注意
この記事はライトノベル『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を全巻読んでいることを前提に書いています。
おもいっきりネタバレがありますので、未読の方はお気をつけください。
5巻の時系列
日付 | 出来事 | 原作 |
---|---|---|
入学式当日の放課後 | 黒猫と沙織が京介の部屋に遊びに来る | 第一章 |
翌日の放課後 | 黒猫と麻奈実を引き合わせて紹介し、一緒に下校することに | 第一章 |
上記後の下校時 | ゲー研の勧誘スペースで、真壁くんに出会う | 第一章 |
5月のある日の放課後 | 黒猫と沙織が京介の部屋に遊びに来て、友達ができない黒猫について話し合う | 第二章 |
後日 | 黒猫とゲー研の部活見学に行き三浦部長と再会、黒猫が入部することに | 第二章 |
後日の放課後 | 麻奈実と一緒に黒猫の階段掃除を勝手に手伝い、黒猫を怒らせる | 第二章 |
土曜日 | 黒猫とゲー研の新歓会に参加、瀬菜と出会う | 第二章 |
新歓会の翌日 | 三浦部長の命令で黒猫と瀬菜が一緒にゲームをつくることに | 第三章 |
同日放課後 | フェイトさんと会い、ゲーム制作のアドバイスをもらう | 第三章 |
翌日の放課後 | 瀬菜と黒猫にエロゲー制作を提案する | 第三章 |
プレゼン当日 | プレゼン対決で黒猫の企画が採用される | 第三章 |
数日後の土曜日 | 京介の部屋で黒猫と二人でデバッグ作業をする | 第三章 |
後日 | 黒猫のゲームで大きなバグが見つかる | 第三章 |
後日の昼休み | バグを直すため、黒猫が瀬菜に協力をお願いする | 第三章 |
2日後 | 瀬菜がバグの修正を終わらせる | 第三章 |
後日 | ゲームが完成する | 第三章 |
6月(上記の半月後?) | 黒猫と瀬菜が作ったゲームがネットで批判されて、瀬菜がブチ切れる | 第三章 |
後日の放課後 | 黒猫と桐乃からメール、校舎裏で黒猫に呪いをかけられる | 第四章 |
数時間後 | 桐乃に会いに行くためにアメリカへ向かう | 第四章 |
?時間後 | 桐乃と再会し、しすしすをプレイ後、日本に戻ってくるように頼み込む | 第四章 |
数日後 | 桐乃とともに日本に帰ってくる | 第四章 |
第三章
P.146
「一年生二人には、共同でゲームを一本作ってもらう」
新歓会の翌日、唐突に部長がそんなことを言い出した。
ときは放課後、ゲー研の部室である。
P.102
そして土曜日。新歓会とやらの日がやってきた。
P.102の記述からすると、新歓会の翌日は日曜日のはずですが……。合本版でも確認してみましたが、修正はされていないようです。
P.152
こんなもんでお気に障ってたら、脳の血管がいまごろプツンと切れてるよ。
この間まで、ウチにはもっとひでえ台詞を吐く人非人が住んでいたからな。
P.152
かあっと頬を赤らめて、本を後ろ手に隠してしまう。妹もののエロゲーを楽しそうに見せびらかしてくる我が妹とは、大違いの反応だ。それがなんとなく新鮮だった。
何かにつけ、妹を思い出すシスコン京介お兄ちゃん。
P.159
「兄貴と仲いいの?」
「ええ~? 超悪いですよ!」
「そうなの? でもお前の兄貴は、ずいぶんシスコンみたいじゃん?」
「そうなんですよ~! きもいったらないんですよね!」
おいおい。なんだこの態度は、どっかで見たことあるぞ?
