『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の伏線を改めて読み解き、「完全なる桐乃エンド」を考察してみた(4巻編、下)

注意

この記事はライトノベル俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を全巻読んでいることを前提に書いています。
おもいっきりネタバレがありますので、未読の方はお気をつけください。

4巻の時系列

日付 出来事 原作
2月も半ばを過ぎたその日 高坂家に加奈子とあやせが遊びに来て、京介があやせからプレゼントの相談を受ける 第一章
後日 黒猫と沙織に会って、プレゼントについて相談する 第一章
翌日 あやせに会って、メルルのコスプレ大会の話をする 第一章
後日 加奈子がメルルのコスプレ大会で優勝し、桐乃へのプレゼントを手に入れる 第一章
後日 スーパーで麻奈美と会い、麻奈実を高坂家に呼ぶ約束をする 第二章
数日後の日曜日 麻奈実が高坂家に来て、桐乃と鉢合わせ。麻奈実にエロゲの画面を見られてショックを受ける 第二章
3月のある日 沙織に呼び出されて秋葉原に。桐乃が京介に感謝の気持ちを伝え『しすしす』をプレゼントする 第三章
上記後の休日の朝 妙に素直になった桐乃に戸惑う 第四章
同日夕方 桐乃に深夜販売のエロゲーを買って来るように頼まれ、了承する 第四章
3月5日から6日未明 秋葉原で深夜販売のエロゲーを購入。赤城と三浦部長に出会う 第四章
3月6日 桐乃と一緒にエロゲーをプレイ。桐乃が陸上を始めた理由を知り、桐乃がアメリカ留学に旅立つ 第四章
4月の新学期初日 京介が3年生に進級、黒猫が後輩として同じ学校に入学してくる 第四章

第三章

P.126
きりりん@メルル三期決定( ゚∀ ゚):え~? あたしのせいじゃないってばw ゲームを起動させといたのと、エロ本部屋にぶちまけたのはあたしだけど、最後のはあいつの自業自得だしw つか緊急回避ボタン押して自爆とかwwwwねーよwwっうぇwww


✟千葉の堕天聖黒猫✟:不快だから、語尾に草を生やすのをやめて頂戴。そしてそもそもそこまで入念に罠を仕掛けたなら、どこからどう見てもあなたのせいでしょう。


きりりん@メルル三期決定( ゚∀ ゚):――は!? ちょっとなに責任転嫁してるわけ!? 罠仕掛けて地味眼鏡追い出しちゃいなさいよって煽ったのはアンタじゃん! 電話でさあ!


沙織(管理人):ちょっと! 黒猫さんが考えた罠だったんですの!?


✟千葉の堕天聖黒猫✟:……ふ、ふん。まさか本当に実行するなんて思わなかったのよ……。

あの罠を考えたのは黒猫だったんですね。桐乃にしては妙に陰湿だと思ったら……。

P.126-127
きりりん@メルル三期決定( ゚∀ ゚):言い訳すんなバーカ! ぜんっぶあんたのせいだかんね! どうしてくれんのよこの始末! あの陰鬱な生き物と同じ屋根の下で過ごしてんのよあたし!


✟千葉の堕天聖黒猫✟:ど、どさくさに紛れて全責任をなすりつけないで頂戴。『不愉快な地味女が家に来たんだけど、ムカついてしょーがないんだよね~』って話振ってきたのはあなたじゃない。百歩譲って私にも責任の一端があるとしても、せいぜい20パーセントというところよ。実行犯の方が罪は遥かに重いのだと自覚しなさい。

桐乃が話を振ったにせよ、罠のことを提案したのは黒猫と。
黒猫がそんなことを提案したのは、桐乃のためなのか、麻奈実に対する嫉妬なのか……両方だと思いますが。それにしても、まったく反省の色が見えない桐乃の態度が酷い。妹に暴力を振るう兄は好きじゃないですが、これはさすがに殴っていいんじゃないですかね? 後でデレれば帳消しとかそういうレベルじゃないと思いますよ。

P.127-128
沙織(管理人):お、お二人とも! いつもあんなにお世話になっている京介お兄様に、なんてひどい仕打ちをしてるんですのっ! ありえませんわっ!
(中略)
沙織(管理人):わ、わたくしのことはどうでもよろしいじゃありませんの……。そんなことよりもっ。京介お兄様があまりにもおいたわしくて……。なんとか元気づけて差し上げたいですわ。きりりんさん、黒猫さん、お二人にも協力してもらいますわよっ。というか、率先してやってもらいますわっ!

まったくの正論。沙織は俺妹の良心ですね……。

P.131
アホらしい。本当なら、もう一歩たりとも部屋から出たくないくらいなのに、なんでよりにもよって、あの悪魔のことを祝ってやらなくちゃならねーんだ。
けど、けどよ……。他でもない沙織の頼みだからなァ~……。
あいつには常日頃世話になりまくっているわけで、返せるときに恩を返しておかないと俺の気が済まない。
だから俺がここに来ているのは、桐乃のためなんかじゃなく、沙織のためだ。
絶対に勘違いするんじゃないぞ。

いつもの言い訳……と言いたいところですが、ここは本当に沙織のためであり、桐乃のためじゃないでしょう。まぁ、あんなことされた後じゃねぇ……。

P.138
「ふむむ……なるほど、もう少しエッチな衣装の方がよかったとおっしゃる?」
「よくねえ! なんだいまの『なるほど』ってのは!? 妹属性の人じゃねえっつってんだろ!」
きょとんと首をかしげやがって! 相変わらず日本語が通じないやつだ!
俺が沙織に全力突っ込みをかましていたら、いつぞやのよーに、桐乃がアキレス腱を蹴っ飛ばしてきた。どかっ。
「痛っ……!? また……おまえってやつは……くぅぅ……なんなんだよ!?」
涙目で振り返ると、すぐさま妹が、至近距離からメンチ切ってくる。
「うっさい! 黙って聞いてりゃ、さっきからなにその態度! せっかくこのアタシが、こ、ここまでしてやったってのに――いったい何がフマンなわけ!?」

桐乃が怒っているのは、京介の態度についてもあるでしょうが、京介が妹属性であることを否定したからでしょう。桐乃は京介がシスコンであることを否定したり、妹を否定するような言動をすると、すぐに怒り出します。桐乃が怒る理由は、桐乃は京介のことを恋愛的な意味で好きで、妹(自分)を大好きにするために妹モノのエロゲをプレイさせたり、一緒にコミケに行ったり、クリスマスデートに誘ったり、兄に近づく女は追い払ったりと、シスコンにするための調教中だからです。

P.138-139
茶髪にピアスにメイド服という、明らかにミスマッチな格好の妹であるが、元の素材が良いからか妙に似合っている。認めたくはないが、見た目だけなら非常にかわいい。

久しぶりに妹の容姿を褒める京介。
ここしばらく、この手の描写が少なかったですね。

P.143
「……む、」
桐乃に詰め寄られた黒猫は、いつもと違う相手の感触に当惑しているようだ。大きなネコ目をぱちくりとさせて、やや仰け反り気味になっている。
「……ん」
そこで黒猫は、何故かちらっと俺に目線を寄越した。
よく分からないが、『あなたの妹がうざいから何とかして頂戴』って意味か?
たぶんそうだな、他に理由がないもん。
俺は肩をすくめて言ってやった。
「はは、作ってやれば?」
「……材料費、払いなさいよ」
手を合わせて『お願い』してくる桐乃と視線を合わせず、渋々と呟く黒猫。

京介に目線を寄越すも、黒猫の反応からして京介にちゃんと意味は通じなかった模様。僕もここで黒猫が求めた正解は、ヒントが少なすぎてよくわかりませんでした。もしかしたら、『ねこシス』を読んでないとわからない類のものなんでしょうか?

