、7巻の冒頭のようになったのは火を見るより明らかでしょう。
それにしても、演技とはいえ、この可愛い桐乃の描写を完全に削ったアニメスタッフは絶許ですよ。
P.369
だって見ろよこの顔! チクショウ! チックショウ! チクショ~~~!
ありえねえ! こいつ! ~~~~ッ! くっそぉ~~!
燃えるように熱い顔を両手で押さえて、激しく身を捩る俺。
この顔ってのは桐乃じゃなくて京介の顔のことですね。
一見、桐乃の演技に騙された自分が恥ずかしくて顔を熱くしているように見えますが、違います。妹に好きだと言われて、本気で顔を熱くしている自分に対し、チクショウ! ありえねえ! と京介は言っているんです。
僕はこの桐乃の偽告白から、京介は桐乃を妹以上に意識するようになったと考えます。(意識するようになっただけで、まだ好きになったわけではない)
もちろん、この時点では京介の視点に「兄妹愛」「シスコン」「俺は妹が嫌いだ」というフィルターが多重にかかっているので、京介は決してその事実を認めませんし、表面上はそう見えづらいのですが、これらを理解してこの先をよーく読めば、伏見先生の仕掛けた数々の伏線に気づけるようになるはずです。
2巻のまとめ
第二章の麻奈実章を読むと、この時点で明らかに京介は麻奈実のことが好きなのが窺えます。
この辺りはおそらく伏見先生や編集が試行錯誤している時期で、桐乃と麻奈実に対する読者の人気や反応を見ながら、展開を変えていくつもりだったのではないでしょうか? これは、別に何の根拠も無く言っているわけではなくて、そう解釈しないと二人の伏線を同時に仕込みまくっていることの説明がつかないからです。もし、伏見先生や編集が最初から桐乃エンドを目指してこの作品を作っていたなら、ここまで麻奈実寄りの描写や伏線を仕込む必要はないはずですから。
この説を強調する根拠として、アニメ二期のガイドブック『アニメ『俺の妹。』がこんなに丸裸なわけがない』の麻奈実のページで
実際には桐乃エンドになりましたが、終わり方によっては「きっとこの後、京介は麻奈実とくっつくんだろうな」と思わせるようなエンドにする案もありました。その場合、裏設定としての桐乃の想いとかは、伏せたまま終わったんじゃないかな。
という伏見先生のコメントがあります。このコメントからも、場合によっては麻奈実エンドという可能性もあったということが読み取れます。
この後の麻奈実の扱いを見ると、どうも麻奈実の人気はあまり芳しくなかったようで、だんだんと扱いが悪くなっていきます。