瀬菜の態度が桐乃みたいですね。
7巻で瀬菜と桐乃が出会った時にすぐ仲良くなれたのは、こういう似た部分があったからでしょう。
P.162-163
「あたしこの本大嫌いなんですよ」
一瞬、誰に向かって言ってんだコラ? と思ったが。
そうだよな。俺の妹が書いた本だなんて、こいつが知るわけねーもんな。
俺は内心ムッとしたのを顔に出さないようにして、「なんでキライなんだ?」と聞いた。
妹が書いた『妹空2』を瀬菜にけなされて、ムッとするシスコン京介お兄ちゃん。
P.164
ちょっと、感傷にひたっちまってただけだ。
妹のバカがさあ、友達みんなが心配してるってのに、ひとっつも連絡寄越さなくてよ。
便りがないのは元気な証拠とは言うけどさ、それにしたって限度があるだろう。
あー…………ったく…………いまごろ何やってんのかな………………あいつ。
pipipipipipipi…………
「連絡きたあ――!?」
「ひゃっ!? な、なんですかイキナリ! 大声出さないでくださいよ!」
瀬菜の抗議も耳に入らず、俺は携帯にかぶりつく勢いで着信を確認した。
妹から連絡がなくて、寂しがる京介。
連絡が来た(と思った)時のテンションの上がりっぷりが笑えます。
……まぁ、相手はフェイトさんなんですが。
P.179
「サンキューな、麻奈実」
「え? ええっ? どしたの~……とつぜん……」
「なんだ、俺が礼を言ったらおかしいかよ」
「ううん、ううん……そんなことない、けど」
麻奈実は俺の対面で、てへへとはにかんだ。
「きょうちゃん……前から優しかったけど、最近もっと優しくなったなあって、思ったの」
「何言ってんだ、ばーか」
でも、そうかもな。
俺は周囲の人たちに助けられて生きている。それは前々から自覚していたことではあったが――いつしか慣れて、『当たり前のこと』だと思うようになっていた。
俺をむしばんでいた『怠惰』というのは、そういうことでもある。
もう少し、俺は俺をどうにかしなければならない。
そう思えるようになったのは――認めるのはしゃくだが――いまはいない誰かさんのおかげだろう。麻奈実のことが嫌いだったあいつにとっては、やはりしゃくな結果かもしれないが。
ここで京介が麻奈実にお礼を言うシーンは、4巻のP.251~で桐乃が京介に素直にお礼を言うシーンとの対比ですね。桐乃の影響で京介が『怠惰』を克服しつつあるのが窺えるシーンです。
P.180-181
ああ……。これでもう、俺がかわいい後輩から告白されるイベントが発生することは、今後絶対になくなっちまったんだなあ……。
もともとそんな可能性は限りなく低かったんだけど、切ねえ……。
瀬名が一年生の娘たちにセクハラの件を言いふらしたのを知り、意気消沈する京介。実際は、のちに黒猫から告白されるわけですが、これは伏線(フラグ)だったんですかね?
P.182
「…………しかし、なんだってあいつ、メルル弁当なんか食べてんだろう?」
あんなに嫌いだ嫌いだって言っていて、それで桐乃と喧嘩ばかりしていたはずなのに。
いつの間に宗旨替えしたんだ?
これは、おそらくメルルが大好きな妹(珠希)にせがまれて作ったのでしょう。
ぼっち飯と合わせて、桐乃がいなくなって寂しい黒猫の心情を表していると思われます。
P.183
「心配させちゃって、ごめんね? いまちょっと……自己嫌悪中だったんだ」
「……少し休憩にすっか。そんで? 自己嫌悪って?」
「……ごめん、秘密」
珍しいこともあったものだ。まさかこいつの口から『秘密』なんて台詞が出てくるとは。
内心驚いたので、からかうような口調で聞いてみた。
「は、なんだおまえ、俺にも言えないようなことで悩んでんの?」
「………きょうちゃんだから、言えないんだもん」
黒猫のことを気にしている京介を見て、ヤキモチを妬く麻奈実。
P.185
「み、見た目? じゃ、じゃあ……性格の好みは?」
「やっぱおまえみたいな感じかなあ」
正直に答えた。そう誓ったからな。すると麻奈実は自分の顔を指さして目を見張った。
「わ、わたしっ?」
「そうだよ。なんだかんだ言って、女の中では、おまえが一番仲いいしな。付き合い長くて気心知れてるし、気ぃ遣わんでいいし、一緒にいて楽なんだわ。……こういうのって、好みの性格って言わねえのか?」
なんで俺は公共の施設でこんなこっ恥ずかしい台詞を口に出してんだ。
「そっかあ……わたしみたいな……ふーん、そうなんだ……」
「……いいからよ。そろそろ休憩終わりにしようぜ」
もう二度と言わねーぞ。