P.145
「とりあえず拙者のターンは終わりなので――次は黒猫氏の番ですな」
沙織に話を振られた黒猫が、こくんと無言で頷く。しかし俺には意味が分からない。
「なんだそりゃ? なんの順番だよ?」
「フフフ、例の『お題ゲーム』の応用でござるよ京介氏。パーティの余興だと言ったではありませんか。つまり順番に一人ずつ、きりりん氏のために用意してきた出し物を披露するというわけですな」

沙織はきりりん氏のためと言っていますが、このパーティの本当の目的は落ち込んだ京介を慰めるためのものなので、本当は京介氏のためですね。それについては当の京介には内緒なので、こんな風にごまかしていますが。

P.150-151
まだ始まったばかりだが――どうもこの漫画『ベルフェゴールの呪縛』は、冒頭に登場した桐乃そっくりの女の子『キリノ』の視点で語られる物語っぽいな。モノローグが多用されているから、主人公キリノがそのとき何を感じたのか、どう思ったのかがよく分かる。
反面、他の登場人物の心情は、いまのところキリノの目を通して見た表面的な部分しか描かれていない。ううむ……基本的にこの主人公、相手の言動を悪い方に悪い方に解釈しやがるので、見ていてやきもきしてしまうな。バカ、そうじゃねーよと突っ込みたくなる。

黒猫の描いた『ベルフェゴールの呪縛』を読んだ(正確には見た)京介の感想なんですが、俺妹という作品のメタらしき描写ですね。キリノの部分を京介に変えれば、まんま俺妹になります。

P.152-153
――たとえば、キョウスケが入浴しているときのこと。兄が浴室に入っていったのを確認したキリノは、素早く脱衣所に潜り込み、洗濯かごから一枚の衣類を手に取った。
「……はあはあはあはあ。これがアニキのぱんつ……ゴクリ……くんくんくん」
「「ちょっと待てェ――い!?」」
俺と桐乃が同時に絶叫。
台詞の読み上げを中断された黒猫は、しれっと目線を俺らによこす。
「なあに?」
「いやいやいやいや! ちょ、ちょっと待ってくれ、な?」
俺は黒猫を掌で制止しながら、額にびっしり汗を掻いて、妹の顔を覗き込んだ。
「………お………おまえ……まさか……お、俺のぱんつを?」
「嗅いでないっ! あ、あああ、あくまで漫画の話でしょこれはっ!」
「なら言い淀むなよ! なんか怖いだろが!」
ど、どうやら俺が考えた『この漫画は黒猫から見た桐乃像を描いたもの』という予測は大外れのようだな! つーか頼むから大外れであってください!
「つかクソ猫あんたねえ! いくら漫画だってったって、やっていいことと悪いことが!」
「……そんなにムキになってどうしたの? あくまでフィクションを描いたつもりだったのだけれど、そんな態度を見せられてしまうと、偶然私の漫画が真実を暴いてしまったのかと勘ぐってしまうわ?」
「こ、こ、この…………くっ……続けなさいよ……!」

さて、この描写は本当に黒猫の単なる想像なんでしょうか? 内容が大外れなら、あそこまで桐乃が動揺するのは不自然なんですよね。こんなの事実とは全然違うからと、ハッキリ否定して笑い飛ばせばいい話です。しかし、桐乃は黒猫の勘ぐりを否定しません(こういう時に桐乃はウソがつけない性格)。これらを鑑みると、京介のぱんつを嗅いではいないが、似たようなことはしていたのではないか? という疑惑が浮上してしまいます。(例えばパンツはないが、シャツや制服、ベッドの匂いは嗅いだことがあるとか)
とりあえず、この時点では想像の域を出ないので、これについては後述。

P.153
とにかく、この漫画に登場するキリノは、現実とは違って、超ブラコンという設定らしい。表面上は嫌っているフリをしているが、内心では兄にラブラブなのだった。
実に気持ち悪い設定だ。正直勘弁して欲しい。

キリノの設定は現実とは違うと京介は否定していますが、桐乃が超ブラコンで兄にラブラブなのは事実ですよね。

P.154
キリノがケツをエロティックに突き出して、兄のベッドの下をごそごそあさっている。
そこから出てきたのは、なんとキョウスケ秘蔵のエロ本コレクションだ。
「……チッ、なんで眼鏡っ娘ものの本ばかりなのよ……妹ものにしとけっつーの」
そこでキリノ――ではなく桐乃が、ディスプレイを隠すように立ちふさがって叫ぶ。
「い、言ってないかんね! こんなこと!」
「それ以前に、なんで俺のエロ本の隠し場所を黒猫が知ってんだよ!?」
「え? あたしが教えたからだけど?」

この描写も非常に怪しいです。言ってないなら、なぜこんなに桐乃は動揺するのか? 内心はそう思っていたのを黒猫にズバっと突かれて焦っているのではないか? と思われる描写です。おそらく黒猫に京介のエロ本の隠し場所を教えた時に、内容が眼鏡っ娘ものばかりだったことをポロッと話したのでしょう。それを黒猫が参考にして描いたと思われます。

P.155
――隠れブラコンのキリノには、天敵とでもいうべき存在がいる。
キョウスケの幼馴染み・マナミであった。
マナミは表面上、地味な見てくれをした人畜無害な女の子だが、実は悪魔ベルフェゴールの転生体であり、キョウスケの魂を堕落させようとしている。

P.156
そのあとストーリーはさらに明後日の方向への展開を見せ――キリノはキョウスケへの愛を神に見込まれ、聖天使黒猫から聖なる槍(ロンギヌス)を授かり、悪魔の化身(デモンズ・アバター)マナミとの最終決戦(ハルマゲドン)へと臨む。

この辺はまんま過去編と最終巻の伏線になっています。今思うと、わりとハッキリ書いてありましたね……。最終巻を読むまで、これに気づかなかったのは不覚。

P.162
「むむむ……どうやらあまり楽しんではいただけなかったご様子」
「っふ……やはりその程度の嗜虐では、彼のマゾヒズムは満足できないのよ」

黒猫からマゾと認識されている京介。
僕はネタじゃなく、京介はマジでマゾだと思っています。じゃないと、他の魅力的な女の子を振ってまで、このクソ性格の悪い妹の桐乃を選ぶ理由が説明できない。
これについては、おいおい説明していきます。

P.168
最悪です。桐乃そっくりのゲームキャラが、桐乃そっくりの声で罵倒しながら襲いかかってくるとか怖すぎだろ。ってか俺に聞くなよな。褒めても貶しても現実の妹から。『――はぁ? キモ! ばっかじゃないの!? 死ねっシスコン!』って罵倒されるんだからさあ俺が。
見てろよ~?
「凄いんじゃないか? よくできてるよ、こりゃ。なあ、桐乃?」
「はぁ? 妹そっくりのキャラに萌えるとかキモすぎなんですケドぉ~」
ほらね? つか、どうしろってんだよ! こんなもんエロゲーでたとえると、選択肢どれ選んでも好感度下がるみたいなもんじゃねーか!

京介はほらね? って言ってますが、桐乃のこの反応は内心喜んでますよね。っていうか、京介は萌えるなんて一言も言ってないのに、勝手にそう解釈する桐乃に突っ込めと言いたい。何かにつけてエロゲに例える、京介のエロゲ脳ぶりにも注目です。

P.169
こくこく素直に頷く桐乃。こっち方面のこととなると、無邪気な子供そのものだ。
そんな顔を見ていると、どうにもこうにも、こいつのことを憎みきれない……。

あれだけ普段から大嫌いと言っている妹のことを憎みきれないと、ポロっと本音をこぼす京介。

P.178-179
「ちょっとそこのシスコン! あんた誰の味方!? そんっなに妹のハダカが見たいわけ!?」
「ばっ、ち、ちげーっての!」
誤解を呼ぶようなことを言うんじゃねえ!
……し、しかし言われてみれば、黒猫を応援したところで、俺が享受するメリットなんか一つもないな。妹そっくりなキャラのHシーンなんか見たくないし。
「よォ――し桐乃! やっちまえ! いまのうちだ!」
「このド痴漢がッ!」
ガチンッ! 桐乃がブン回したコントローラーが、俺の鼻っ柱に直撃した。
「っが……ってホンット、俺がなに喋っても怒るなテメエは!」

妹そっくりなキャラのHシーンなんか見たくないし、とか言ってたわりに。

P.179
「あ…………だめ……や……」
絶体絶命の窮地にいたっても、依然として黒猫の精神は回復しない。
ようやくコントローラーを拾ったものの、目を一杯に大きく見開いて、眼前に迫った敗北を見つめるばかりだ。その姿があまりにも不憫だったからだろう。とっさに俺は叫んでいた。
「こ――この際なんでもいいからボタン押せっ!」

とっさに黒猫を応援する京介。黒猫の姿があまりにも不憫だったからだろうと言い訳してますが、本音では妹そっくりなキャラのHシーンが見たかったんじゃないですかね?

P.184
「ちょっと、いい加減にしときなさいよアンタ」
そこで桐乃が口を挟んできた。自分の仕打ちを棚に上げて、険悪な声を出す。
「ネチネチネチネチ……人の友達にいちゃもんつけて楽しいワケ? しかも相手は年下の女の子だってのにさ…………かっこ悪」

さりげなく黒猫を友達と言う桐乃。
ハッキリ黒猫のことを友達だと言ったのはここが初めて。

P.184
例のごとく、このときの俺は、桐乃がなんで怒り始めたのか察することができなかったものだから、かちんときて、売り言葉に買い言葉をぶつけてしまった。

桐乃が怒り始めた理由は、黒猫は悪くないのに京介が黒猫を問い詰めるような真似をしたからですね。桐乃は、原因は自分にあるのに友達がそういう目に遭っているのと、年下の女の子相手にムキになるかっこ悪い兄を見たくなかったという2つの理由で怒ったのでしょう。まぁ、どちらにせよ、桐乃の逆ギレです。京介が怒るのも無理はないですね。

P.184-185
「いま、なんつったてめえ」
「年下の女の子相手にムキになっちゃってかっこ悪っつったの! この前だって! なによ――そんなに怒っちゃってさあ! 信っっじらんない! いいじゃん、あのくらい!」
いいじゃん、あのくらい、だと!
なら……おまえは、夏、あやせに同人誌を見られてしまった直後の自分に――
『いいじゃん、あのくらい』なんて言葉をかけられるのか?
「い、妹にちょっとイタズラされたくらいで、なに根に持っちゃってんの? べ、別にあの女に嫌われちゃったわけじゃ、ないんでしょ? ……そんなの……たいしたこと……ないじゃん」
俺の表情を見てひるんだのか、最後の方は舌が回らなくなっていたようだったが、そんなのはどうでもよかった。言ってはならないことを言いやがったのだ、こいつは。

桐乃の全力で地雷を踏んでいくスタイル。テンパると本当に桐乃はダメですねぇ……。桐乃からすれば、妹の可愛いイタズラぐらい笑って許してあげるのが、年上である兄の包容力だとでも思っているのかもしれませんが、たとえ兄といっても、京介はまだ高校生ですからね、許せることと許せないことがあるでしょう。この桐乃の言動については、さすがに庇いようがないですよ。

P.185
「いい加減にしろ」
俺は本気で怒りを込めてそう言った。これまでのようななれ合いが混じったものではなく――
本気で、だ。
「沙織にゃ悪いけどな。――帰るわ、おまえらだけで遊んでろ」
そう。沙織に免じて、できる限り我慢するつもりだったのだが。
もう限界だ。
「やってられるか。俺なんかいてもいなくてもいいだろう」
冷たく吐き捨てて、踵を返す。

本気で怒る京介。
京介は、普段桐乃に対して甘すぎですからね。たまにはこうして怒ってもいいと思いますよ。

P.186
いくら何でも、俺がこんな目に遭う、意味が分からなかったからだ。確かに俺は、沙織や黒猫のことを友達だと思っている。いくら気に食わないとはいえ、桐乃は妹さ。
だからといって、何をされても怒らないってわけじゃないんだ。友達だからこそ、兄妹だからこそ、納得できないし、見知らぬ他人にされるよりムカつくことだってある。

まったくの正論。反論の余地無し。

P.187
「どけ」
俺は不機嫌な声を出した。にくたらしい妹の顔を見て、怒りがさらにふつふつとわき上がってきたからだ。
「ふん。なによ……その態度……」
険悪な空気が周囲に満ちる。俺と桐乃の視線の間で、不可視の火花が弾けて消える。

ここは二人とも本気で相手に対して怒っています。それ以外の解釈の余地はありません。好きと嫌いは表裏一体。きっかけがあれば、たやすくひっくり返ります。お互い本気で怒るということは、二人がそれだけ相手に対して強い感情を持っているという証拠でもありますね。

P.187-188
「――ほ、ホラ、コレっ!」
いっそ殴りつけるような勢いで、紙袋を突き出してきた。
「…………あ?」
俺は、鼻面につきつけられた紙袋をより目で見つめながら、素っ頓狂な声を出してしまう。すると桐乃は、怒りのためか顔を真っ赤に紅潮させて、
「っだ、だからァ! あげるっつってんのっ! あんたにっ!」
「だから! 意味が分からねえよ!」

ここで桐乃が顔を真っ赤にさせてるのは、京介に対しての怒りじゃなくて、上手く自分の本心を伝えられない自分への怒りと、この行為に対する恥ずかしさからですね。

P.188-189
「……プレ……ゼント? おまえが、俺に?」
「そ、そうっ」
そこで桐乃は、深々と頭を下げた。


「この前はごめんなさいっ!」


「――――」
俺は目を丸くして、絶句。
桐乃は頭を下げたまま、再び紙袋を差し出してくる。
俺は半ば無意識でプレゼントを受け取っていた。すると桐乃は、ちらりと一瞬だけ俺と目を合わせて、ぽつりと呟いた。
「……いつも、ありがとう」

京介に対し、頭を下げてきちんと謝り、感謝の言葉を伝える桐乃。

P.191
俺の返答を聞いた桐乃は、ほぉっ……と安心したように長い息を吐き出した。
次いで心臓に手を当て、頬を紅潮させたまま、荒い息を吐いている。
その、まるで重大な告白をした直後の女の子みたいな態度を前にして、俺は妙に気恥ずかしくなってしまい、顔が熱くなってくるのを感じていた。

桐乃の感謝の言葉を聞いて顔を熱くする京介。このモノローグは明らかに妹に対するそれではないですね。「それ以上の何か」を感じさせます。「それ以上の何か」とはもちろん恋愛感情に決まっていますね。

P.191
「――京介氏。実はこのパーティは、落ち込んだ京介氏を元気づけるために企画したものだったのでござる。それと、きりりん氏が京介氏にお詫びをするきっかけを作るための場でもありました。……いやはや、きちんとおもてなしをして楽しんでいただくつもりであったのに、逆に嫌がらせのようになってしまうとは……力及ばず、申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい」
沙織と黒猫が、並んでぺこりとお辞儀をした。

パーティのネタばらし。
ちゃんと黒猫も謝っているのがポイント。京介が落ち込んでいるのは、桐乃をけしかけた黒猫にも原因がありますからね。

P.191-192
「…………そういうことだったのか……」
呆然と事態を咀嚼する。ふと見れば、桐乃が顔を紅くしたままムスッとしていた。
「あの……これまであんまし言わなかったけどさ。どーせ言わなきゃ分かんないだろうから、このさい言っとくね」
「な、なんだよ……?」
桐乃はもどかしそうに言葉をさまよわせながら、少しずつ台詞を紡いでいく。
「あんたがあたしにいままで色々してくれたこと、すっごい、感謝してるから。アンタがいなかったら、あたし一人じゃ、絶対お父さんのこと説得できなかったし……あやせとも仲直りできなかったし……」
沙織と黒猫を順番に眺め、思いっきり照れくさそうに言う。
「こいつらとも、会えなかった。ずっと一人でもやもやして、誰ともゲームとかアニメとかの話、できなくて、どうにもならなくて……どうなってたか分かんない」
「……うん」
「だから、その、えっと――――そ、そういうことなの!」
ぷいっとそっぽを向いてしまう。こいつは……本当に、喋るのが下手くそなやつだ。
でも、分かったよ。
スゲエ、伝わった。

貴重な桐乃の内面暴露シーン。
桐乃がここまで素直に自分の内面を京介に語るのは、非常に珍しいです。
4巻、8巻、12巻と4巻ごとに、それぞれ桐乃が京介に自分の内面を素直に語るシーンがあるのですが、これはその1回目です。

P.192-193
「……ぐすっ」
ばっか野郎……。不器用な真似、しやがって……!
「あ――アンタなに泣いてんの!?」
「……バカ……! 泣いてねえよ!」
「ちょ、ちょっとやめてよそういうの! せ、青春ドラマじゃないんだから! つか、そんな泣くほどのこと!?」
桐乃が何かわめいているが、目頭が熱くてよく聞こえない。
腕で顔を隠し、嗚咽を漏らすのでせいいっぱいだった。

今までの苦労が報われて、泣き出す京介。
桐乃は「泣くほどのこと!?」と驚いていますが、妹にこんなこと言われたら、そりゃ嬉しくて泣きますよね。……っていうか、さっきまで本気で怒っていたのに、京介チョロすぎじゃないですかね?

P.193
「……かもしんないけどォ。いくらなんでも、プレゼントごときでマジ泣きとかなくない?
「……いまのあなたの顔も、人のことは言えないと思うけれど? ――フッ、お兄さんの目がろくに見えない様子で幸いだったわね?」
「……うっさい」

黒猫の台詞から察するに、桐乃も京介と同じく涙目の模様。
今まで素直に表に出せなかった京介への感謝の気持ちを伝えることができて、桐乃も内心嬉しくてホッとしているのでしょう。

P.194
――俺はいままで、桐乃を助けるために色々なことをしてきた。
オタク友達を作るために協力してやったり。親父からオタクグッズを護るために必死こいたり。あやせの誤解を解くために奔走したり。ケータイ小説の盗作騒動を解決するために出版社に乗り込んだりな。
けれどもそれはどれも桐乃のためなんかじゃなくて、ぜんぶ、自分のために俺の都合で勝手にやっていたことなんだ。どんなに妹がかわいくなかろうと、ムカつこうと、その才能に嫉妬していようとも……兄貴だからしょうがない。どうしようもなく当然のことだった。
だから、感謝なんていらないし、されたくもない。
これでいいんだ――そう思っていた。それはいまも変わらない。変わらないはずだ。
なのに……どうしてか涙がにじんでくる。
汚ねぇよ……不意打ちしやがって……。
ああ、もう認める。俺は――妹にありがとうって言われて、感謝されてさ……。
嬉しいんだ。
泣いちまうほどにな。