麻奈実フラグ……ではあるのですが、最後の「もう二度と言わねーぞ」が現実になったので、実際は死亡フラグですね。
P.214-215
「……妹と並んで18禁アダルトゲームをプレイすることはできるくせに、私と普通のノベルゲームをプレイすることはできないなんて、どういう了見なのかしらね」
「な、なぜ俺がもっとも秘密にしたい記憶ナンバー1のエピソードを知っている!」
「あなたの妹と最後に話したときに――――聞いたから」
そっか。
あの野郎の、仕業か。黒猫への最後の電話……あのあとに、したんだな。
くっそ、余計なこと、言いやがって。友達との最後の会話に、俺の話って……
他に幾らでも話すこと、あるだろうによ。
留学に出発する前に、桐乃は黒猫に電話をしたようです。
一体どういう内容の話だったのか、どうして黒猫に電話をしたのか? 詳細は明かされないので想像になりますが、京介と一緒にアダルトゲームをプレイしたことや京介が自分のためにアキバから自転車で32kmの距離を帰ってきてくれたことが嬉しくて我慢できず、黒猫に自慢するために話したんじゃないですかね? もしかしたら、自分がアメリカに行っている間に黒猫と京介が仲良くなるのを防ぐ牽制の意味もあったのかもしれません。(桐乃はそこまで計算高くないと思いますが)
P.26
「にしても……あの野郎、おまえらにすら何にも言わずに行っちまうなんてな」
「ふん、SNSの日記に簡単な事情が書かれていたけど……それだけよ。その後も特別、何か言われたり、連絡が来たりということは、なかったわね」
P.27
だってあいつ、親友のあやせにさえ、なんにも言わずに向こうに行っちまったみたいなんだよ。
本当に親父とお袋以外の誰にも打ち明けずに留学しちまった。
という描写があるので、この時に留学のことは話さなかったようです。
黒猫が嘘をついていなければの話ですが。
P.215
やれやれ。俺は諦観のため息をついて、ベッドのすぐ脇に座り込んだ。ぐっと身体を乗り出して、ディスプレイを覗き込む体勢だ。すぐそばに黒猫の顔があるわけだが、もう、年下の女の子にどぎまぎすることもない。だってこいつ、桐乃と同じなんだもん。
俺のことを、男として認識していないのだ。そんな相手に、俺だって欲情しやしないよ。
実際は桐乃は京介のことを男として意識しまくってるんですけどね。まぁ、京介の主観が当てにならないのはいつものことですが。
P.217
「それともなに? おまえ、俺のこと好きなの?」
「好きよ」
「は!?」
ビックリして振り向いたよ。
黒猫は無表情でディスプレイを見つめたまま、ゆっくりと小さな唇を動かした。
「好きよ……あなたの妹が、あなたのことを好きなくらいには」
「…………そりゃどーも」
つまり眼中になしと。そういうオチね……びっくりして損したぜ。
京介は桐乃が自分のことを好きじゃないと思っているので、眼中になしと解釈しましたが、もちろん事実は違いますね。黒猫は桐乃が京介のことを兄としてではなく、恋愛的な意味で好きなことをとっくに察していますから、それと同じくらい好きということは、京介のことを先輩としてではなく、恋愛的な意味で好きだと告白しているわけです。黒猫は、京介がそのことを正しく理解できないことまで計算して、わざわざこんな言い方をしているのでしょう。
P.219-220
「…………ねぇ、先輩?」
「ん?」
「“先輩”と“兄さん”。どちらの呼び方が……好き?」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「いいから。答えて頂戴」
「うーん……。そうだな……」
1.“先輩”の方が好き。
2.“兄さん”の方が好き。
……いや、これ、どう考えても……こう言うしかねーだろ。
「“先輩”でいいよ。“兄さん”なんて、兄妹でもねーのに、おかしいだろ、やっぱさ」
「……そう」
黒猫はくすくすと邪悪な含み笑いをこぼしながら、にやぁ~と、三日月型に口元を歪めた。
機嫌がいいときの笑い方だ。いまの質問にどんな意味があったのかは知らんが、俺の答えに満足したらしい。
「そうね……じゃあ、今後二人きりのときは、あなたのことを“兄さん”と呼ぶわ」
「なんで俺の希望と逆の呼び方すんの!?」
「フッ、その方が面白いからよ」
「なんつー嫌な女だ!」
くそっ、初めからそういうつもりだったんだな。