妹に感謝されて嬉しいと素直に認める京介。
兄妹の冷戦は、ある意味この時点で終わっているといっていいでしょう。過去の確執はともかくとして、桐乃が京介に感謝しているとわかったこの時点で、高坂兄妹がお互いを嫌い合う理由はもうなくなったし、既に嫌い合ってなどいないのですから。

P.195-196
これは妹が、俺にくれたという事実が大切なのであって、別に中身なんて何でも構わない。何が出てこようと、きっと俺は嬉しいし、たぶん泣く。
ごそごそっ。そうして包装紙の中から出てきたのは――


『妹×妹(シスターシスター)~しすこんラブすとーりぃ~』というタイトルのエロゲーだった。


「…………………………………………………………………………えっと……なにこれ?」
(中略)
ちらっと妹の顔にピントを合わせると、スゴク嬉しそうな笑顔がそこに。
「それマジ神ゲーだからやった方がいいよ!」
「おまえってやつは……ッ!」
(中略)
「へへ……それをあたしだと思って、大事にしなさいよね!」
照れくさそうに鼻の下をいじる妹の顔を眺めているうちに、段々と力が抜けてきた。なぜなら、妹の表情には、いつものようにおちょくる気持ちなんて、かけらも見当たらなかったからだ。まったく、あきれ果ててしまう。こいつはこの台詞を、本心から言っているのだ。
妹もののエロゲーを、自分だと思って大事にしろ、だってよ!

この時点で留学を決めている桐乃。
このエロゲー(略称『しすしす』)を京介に渡した桐乃の意図については、5巻の考察で。

P.197
「――ありがとよ、桐乃」


ばふっと頭の上に、手をのせてやる。きょとんと目をぱちくりさせる桐乃。
きっと数秒あとには、怒って罵倒されるのだろうし――
妹からの贈り物は、あろうことか、妹もののエロゲーだったときた。
まったくこれ以上ないほどにバカらしくてアホらしい、思い出しても苦笑するしかないような、つくづく俺たちらしいシチュエーションだ。


けれどもいまこの一瞬だけは――普通の兄妹みたいに見えたかもな。

桐乃の頭に手をのせる、京介お得意のいつもの仕草。桐乃は妹扱いされるこの仕草が嫌いみたいですから、京介が言うとおり、この後には怒って罵倒されるのでしょう。

第四章

P.200
俺に対して素直に詫び、
いままでありがとう、と心のこもった贈り物(エロゲーだったけど)までくれた桐乃。
これが何かの物語だったなら、あのイベント以降、ツンツンしていた妹が急激にデレデレし始めて、兄貴=主人公に対して親愛の情を向けてくるというのが鉄板だ。
それが『妹もの』なら特にそうだろう。アトリエかぐやのゲームだったら、もうあの晩Hシーンに突入してても不思議じゃない。むしろ当然の定石として、差分CG回収用のセーブデータを作っておく場面だったさ(我ながらなんてオタクっぽい比喩だろう)

もはやオタク度がベテランエロゲーマーレベルに達している京介。桐乃のエロゲによるお兄ちゃん調教の成果は、ついにここまで来ました。妹に対してナチュラルにHシーンを想像するあたり、かなりヤバイです。エロゲに詳しくない人のために補足しておくと、アトリエかぐやというのは抜きゲーの代表的なメーカーです。

P.200
あのあとだって、頭にのせてやっていた手を案の定バチンとやられたし、帰りの電車では一言も口を利かなかったし、呼び方が『あんた』から『お兄ちゃん』に変わるようなこともなかった。

呼び方はともかくとして、前2つは桐乃のいつもの照れ隠しでしょう。

P.200
っていうか、ハハ……桐乃に『お兄ちゃん』なんて呼ばれたら、俺は死ぬけどな。

正:っていうか、ハハ……桐乃に『お兄ちゃん』なんて呼ばれたら、俺は(萌え)死ぬけどな。

P.201
なぜなら、あれほど素直に礼を尽くされてなお、俺は相変わらず桐乃のことが大嫌いだからだ。その理由の一端については、これまで何度も繰り返してきたから言うまでもないな。
なにをしても好感度なんて上がらない。俺は妹のムカつく態度について、そんな比喩を使ったことがあったが、なんのことはない、俺だって、そうなのだ。人のことは言えないのさ。
でかいマイナスに多少のプラスが加わったところで、マイナスはマイナスのまま。
ようするにそういうこったろうよ。
負の蓄積があまりにも大きすぎて、いまさらあの程度のことで好きにはなれない。

いまだに桐乃を嫌いだと言い張る京介ですが……。

P.201
ハッ、あったりめーだろうが? 俺がいままであのバカにどんな目に遭わされ続けてきたか、そんでアイツがそのときどきでどんなハラ立つ態度を取ってくれやがったのか……そのほんのひとかけらを、俺と一緒に見てきたはずだ。……あ? それだけじゃないだろうって?
チッ……それは、まあ、そうかもな。分かってるっつーの、そんなこと。
だから、なんだ、その……あいつは俺の妹だし、ごくごくまれに可愛いトコもあるしよ。
たま~に人生相談をされるくらいなら……まあ、いままでどおり、世話をやいてやらんこともねーよ。……ちゃんと感謝してるみてーだしさ……へへ……。
ごほんっ。――ってなもんだ。文句あっか。

>……ちゃんと感謝してるみてーだしさ……へへ……。
ここの部分の実に嬉しそうなこと……ツンデレお兄さんですね。

P.202
ケッ、もしも俺達の関係が、これ以上、目に見えて変わるようなことがあるとしたら。
それはきっと、九ヶ月前のアレに匹敵するほどの――
超特大の地雷を踏む必要があるんだろうぜ。
そんな日は来ねえよ。
……でも、あんときも、そう思ってたんだっけ。

わかりやすいフラグですね。
5巻第四章のアメリカでの告白に、7巻第四章の御鏡に対する啖呵、そして12巻のクリスマスの告白と、この先も地雷には事欠かないですよ(笑)

P.203
俺はとつぜん素直になった妹の態度に面くらってしまっていた。
いや、昨日まではこうじゃなかったはずなんだよ。フツーに、話しかけても、ぷいっとそっぽ向いて早足でどっか行っちゃうよーな感じで……。あれえ……?

桐乃の心境を察するに、昨日までは恥ずかしくてまともに顔を合わせられなかったけど、アメリカに留学する日も近づいてきて、兄と一緒に過ごせるのも残り少ない時間だからと、ようやく吹っ切れて素直になれた、というところでしょうか?

P.203
食卓にて、家族そろって朝飯を囲んでいるとき――
「はい、お父さん、お母さん」
桐乃がご飯をよそって、家族一人一人に渡していく。親父やお袋は、それをさも当然のように受け取って、「ありがとう、桐乃」「……うむ、いただこう」なんて微笑んでいる。
「………………ごくっ」
とんでもない違和感に、思わずのどを鳴らす俺。
これが田村さん家の食卓の光景ならば話は分かる。しかしながら、我が高坂家でこんな空恐ろしい光景を見たのは、生まれて初めてのことだった。

両親に対しても素直な桐乃と、それを当然のように受け止める両親。両親は当然桐乃の留学の件を知っているので、もうすぐ離れ離れになるからと親子仲良くしているのでしょう。留学の件を知らない京介だけが、違和感を覚えているという図。(子供の頃は兄妹の仲が良かったんだから生まれて初めてのことというのはおかしい気がしますが、さすがにそろそろ重箱の隅をつつくのも面倒になってきました)

P.204
俺がおののいていると、いつの間にか目の前に茶碗が差し出されていた。
「どしたの? ぼーっとしちゃって。はい、アンタの分」
「うえっ? ぅお、おおおおう……さ、サンキュウ……」
受け取る手がブルブル震えていたのは、言うまでもなかろう。

素直になった桐乃に動揺する京介。
さすがにビビリすぎじゃないですかね(笑)

P.208
俺は前を歩く桐乃の背中を眺めながら、なんとも言い難い感慨を覚えていた。
ずいぶん遠いところまで来た……。依然として同じ家にいるってのに、そんなことさえ思う。
たぶんこれは、心の距離の問題なんだな。九ヶ月前の俺と、今の俺とでは、精神的に立っている場所が違う――そういうことなんだろう。上手く言えないが。

抽象的な表現ですが、要するに九ヶ月前の京介と、今の京介では桐乃に対する心の距離がずいぶん縮まっているということでしょう。せっかく縮まった高坂兄妹の心の距離ですが、今度は桐乃の留学で物理的な距離ができることになります。

P.208
「入って」
「あいよ」
これも何度繰り返されたか分からない、恒例のやり取り。妹の部屋からは、相変わらず甘い匂いがする。衣替えをしたのか印象が様変わりしていた。カーテンの色が赤からピンクに変わっている他、全体的に物が減って、すっきりしている。
「なんか、綺麗になってんな、部屋」
「そう?」
すげない答えが返ってくる。

物が減って、すっきりしているのは留学前に部屋の整理をしたのでしょう。それについて言及した京介への答えがすげないのは、京介には留学について内緒にしているので気づかれたくないという桐乃の心が態度に出たものと思われます。

P.209
桐乃は猫の座布団を指差した。
「座って」
「おう」
俺は遠慮無くあぐらをかいた。以前は、この猫座布団にケツを乗せるたびに妹に不愉快そうな顔をされたもんだが、もういい加減慣れてきたのか諦めたのか、いまはそういうこともない。

ここも、二人の心の距離が近づいていることが感じられる描写ですね。奉行と罪人の位置だと表現されていた頃とは大違いです。

P.211
お知らせ・六日午前0時より、秋葉原本店にて新作ゲームの深夜販売やっちゃいます!