なぜ黒猫がこんな質問をしたかですが、黒猫は自分が京介にとって妹の代用品なのかどうかを、改めて確認したかったのだと思います。京介が兄さんじゃなくて先輩と呼ぶのを希望したことで、妹の代用品として扱われているわけではないと確認できて、満足したのでしょう。このあたりの黒猫の心理は、P.260-261で断片的に明かされます。
P.222
「そういえばあなた、最近、私にばかり構っていていいの? 田村先輩は?」
「……あいつはあいつで、最近妙に付き合い悪いんだよな……」
いや、もちろん慣習となっている勉強会は、ずっと続けているし、いつかのようにおかしな様子も見受けられないので、それほど気にしちゃいないのだが、不可解ではある。
そんなこんなで最近は、黒猫とばかり一緒にいる俺だった。
麻奈実が付き合いの悪い理由は、黒猫の事情を察して、なるべく京介が黒猫と一緒にいられるように配慮しているのか、最近仲良くなったというあやせと一緒にいるのかのどちらかだと思います。
P.230-231
「一度自分が始めたことは、最後までやり遂げる。目標を高く掲げ、全力を尽くす。誰かさんを見習って、私はそうすると決めたのよ。そうしないと、私は、ずっと負け犬で――穢らわしい怨念を抱えたまま、悠久の時をさまよい続けなければならない。そんな無様は、私のプライドが許さないの」
「……何を……言ってるんです?」
「いまは遠くに行ってしまった、大嫌いな友達の話よ」
誰のことなのかなんて、言うまでもない。
桐乃に影響されて、京介と同じように成長する黒猫。
黒猫が桐乃のことを友達とハッキリ言うのはここが初めてです。
第四章
P.247
なんだあいつ。いまごろ返信してきやがって! 遅せーっつの!
……ふん、どーせ、向こうでも新記録出した――とか。かわいい女の子と友達になった、とか……か、彼氏ができた……とか。そういう、しゃくにさわる自慢話が書いてあるに違いないんだけどな。でも、黒猫も沙織もあやせも、桐乃のことを心配してたし――だから、元気なことさえ分かるなら、まあ、それはそれでいいか。みんな、安心するだろうしな。
相変わらず素直じゃない京介。
黒猫も沙織もあやせもなどと言ってごまかしていますが、桐乃のことを心配していたのは京介も同じでしょうに。か、彼氏ができた……の不安そうなところに、京介のシスコンぶりが表れています。
P.247
「ほら、きょうちゃん、めーる、開いてみたら?」
「ん? んん……そ、そうだな。まあ、別に? 返信とかする気ねーけど? 見るだけ見てみっかなぁ~」
かちっと、ボタンを強く押し込む。どきどきと心臓が高鳴る。
ホントに素直じゃないですね。
ボタンを強く押し込んだり、どきどきと心臓が高鳴ったり、見たくてしょうがないくせに。
P.247
アンタに預けたあたしのコレクション ぜんぶ 捨てて
この桐乃のメールの真意については、また後で。
P.249
「きょうちゃん、顔色が……悪いよ?」
「――――いや、なんでも……チッ」
俺は不思議そうにしている麻奈実を半ば無視し、とっさに妹に電話をかけていた。
麻奈実より桐乃を優先する描写。
4巻までは対等だったバランスが、いよいよ桐乃に傾き始めましたね。
ここからどんどん麻奈実の扱いは悪くなっていきます。
P.249-250
それに――なんだかんだ言って俺って、あやせのこと結構好きだしな。
俺ってあいつにめっぽう嫌われてるもんだから、何の用事もなしに電話をかけるのが憚られていたのだ。考えようによっては、こいつはいい名目ができたかもしれん。
「うし、うっし……」
テンション上がってきた。待ってろよラブリーマイエンジェルあやせたん。
いま行くぜ!
精神的な緊急避難というか、現実逃避というか、いったん心を落ち着け整理するという意味もあったのだろう。
俺は、かつてあやせ本人から教えてもらった番号に、ノリノリで電話をかけた。
ラブリーマイエンジェルあやせたん。
京介があやせを表現する時によく出てくる単語ですが、これが出てきたのは、ここが最初です。5巻から急速に京介のオタク化が進むというか、いろいろな意味でおかしくなっていくのですが、シスコンの京介お兄ちゃんは急に妹がいなくなって寂しさのあまりおかしくなっちゃったんでしょう、うん。
P.251
「なに? どういうこと?」
「えっとね……わたし、あやせちゃんと電話番号交換してるから……」
「ちょ! お、オマエいつの間にあやせと仲良くなってんの!?」
「えへへ……ちょっとね~」
ちょっとね、じゃねぇよ! な、なにこの組み合わせ……予想外すぎんだろう……。
いったい麻奈実とあやせとの間に、どんな仲良くなれる要素が?
つうか具体的にどのくらいの仲なの? 正月に会ったくらいじゃねえの?
お婆ちゃんと女子中学生との間に、共通の話題があるとも思えんのだが……。
うーむ。分からん。電話番号なんか交換して、なに話してるんだろうな、こいつら。
この辺の経緯はドラマCDから。
P.254
桐乃のやつ――あれから一度も、あやせにさえ、連絡を取ってなかったなんて……。
だとすると、あのメールは、どういうことになるんだ? 俺にだけ、一通だけ、連絡をして来て――その内容が。『コレクションをぜんぶ捨てて』ってのは……。
ここのポイントは黒猫や沙織を含め、親友のあやせにすら連絡を取っていなかった桐乃が、京介にだけメールをしてきたという事実。アニメでは、なぜか父親にもメールをしたという改悪をしていましたが、アニメ制作陣は何もわかってないと大いに失望したものです。
P.285
日本にいたときのように、アニメやゲームに一時的に逃避することさえも、難しかった。
唯一連絡出来たのが――友達ではない兄貴にだけ。しかもそこで何を要求するのかと思いきや、ふがいない自分へのペナルティだ。どこまでストイックに出来ているのか、こいつは。
>唯一連絡出来たのが――友達ではない兄貴にだけ。
原作にはハッキリこう書いてあるというのに……。
P.255
『でも……それでも……桐乃が私たちに連絡して来ることがあるとしたら……お兄さんのところだと思うんです。そのときは……』
あやせは言い差した言葉を一旦止めて、思いやりのこもった優しい声で続けた。
『そのときは、どうか、桐乃の力になってあげてください』
後半はヤンデレ要素が強くなり、すっかりネタキャラになった感のあるあやせですが、この頃はまだ桐乃の親友として良いキャラしてましたねぇ……(遠い目)。まぁ、冗談はさておき、あやせは桐乃から京介の話をよく聞かされているので、桐乃が京介のことを本当はどう思っているのかはよくわかっているのでしょう。
P.256-257
桐乃が連絡して来ることがあるとしたら……きっとお兄さんのところだと思うんです。
バカいえ。なんでそうなるのか、さっぱり分からねーぞ。確かに俺は、あいつから秘密の人生相談を何度も請け負ってきた。けれどもそれは、他に適当な相手がいないからで、俺が秘密をぶちまけて嫌われちまっても問題のない相手だからで――。
――違うよな。
分かってる。他ならぬ俺が、この口で言ったことだ。俺があやせに怒鳴った台詞は、そのまま俺へと返ってくる。俺が、一番、よく分かっていることだった。
何しろ、この耳で聞いた。すっごく感謝してると――その台詞を、しっかりと心に刻みつけた。忘れもしないさ。
鈍い俺でも、そこまでストレートに言われりゃあ。
さすがに、自分がどれだけ誤った認識であいつを観ていたのか、気付くよ。
4巻で桐乃が京介に伝えた感謝の言葉は、確実に高坂兄妹の関係を変化させています。特に「桐乃は京介のことを嫌ってはいない」これを京介が認識したのは非常に大きな変化です。
P.257-258
俺の姿に気付くと、黒猫はそっと立ち上がる。聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、
「……あ……あのっ……」
そう言いかけたものの、俺の顔を見るや、なにかに気付いたように「……あ……」と、口を開けた。それから思案するように眉をひそめ――低い声で言う。
「――ひどい顔をしているわね」
「……そうか?」
「ええ。まるで、この世の終わりでも見てきたようよ」
それはもう。桐乃とあやせから、ダブルパンチを受けたばかりだからな。
「……ふん。どうも――そんな有り様では、私の用件は果たせなさそうね。いいわ、何があったのか、言ってごらんなさい。特別に聞いてあげるから」
黒猫が言い差した“用件”というのが気になったが――
黒猫の“用件”ですが、おそらくここで黒猫は、自分は妹の代用品ではないと言ったことについて謝罪し、京介にゲーム制作を手伝ってもらったり、友達ができないことを気にかけてもらったりしたことについて感謝の言葉を述べ、告白をしようとしていたのでしょう。一つのゲームを瀬菜と協力して作り上げ、自分の殻を破ったことで自信もついたでしょうし。しかし、桐乃からメールが来たことで、この“用件”はキャンセルされてしまいます。
P.258
「――で? あなたは、どうしていま、こんなところでぐずぐずしているの?」
話を聞き終えた彼女が、開口一番口にした台詞がこれだった。
「え?」
「どうしてこんなところで、私なんかの呼び出しに応えているのか。そう聞いたのよ?」