時系列の都合上、仕方ないとはいえ「月初めにエロゲーの深夜販売はねえよ!」とツッコみたい。 エロゲの発売日は大抵月末に集中するはずですから、この設定は少々無理があります。まぁ、今の時代は、既にエロゲーの深夜販売自体が過去のものですけどね。

P.212
『3Dカスタム妹』ってのは、『シスカリ』みてーに自分好みの妹をカスタムするゲームなんだろうと推察できるのだが、『おにーちゃんのぱんつなんか、ぜったい盗んでないんだからねっ!!』の方は、まったくタイトルから内容が想像できん。
妹を操作して、兄貴に見つからないようパンツを盗むゲームなんですかね。
……………………………………。
「ん? どうかした?」
「い、いや、なんでもない」
空恐ろしくて、心の声にすらしたくないよ。

第三章の桐乃の兄ぱんくんくん疑惑再び。一体どういう意図があって、伏見先生はこんなタイトルのエロゲーをわざわざ作中に登場させたのか? なぜ京介にわざわざ意味深な描写をさせるのか? 疑惑は深まるばかりです。

P.214
そういやこの前、新宿行くとき桐乃と携帯アドレス交換したっけな。
……しっかし、まさかこの妹とアドレス交換をすることになろうとは。
一年前の俺たちからはつくづく考えられん。

ここも二人の関係の変化を感じさせる描写。
四章はこの手の描写が、かなり多いです。

P.214
「……当然ながら、俺はエロゲー買ったことがないんだけどよ。深夜販売とやらに並んで、普通に買えるもんなのか? 繰り返すが十七歳なんだぜ俺は」
「分かんない、けど……でも……。どーしても早くやりたいの」
なんでそんな必死なのよ。
これだからオタクってやつは理解できん。
「ねぇ~、これで最後だから……お願い」

京介に「お願い」までして頼み込む桐乃。まるで普通の妹のようです。桐乃が京介にこういう態度を取る理由ですが、既に桐乃はアメリカに留学することが決まっているので、後悔のないようになるべく素直になろうとしているのでしょう。

P.214-215
「……わーったよ。買ってくりゃいいんだろ?」
「ほんとっ?」
「おお、男に二言はねえ」
おーおー、嬉しそ~な顔しやがってまあ。
あーあ。俺もつくづく甘いっつーか、情けないよな。
こんな風に妹から手を合わせて『お願い』されたくれーでよ……。簡単に了承しちゃうどころか、嬉しそうな反応見て、こっちまで喜んじゃってんだから。

京介は情けないって言ってますが、兄ってこういうもんだと思いますよ、個人的には。

P.218
それにしても俺のちょっと前に並んでいる人……すげえジャケットを着ていやがるな。
なにせ背中に、恐らく今夜発売するエロゲーに登場するんであろう美少女キャラクターが、でかでかとプリントアウトされている。

5巻で登場するゲー研の三浦部長初登場。この後、京介が痛チャリを借りることになるオーナーと同一人物です。

P.223
「くっ……それには深いわけがっ! だ、ダイジョーブだって、もしウチにおまえん家から電話かかってきたら、妹が上手く言うからさ!」

赤城に妹がいることに言及した初めての描写。この妹が5巻で初登場する瀬菜ですね。この章(というか4巻)では、5巻の伏線を色々バラまいています。

P.227-228
「……い、いや、知らなかったんだ。ま、まさかおまえが……そんな特殊なご趣味をお持ちだったとは……」
(中略)
「こ、このホモ野郎が! お――俺に近づくんじゃない……! 残念っ……俺にそんなご趣味はございませんっ……」

特殊なご趣味、ホモ野郎……この巻が発売された頃(2009年)は特に問題にならなかった表現ですが、今やったらLGBTの人に怒られそうですね。

P.233
こいつとは、いつかハラを割って語り合う日がくるかもしれない。
そんな気がした。

こいつとは友人の赤城のこと。この京介の予感は後に当たりますね。具体的には9巻の『俺の妹は可愛い』の話で。

P.210
「桐乃……聞くけどおまえ、いままでどうやってエロゲー買ってたんだ?」
いくら何でも店では買えないだろうし。通販にしたって、色々問題があるんじゃ……。
桐乃はあっさりとこう答えた。
「秘密。色々やりよーはあんのよ。でも、そんなの聞きたくないでしょ、アンタ」
「まあな。興味もねーし。でも、それならいままでどおりのやり方とやらで買えばいいんじゃねーの? 何も俺に、わざわざ買いに行かせることはあるめーよ」

ボカしてありますが、桐乃は一体どうやってエロゲーを入手していたんでしょうね? 18歳未満ではクレジットカードは作れないですし、かなり難易度高いと思うんですが……。アニメ二期の13話では変装してエロゲ雑誌を立ち読みしていましたが、エロゲ自体は通販で購入していたようですし。ここは謎です。

P.239
かつての自分が、かたくなに『知りたくもない』と拒否していたそれを複雑な心境ですがめ見て――……押した次の瞬間、
「――買えた!? いまどこ!? もしかして家のそばきてんの!?」
なんとワンコールで繋がった。
そわそわした、そして、嬉しそうに弾んだ声が受話器から聞こえてくる。
……ああ……こいつ……
待ちきれなくて、ずっと俺からの電話を待ってたんだな。

京介からの電話にワンコールで出る桐乃。
もちろんエロゲが楽しみというのもあるでしょうが、それだけではないはず。

P.240
『……うそ……それじゃ、今夜は……アンタ、帰ってこないってこと?』
「ああ。悪いな。一応ゲームは買えたから……」
『……えぇ……そんなぁ……』
弱々しい、哀しげな声を漏らす桐乃。
あれほど弾んだ声を出していたやつと同一人物だなんて、とても信じられない。
聞いているこっちも、胸が張り裂けそうになったよ。ゲームごときで、とは思わなかった。
こいつは、ゲームだろうとなんだろうと、いつだって本気なんだ。
喜ぶときも、怒るときも、楽しむときも、哀しむときも――全力を尽くすのさ。
俺には理解できないが、こいつにとっては、こんなに哀しい声を出すほどのことだったんだろうよ。

京介は毎度のことながら勘違いしていますが、ここで桐乃が哀しげな声なのは、エロゲがプレイできないから……だけではなく、京介が今夜帰ってこないと知ってしまったからです。桐乃は朝には留学のために、アメリカ行きの飛行機に乗らなければいけないので、京介に大事な話ができないままアメリカに行くことになってしまう……それは桐乃にとって、哀しい声を出すほどのことなのです。

P.240-241
『…………あの…………どうしても……無理かな? なんとか、せめて朝までに、帰って来られない?』


諦めの悪いやつだ。終電がなくなったって言ってるじゃねえか。
たった十数時間じゃねえか。そのくらい待てよ。つうか自分で買えよ。人に行かせんな――
――――とは、思わなかった。ぜんぜん。
なぜだろうな。いつもの俺だったら、そう口に出して言っていたはずなのに。
たかがエロゲー。たかが十数時間。
どうしても『たかが』なんて台詞を、口にすることができなかった。
してはいけないような気がした。
ずいぶん後になってから、考えてみたのだが。
このときの俺は、せっぱ詰まった妹の口調から、無意識のうちに隠された何かを読み取っていたのかもしれない。せめて朝までに帰らねばならない理由も。
でなければこのあと俺が取った行動に、俺が抱いた感情に、説明がつかないのだ。

ずいぶん後というのは、おそらく5巻で桐乃が留学に行っている間のことでしょう。この時に桐乃のことをいろいろ考えている最中の出来事の一つと思われます。

ここで一番大事なのは、せっぱ詰まった妹の口調から、無意識のうちに隠された何かを京介が読み取って、朝までに家に帰る決意をしたことですね。アニメでは終電を逃すことなく、電車で無事に家に帰ってアルバムを見せてもらい、桐乃が留学にも行かず日本に残るというIFのルートが、GOOD ENDと表現されて放映されていましたが、この時終電を逃して、桐乃のために自転車で32キロの道を走破して帰ってくることが、TRUE ROUTE(原作の桐乃エンド)の条件になっていたのでしょう。
そういう意味では非常に大事なシーンです。

P.241-242
どうやって帰ろうか。正直なところ、考えなんて何もなかった。ただ、どうしても早く帰らなくちゃならねーっていう使命感みたいなものが、俺の中で燃えていた。
たかがエロゲーを、発売日よりもちょっぴり早く、大嫌いな妹に届けるって――
たった、それだけのことのためだってのにな。
はっは……我ながら、よく分からん精神構造をしているもんだ。

京介が燃えている理由は、京介自身よくわかっていませんが、僕の解釈では「妹のためという兄の本能」じゃないかと思っています。妹のためという大義名分があるとき、兄というのは信じられない力を発揮する……この時の京介の精神構造と行動力とはそういうものだったんじゃないでしょうか?