黒猫は静かに怒っていた。苛立っていて、侮蔑していて、そして悔しがっているようだった。忌々しい、悔しいと呪詛を吐き出していた、いつかとおなじくらいに。
ようやく自信をつけ、京介に告白をするという一大決心をしたのに、桐乃が実に悪いタイミングでメールを送ってきて邪魔されたのですから、黒猫が怒って苛立つのも無理はないでしょう。黒猫からすれば、ケータイ小説の件を含め桐乃には負けっぱなしで、ようやく勝てるはずだったのですから。
P.259-260
「『こんな短いメールくらいで』、十二分にわかるでしょう。あなたの妹が、こんなメールを送ってくるような状況に陥っているということが。それともあなたの妹は、冗談や酔狂でこんなことを言うのかしら? 付き合いの浅い私にさえ、自明のことだと思うけど?」
あんたに預けたあたしのコレクション ぜんぶ捨てて
言うわけねえだろ。分かってるよ、そんなこと――
「でもよ、あいつはいま、アメリカにいて――」
「それがなに? たいした問題ではないでしょう。魔界に帰ったわけでなし、地獄に堕ちたわけでなし。ただ連絡が取れないだけ。いる場所が分かっていて、行く方法があって、心配する気持ちを自覚していて――あとはなにが足りないと?」
黒猫は下唇を、ぎりっと噛みしめた。
それから、うっそりと、地獄の底から響いてくるような暗く重い声を出す。
「あなたは本当に、本当に本当に本当に――――どうしようもない最低のへたれだわ、先輩。
愚図でノロマで察しが悪くて、スケベで莫迦で怠惰でクズで――そのくせ妙に優しくて。妹同様性質が悪い。よく似た兄妹よ、まったくね」
自分の気持ちを押し殺し、京介に発破をかける黒猫。
P.260
「色々と改善されたから。……クラスのこと、とか、色々。だから……一応報告」
ぽつり、ぽつり、と歯切れ悪く台詞を紡ぐ。相変わらず喋るのが苦手なんだな。こんな遠回しなやり方では、普通、相手には何も伝わらない。でも、俺には分かる。こうして呼びだされた理由にも察しが付いた。こいつは俺に、礼を言っているつもりなんだろう。だから、台詞だけ聞けばおかしな会話の流れかもしれないが、こう返した。
わかってるようでわかっていない京介。
黒猫が呼び出した理由はお礼だけじゃないのですが……伏見先生はこういう表現本当に好きですね。
P.260-261
「でも、私は嬉しかった」
「…………」
「……妹の代わりじゃなく、おまえのことが心配だと言ってもらえて、嬉しかったわ」
黒猫は、喋りながら、俯いてしまう。
ちょ、ちょっと……こいつ……なに言ってんだよ……。
「“兄さん”ではなく、“先輩”の方がいいと言ってもらえて、嬉しかったわ」
緊張しているのか、スカートの前で組んだ手が、震えていた。
「同じ部活に入ってくれて、クラスで孤立しているのを心配してくれて、プレゼンのフォローをしてくれて、田村先輩との時間を削ってまで――一緒にいてくれて」
「私は、とても、嬉しかった」
P.219-222の時の、黒猫の言動の伏線回収。
ちなみに、この一連の黒猫の告白は、4巻で桐乃が京介に感謝してると伝えた時(4巻P188-192)との対比になっていますね。
P.262
こいつ、俺に、『こうやればいいのよ』と、お手本を見せてくれたのか。
本当にこいつは――……なんていうか。危うく惚れてしまいそうだ。
もし、ここで桐乃からのメールが無く、京介が桐乃の状況を知らないままだったら、黒猫の告白を受けて京介は黒猫と付き合うことになったのでしょう。別に断る理由もありませんし。でも、そうはならなかった。なぜなら、これはTRUE ROUTEであり桐乃ルートなんですから。
P.262
俺はくらりと酩酊した脳髄で、ごく当たり前のことを、ごく当たり前のように――決めた。
「桐乃に、会ってくるよ」
「……そう」
黒猫は、満足そうに目を伏せて、優しい声でそう言ってくれた。
当たり前のように桐乃に会いに行くことを決める京介。
黒猫はそれを聞いて満足そうに目を伏せて、優しい声でそう言ってくれた……などと京介はぬかしてますが、そんなわけないでしょう。京介の都合の良いフィルター全開です。当然のように桐乃を優先する京介を目の当たりにして、黒猫は「寂しそうに」目を伏せたはずですし、優しい声というのは「諦めに近いもの」だったのでしょう。桐乃びいきの僕でも、クソ鈍い京介にちょっと腹が立ちますね。
P.264
頬に、柔らかな感触。
幽かな甘い匂いを残し、真っ赤に染まった黒猫の顔が、離れていく。
「……な……な……」
にを、しやがる……。声がかすれて、口から出てこないうちにかき消える。
どうい……どういうつもりだ!?