P.243
だが、関係なかった。エロゲーを妹に届けるという崇高な使命を掲げ、断固たる決意を固め、それ以外のすべてに視野狭窄になっていた俺は、脳裏に展開されているプランが抱えている諸々の欠陥を、いったんすべて無視した。
かつて黒猫が指摘したように、またしても俺は、妹のせいで頭がおかしくなっていたのだ。
このとき俺のスイッチは、通常よりもずいぶん軽くなってしまっていたのだが、
その理由にいまはまだ至れない。

この描写についても、先程の解釈で通ると思います。
スイッチが通常よりもずいぶん軽くなっていた理由は、妹への愛情(それが兄妹愛か恋愛感情かは微妙なところ)でしょう。京介はこの時点ではそれを決して認めないので、その理由にいまはまだ至れませんが。このスイッチはこの先何度も軽くなりますね、7巻の御鏡の時や9巻のコンサート会場へ自転車で行く時、12巻の告白など。

P.244
そして――よく見たら彼の着ているジャケットには、チャリに描かれているものと同じ美少女キャラがプリントされていた。
って、さっき俺の前に並んでた人じゃねえか! ど、どおりで、筋金入ってるわけだ。

行列に並んでた時の伏線回収。

P.245
「くっ……」
俺は自分にできる限りの誠意を示すべく、その場に両膝をついた。小雨で濡れた、ひやりと冷たいアスファルトの上にだ。
「お、おい……何を……」
決まっている。もう毎度毎度の恒例になっちまって、自分でもそのマンネリさ加減にうんざりしてしまうが――まあ、しょうがない。俺は桐乃から頼まれたゲームを片手で抱き、もう片手を地面に付け、頭を下げて懇願した。
「どお――かお願いします! 家で妹が待ってるんです! 妹のために、どうしてもそのチャリが必要なんです! 絶対っ……必ず返します! 俺にできることならあとで何でもします! だから――――」

見知らぬ他人に向かって濡れたアスファルトの上で土下座して、チャリを貸して欲しいと頼み込む京介。何度も言いますが、京介のこういうところは本当に凄いと思います。1巻の親父との対決や、2巻のあやせの前での絶叫など、こういった妹のための捨て身の行動に多くの人が感動したはずなのに、最終巻で京介が桐乃に対して恋愛感情を持っているとわかった途端に掌を返して、「京介は最低の主人公」「気持ち悪い」「純粋な兄妹愛だと思っていたのに」とか言い出す世間の反応には、本当に腹が立ちました。……っていうか今でも怒っています。

P.250
俺の目前で扉が開き、パジャマ姿の妹が姿を現した。
「よう」
「……ん」
桐乃は妙に神妙なツラで頷き、俺を家の中に招き入れた。
「……す、すごい汗じゃん。……はい、タオル……」
「ん、ああ。さんきゅ」
差し出されたタオルで顔を拭う。
「あんたの着替えとか持ってくるから……シャワー浴びてきなよ」
「そ、そうだな」

タオルを差し出し、シャワーを勧め、着替えまで持ってきてくれるなど、甲斐甲斐しく京介のお世話をする桐乃。普段は京介に対し素直じゃないためわかりづらいですが、これが本来の桐乃の姿なんじゃないでしょうか? このシーンがアニメでカットされたこと、今でもちょっと恨んでいます。

P.250
それから脱いだ服やら靴やらタオルやらを持って、妹と一緒にそうっと階段を上がっていく。

なにげない描写ですが、京介がシャワーを浴びている間、桐乃は万が一両親が起きてきた時に備えて、ずっと浴室の前で待ってたということでしょうか? 絵面を想像すると燃えます。

P.251
「ほら、これ。頼まれてたもんな」
「うん……あ、ありがと…………ごめんね、その、無理言って」
「はっ、別にいいよ――って、なんだオマエ!? あ、頭でも打ったのか?」
――ありがとう――ごめんね――
どちらも俺の妹の口からは、そう簡単に出てくるような台詞じゃない。
ここ九ヶ月ばかりで、多少は妹と離すようになった俺であるが、その間、妹からこんな殊勝な言葉を聞いた記憶は五回にも満たない。この前のアレといい、今日のコレといい、いったい俺の妹に、何が起こったというのだろうか。実は偽物なんじゃないだろうか。
そんな発想が生まれてしまうくらいには不可解だった。

あまりに素直な桐乃の態度を訝しむ京介。

P.251-252
「……なに言ってんの。ばかじゃん
返ってきた台詞は、罵倒ともいえないほど軽い罵倒。
いままでさんざんキモいだの死ねだの言われ続けてきた俺は、面食らってしまう。
もの足りないような気さえする。

普通は喜んでいいところだと思うのですが、もの足りないとは……。京介はマジでドMですね。

P.252
「ほ……ほんとにどうしたんだよ……? いつもの威勢はどこにいっちまったんだ? また何か悩みでも抱えてんのか?」
「あのさあ……」
桐乃は腰に手を当て、苛立たしげに表情を歪めた。
「その態度、いい加減ウザいんだけど? ――あ、あたしがあんたにお礼言ったり、謝ったりすんのが、そんなにおかしいってわけ!?」
「おかしいよ!」
天地がひっくり返るほどおかしいって! 普段の自分の態度を顧みてみやがれ!
俺が素直な感想を口にすると、桐乃はへの字口になってムスッとした。
「む……」それからふいっとそっぽを向いて、「あ、あっそ! チッ……なによ……」
どすんと不機嫌にベッドに腰を下ろす。
そうそう、こうやって多少不機嫌になってる方が、俺の妹らしいって。

せっかく京介に対し素直になったのに、京介におかしいと言われて不機嫌になる桐乃。相変わらずこの兄妹噛み合わないですねぇ……。

P.253
「……やれやれ」
本当、新しいおもちゃを買ってもらったガキそのものだな。
かわいく微笑ましい光景だ。わざわざ秋葉原くんだりまで出張って、深夜販売に並んで、あのチャリンコで三十二キロぶっ飛ばして帰ってきた甲斐があった。

京介の桐乃かわいい描写。
妹の嬉しそうな姿をみるだけで、あれだけの苦労が報われた気になってしまう京介のシスコンぶりに頭が下がります。どれだけ妹のことが好きなんですかね?

P.254
「じゃ、俺はもう寝るわ。明日も学校あるしよ。――おまえも、徹夜でゲームすんのはいいけど、学校遅れんなよ」
「………………」
ゲームのインストール作業に夢中になっているのか、返事がなかった。
桐乃は俺に背を向けている。そのため妹の表情はこちらから見えない。
「おい? 桐乃、聞いてんのか?」
「えっ? あ、あ――うん、聞いてるケド……」
テキトーな返事しやがって……。おまえ明らかにエロゲーに気が向いてて、他のことがおろそかになっちまってんだろ。

ここで桐乃の返答がおかしいのは、もちろん京介が言うとおりエロゲーに気が向いてるからではないですよ? 桐乃が今日アメリカに留学することについて何も知らず、自分が学校に遅刻することを気にかけてくれる京介に対する罪悪感、留学する前に京介ともっと一緒に居たいという気持ち、これから大事なことを伝えなきゃいけないという緊張感、そういったものがないまぜになって、上手く返事を返せずにいるのでしょう。京介からは背を向けていて、桐乃の表情が見えないという描写がまた上手い。

P.255
「――一緒に……やらない? 久しぶりに、さ」
「………………………………」
やるわけねえ。妹と一緒に妹ゲーなんて、できるわけねーだろ。何度同じこと言わせんだよ。
それに俺はいま、メチャクチャ疲れてるし、眠いんだよ。
しかも俺、いま家にいないことになってるわけだから、朝早く起きて、親が起きる前に家出なきゃならんのだぞ? そう言おうとしたはずなのに――
「……だめ?」
「……じゃ、じゃあ……ちょっとだけな?」
なぜかそう言っていた。
おかしいな。
桐乃に負けず劣らず、今夜の俺は、ほんとにおかしいぞ……?

断る理由はいくらでもあるにも関わらず、桐乃にお願いされると断れない京介。P.241の描写でもありましたが、この夜の京介は妹の留学の決意、すなわち「無意識のうちに隠された何か」を感じ取っているのでしょう。

P.251
妹の部屋には、友達が来たとき用のテーブルが出されており、その上でノートパソコンが起動していた。デスクトップがあるくせに、なんでノーパソ動かしてるんだろうな。

P.253
桐乃は鼻歌まじりにノートパソコンにディスクをセットした。
なんでデスクトップじゃなくて、こっちにインストールしてんだろう。まあいいけど。

P.255-256
ってなわけで、久方ぶりに、俺は妹と一緒にエロゲーをやる羽目になっちまった。
ちなみに、ノートパソコンが置かれたテーブルの前に、並んで座るという体勢だ。
さっき俺が抱いた『なんでノーパソが起動してるんだ?』という疑問の答えが、これだろう。
わざわざデスクトップではなく、ノートパソコンにゲームをインストールした理由。
つまりこいつは、はなっから俺と一緒に、この体勢でゲームをやるつもりだった、ってことだ。長時間二人でゲームをやろうと思ったら、自然とこの体勢にならざるを得ない、のだが……。

俺妹はこういう細かな伏線が鬼のように仕込まれているので、この考察記事を書くのには大変苦労しました。別にこんなのまで伏線を拾う必要はないんですけど、どうせやるなら徹底的にと思った結果が、このクソ長い記事です。
ここまでちゃんと読んできた人には、もうそろそろ説明するまでもないでしょうが、桐乃がわざわざノートパソコンにゲームをインストールした理由は、京介とくっついてエロゲをプレイするためですね。

P.256
「お、おい……あんまくっついてくんなよ」
「しょうがないでしょ! こうしないとあたし画面見えないし!」
ぐぬぬ……。
なんでこんな夜中に、妹と密着して妹もののエロゲーをプレイせにゃならんのだ……。
……まさか、俺の状況を、羨ましいなんて思うやつはいるまいな?
冗談じゃねえぞ。エロシーンになったときこっ恥ずかしいってのもあるけどさ、なによりプレイ中にチンチンが硬くなっちゃったら、俺はどうすりゃいいわけ?
(中略)
あー……くそ……妹から妙にいい匂いがする。
まさか寝る前だっってのに、香水でも付けてんのかな。

わざわざ香水まで付けて、京介に密着する桐乃。京介を誘惑しているというわけではないでしょうが、京介を男として意識している、そして自分を女として意識させようとしているのは確かでしょう。じゃなきゃ、こんな行動を取る理由がありません。

P.256
「アンタ顔赤くない?」
「ふ、風呂上がりだからじゃねえの?」
フゥ~……。ようし……その調子だ……静まれ……っ……俺の海綿体(リヴァイアサン)……。

そして、京介の様子を窺う桐乃。こうかはばつぐんだ!

P.258
こいつは本当に、こういうゲームが好きで、こういう話をするのが好きなんだな。
俺にとっては、どれもどうでもいい話なのだが、聞くのは別に嫌じゃなかった。
桐乃とオタク話をしているときだけは、普通の兄妹のような関係になれるから……かもしれないな。休戦地帯っつーかさ、特別な時間なのだろう。俺にとっても、桐乃にとっても。

エロゲで繋がる兄妹。傍からみるとおかしな話ですが、これが高坂兄妹ならではの関係、高坂兄妹らしさの一つなのでしょう。

P.258-259
しかしいまだに分からないこともある。どうして俺なのか、ってとこだ。
九ヶ月前の桐乃なら、話は分かる。あのころのコイツには、エロゲーの話をするような相手なんて一人もいなかったんだから。大嫌いな兄貴だろうと、貴重な話し相手だったわけだ。
だが、いまは違う。いまは――黒猫がいる。沙織もいる。
条件付きじゃああるが……あやせだっている。
桐乃には、自分の趣味を包み隠さずさらけ出すことができる、大切な友達ができたんだ。
だからエロゲーの話をしたいんだったら、友達とすればいい。
俺は用済みのはずだ。
だってのにこいつは、いまだに俺に人生相談を持ちかけてくる。
一緒にゲームをやろうと、誘ってくる。
もしかしたら。
本当にもしかしたらの話だが――――


ありがとね、兄貴。


あ……兄貴のコト、好きだし……
――なんて言うとでも思ったァ? なに慌てちゃってんの? キモいんだよシスコン。


……いつも、ありがと。


自分で思っているよりも、俺は、妹に嫌われてないのかもしれない。
ずっとお互い嫌い合っているとばかり思っていたのは、俺だけで。
いつのまにか冷戦は終わっていたのかもしれない。

P.194のところでも書きましたが、冷戦はあの時点で既に終わっています。
本当の意味で冷戦が終わるのは、京介が冷戦の始まった理由を知る11巻ですが。

P.259-260
そのまま、ぎゃあぎゃあとプレイし続けて――最初のエンディングを見終わったときには、もう空が白んでくる頃合いだった。ちなみにHシーンでは案の定、大変気まずい思いをしたのだが、ちょっと横を見たら桐乃は普通にテキストに没頭していた。前に自分で言ってたとおり、Hなシーンどうこうはあんまり気にしないやつなんだろう。俺は凄い気になったけどね。

この時の桐乃の描写は、アニメ一期第9話と矛盾するように思えるんですが、この時は本当にテキストに没頭していた可能性があるので、微妙なところですね。

P.260
「うう……なにこのエンディング……悲しすぎるんですケド……」
「まあ初っぱなから幸せなエンド見せるわけにゃいかねえんじゃねえの? 次のシナリオも読んでもらわなくちゃならん都合もあるし」
「信じっらんない……。なんでそんな平気な顔ができんの?」
赤くなった目を何度も瞬かせながら、俺を批難してくる桐乃。
俺としては、なんでそんなに感情移入ができるのかが分からん。
そんなに面白かったか? これ。
いや、そもそも俺、妹ゲームとか無理だから、公平な目では見らんねーけどさ。
「つーか別にこいつらさあ、死に別れたわけでもあるめーし。電話でもすりゃよくね?」
「っバカ! バカ! ほんっとバカ! なんっにも分かってない!」
「……な、なんだよ。そんな……怒ることねーだろが」

ゲームの感想について温度差がある二人。京介の台詞からして、最初のエンディングは兄妹が遠く離れ離れになる離別エンドのようですが、これから留学して離れ離れになる自分たちに重ねて感情移入している桐乃と、そんなことはまったく知らない京介では温度差があるのは仕方ないでしょう。

P.262
俺が聞きたいのは、おまえの最後の人生相談は、いったい何回あんのかってことだ。
最後とか言ってさー、この分だと、今後もいままでとまったく変わらない状況が続くんじゃねーの? これが最後の最後! これが本当の最後だから! とか言っちゃったりしてな。

京介の鋭い突っ込み(笑)実際、最終巻どころか、その後まで人生相談は続いてそうですしね。

P.264
「あいつらにも、お礼言っといてよ」
「んなの、自分で言やいいだろ。きっと喜ぶぜ、二人とも」
「そお? ん、そーだね」

留学のことを知ってる、知らないという意識の違いで微妙にすれ違う二人。

P.271
同人誌やらなにやらが積み重なっていて、その脇にアニメイラストのついた紙袋やら、エロゲーの箱やらが置かれている。でもって積み重なった本類の一番上に、ipodがちょこんと載っかっているのが目に付いた。

このipodがキーアイテムですね。4巻を初めて読んだ時点ではまったく気づかなかったですが。

P.271
違うな。断じて違う。俺の妹のコレクションが、普通などであるはずがない。
いいか、京介。最悪の想像をしてみるんだ。桐乃はこれから、オマエが考え得る限り最悪のブツを見せてくると考えろ。いいか? オーケイ? よし……想定したな?
じゃあ、俺の結論を言おう。
桐乃は想定した最悪よりも、さらに数段階ぶっ飛んだ代物を出してくるはずだ。
十四年間兄妹やってる俺が言うんだから間違いない。

最悪かどうかはともかくとして、桐乃の秘密が京介が想定したものよりも数段階ぶっ飛んでいるのは確かでしょう。この時点での京介は、桐乃が自分に恋愛感情を抱いているなんて、露ほども思っていないのですから。

P.272
しかも同人誌が積み重なった下には、妙に重厚な……でかい本が積まれているだろう?
アルバムっぽいの。
アレはやばいにおいがする……。なんだろう。ホモ、スカトロときたら……あとは……?
純真な男子高校生の健全な知識では、想像すら及ばない。
ダメだ……。ド本命だろうアルバムっぽい本については恐ろしくて聞けない。

最初に『スカトロ*シスターズ』を見てしまったせいで、やたら警戒している京介。今思うと、あれは本当に余計なアクシデントでした。

P.272-273
しょうがねえので、まずは様子見として違うブツについて聞くことにする。
「あの、さ」
「な、なによ……」
「桐乃……聞くが、あのipodには、何が入っている……?」
音楽ならまだマシかと思ったのだ。
「へっ? あ、アレ?」
しかしipodの中身について問われた桐乃は、目をぱちくりとさせてうろたえている。
自分で引っ張りだしておいて、この態度……。
相当に危険な楽曲が入っているに違いない。
「し、知りたい?」
「い、いや……別、に……」
「そ、そうっ……ふうん」

このipodの中には小学生時代の桐乃の秘密が隠されているのですが、びびった京介は聞かないという選択肢を選んでしまいます。もし、ここで聞くという選択肢を選んでいたら、俺妹はまた別の結末を迎えたのかもしれません。

P.273
ロードレーサーを借りたときに匹敵するほど必死に頼んださ。このアルバムの中身を見たら、何かが終わってしまう気がする。確信に近い予感が、俺の思考を支配していた。

メタ的に言えば、俺妹という作品が終わってしまいますね。
物語的に言えば、これを見て桐乃の気持ちを知ってしまったら、普通の兄妹という関係が終わってしまいます。まだ、そこまで覚悟が決まっていない京介が、桐乃の気持ちを知って桐乃を受け入れられるかというと、この時点では難しそうですね。そういう意味では見なくて良かったのかもしれません。

P.275
「こん中に入ってんのはね。あたしが陸上始めた理由」
「……………………」
俺は、妹の話を聞きながら、妹の通信簿を、一年生のものから順番に眺めていく。
桐乃が言わんとしている部分には、わりとすぐに気が付いた。一年生から三年生の間、桐乃の体育の成績は『がんばりましょう』になっていたからだ。その他の教科についても、ごく普通の成績だった。俺は桐乃の成績なんて、どうせ全教科『とてもよくできました』だとばかり思っていたものだから、この事実には驚いた。
「昔はさ、足遅かったんだよね、あたし。でも……そのころ、超……っ、ムカつくことがあって……そんで、走る練習始めたの」
ちら、と俺の顔を見る桐乃。
子供のころ、足が遅いのをバカにされたとか、足が遅いせいで嫌な思いをしたとか……そういうこと、だろうか。

1巻の親父との対決の時にも書きましたが、ここでの桐乃の成績は1巻の内容と矛盾しますね。
ムカつくことというのは、アニメ二期13話の過去編で明かされてましたね。遊びに出かける京介に付いていこうとして、京介に「ついてこられたら、お前も連れてってやるよ」と言われ、追いつけなかったことです。ちら、と京介の顔を見る桐乃の仕草で、京介に理由があるということは何となく察しがつきますし、京介の予想も結構いい線いっています。

P.277
「すっげえな」
「え?」
つい漏らしてしまった俺の呟きに、桐乃がはっと顔を上げた。
俺と妹の、目が合う。
なんと言っていいか分からない。素直に褒めるのもなんかシャクだが、感心したのは事実なもんでさ。俺はしばし言葉をさまよわせ、
「いま、おまえと足で勝負したら、もう勝てねえな」
結局ありきたりでつまらない台詞を吐いた。
すると桐乃は、一瞬、きょとんと目を丸くし、そして快活に笑んだ。
「ハッ――あったりまえでしょ? あたしを誰だと思ってんの?」

兄を見返すために、小学生の頃から努力を続けてきた桐乃の苦労が報われた瞬間。台詞を吐いた京介自身は気がついていませんが、桐乃はこの京介の台詞を聞いてどれほど嬉しかったことでしょうか?

P.278
まあ、俺の『今後の方針』についてはさておき。
妹がどうして俺にこんなものを見せてきたのかは分からない。
桐乃は『陸上を始めた理由』を大切に仕舞い、しっかりとふたをしめる。

桐乃が京介に通信簿を見せた理由ですが、これからアメリカに留学するにあたって、本当はここで京介に告白すること(最後の人生相談)を考えていたのでしょう。もし断られたとしても、離れて暮らすことになるので気まずくならずにすみますしね。

P.278-279
「あのさ。……これ――全部……あたしの大切なものだから」
「知ってるよ」
(中略)
「最初に……言ったじゃん? あたしのコレクション護るのに、協力するって」
「ああ」
「これからも……だからね」
「たりめーだ、アホ」
さっきから何言ってんだよ。あんなに苦労して護ったのに、いまさらやめるわけねーだろ。

京介にこれからもコレクションを護ることを約束させる桐乃。
この約束も5巻の伏線です。

P.279
「俺は、おまえの兄貴だしな。ま、しょーがねえ」
「そっか。そだよね」
「そういうこった。やれやれ、難儀なもんだぜ」

アニメ12話 TRUE ROUTE」の感想でも書きましたが、ここでの桐乃は「やっぱり妹としか見られてないのか」という桐乃の諦めと吹っ切れた態度に見えますね。

P.281
俺は桐乃から初めて人生相談をもちかけられたとき、妹の態度から『趣味を分かち合える相手がいない』『友達が欲しい』という、相談の本質を看破し、そのために奔走することができた。けれども今回は、相談の本質がいまだにつかみきれていなかった。
だからかもしれない。なんだか消化不良のような気がするのだ。
まるで……選択肢を間違えてしまったような。
……アルバムぐらい見てやりゃよかったかな。このぶんなら、そんな変なもんじゃなかったのかもしんねーし。ま、いっか。

ここでアルバムを見て、ipodの中身を聞いて、桐乃の気持ちを知って、京介もそれを受け容れて……みたいな未来がもしかしたらあったのかもしれませんが、そんなIFの話をしても仕方がないでしょう。最終巻で高坂兄妹は両想いになるわけですし、結果的に見れば、この選択肢は間違っていなかったのだと思います。

P.281-282
「俺、なんもしてねーぞ? こんなんでよかったのか?」
「うん……大丈夫」
なのにこいつは、とても満足そうにしている。
親父からコレクションを護りきったあのときや、あやせと仲直りできたあのときと、同じ顔をしている。今回、俺は、たいしたことをしてやってねーはずなのにだ。
分かんねーな。俺は、自分でも知らないうちに、妹に何かをしてやっていたのだろうか。
さっきからうなずいてばかりの桐乃は、俺と微妙な距離感を保ったまま立ち、微笑んでいる。
「なんか、すっきりした」

先程も書きましたが、本当はここで桐乃は最後の人生相談として、京介に告白することを考えていたのでしょう。
しかし、自分が『陸上を始めた理由』を京介に知ってもらった時に、思いがけず京介が自分のことを凄いと言ってくれて、足で勝負したら勝てないと認めた。京介を見返すことができた。子供の頃からの努力がようやく報われた。この時の桐乃にとってはこれで十分満足だったのでしょうし、京介がまだ自分を妹としてしか見ていないことも察して、告白を止めてしまった。

何も知らない京介からすると消化不良に感じますが、桐乃からすると京介への気持ちに一区切りがついて、すっきりしたのでしょう。そうして満足した桐乃は、アメリカへ旅立ちますが……。

P.289-290
かつて非日常だったものは、いまや俺の新しい日常に組み込まれて、切り離すことの出来ないものになってしまった。だからこそ桐乃は、あのとき満足げにうなずいたのだろう。


『うん……大丈夫』ってな。


ようするに――


最後の人生相談は、いまもまだ続いている。
これからもずっと、続いていくのだ。


まったくあいつは、最後の最後まで可愛くない妹だったよ。
せいぜい向こうでがんばりやがれ、ばかやろう。

今見ると、京介の感慨はずいぶんとズレていますね。
まぁ、桐乃の過去や内面なんて知らないから無理もないのですが。

これに関しては4巻のアンケート結果によって今後のストーリー展開が変わるという企画があったし、作者もハッキリとはこの後の展開を決めていなかったのでしょうから、仕方ないのですけど。

まとめ

P.296の作者のあとがきによると、もともとは二章は3巻二章に組み込まれていたエピソードで、シリアスシーンが含まれたバージョンもあったが、カットしたとのこと。当初はここに11巻の高坂兄妹の過去編が含まれていて、4巻で物語が終わる予定だったのかもしれません。
アンケートの企画もそうですが、こういった路線変更のせいで4巻までの俺妹は読み込めば読み込むほどおかしな描写が多く、どうにもチグハグな印象を受けますね。

4巻の大事なポイントは、

桐乃が京介に感謝の気持ちを素直に伝え、高坂兄妹の冷戦がひとまず終わったこと。
京介が秋葉原から桐乃のために自転車で32キロの道を走破して帰ってきてTRUE ROUTEを確定させたこと。
『陸上を始めた理由』を京介に教えた際に、京介を見返すことができて、桐乃の子供の頃からの苦労が報われたこと。
アルバムとipodの中身を京介が知ることができなかったこと。

この4つですね。
これさえ押さえておけばOKです。

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