黒猫は、俺の内心の問いを表情だけで察し、答えた。
「……“呪い”よ。あなたが途中でへたれたら、死ぬ呪い。私の願いを果たすまで“解呪”することは叶わない……。可哀想に、このままではあなた、全身から血を噴き出して、のたうち回りながら死んでいくわ」
黒猫は、かぁ~っと耳まで赤面しながらも、「……っふ」と邪悪きわまりない微笑を浮かべ、
「分かったら、早く私の前から消えなさい。今度は自分の妹に、お節介を焼いてくることね」
思いっきり背中を押して、空の彼方へと送り出してくれた。
京介の頬に口づけする黒猫。
桐乃のために京介を後押ししたとはいえ、やはり自分の気持ちを完全に押し殺すことはできなかったのでしょう。
黒猫の言う“呪い”や「私の願い」。
これは複数の意味を持ち、時間の経過や状況の変化によって、意味が少しずつ変わっていくので非常にややこしい。
この時点では「あなたが途中でへたれたら、死ぬ呪い」です。「私の願い」とは、「高坂兄妹が仲良く過ごすこと」ですね、黒猫は高坂兄妹が大好きですから。要するに「アメリカに行って、あなたの妹に会ってきなさい。途中でへたれたら死ぬわよ」と発破をかけているわけです。
P.265
あのあと家に帰ると、なぜか親父がいたので、桐乃のことを相談してみたんだよ。
『よし! 行ってこい!』
親父はおおいに乗り気だった。
自分の部屋からトランクケースを持ってきて、ドンッと勢いよく押しつけてきた。
『必要なものはすべてその中に入っている。遠慮無く持って行け』
なんですでに旅行の準備が万全だったのか。なんで親父が夕方なのに家にいたのか。
そんなこと聞けるわけなかったし、聞く必要もなかった。
『――京介。すべておまえに任せる。頼むぞ』
P.266-267
幸い、そんな心配は杞憂に終わった。親父から託された旅行グッズは、用意周到にもほどがある代物だったからだ。旅行ガイドブックにクリップでメモ等が大量に貼り付けられており、空港から目的地までどうやって行けばいいのか――交通手段、地図、金、その際必要な会話マニュアル等――なにからなにまで完備されていた。
「さすが親父! 下準備パネェな!」
親父は海外旅行が大嫌いで、いままで行ったことなかったってのにな。
娘に会いにいくために――調べたわけだ。親父らしい。そう思ったよ。
P.269
親父から聞いた件について、確認してみる。
「最近、体調崩しがちなんだってな、おまえ」
「……たいしたことないって、こんなの。風邪みたいなもんだし」
「もう二ヶ月もそうだって、聞いたぞ。親父も心配してた」
「……そっか。……お父さんが……」
これらの描写から推察するに、向こうの陸上のコーチか教師が桐乃の体調が良くないことを心配して、実家に連絡を入れたのでしょう。それを奥さんから聞いた父親は、慌てて仕事から帰ってきて、すぐアメリカに行こうとしていた。用意周到な父親は、もし桐乃に何かあった時のために、いつでもアメリカに飛んでいけるように準備してあったのですが、京介に桐乃のことを相談された父親は、桐乃のことをすべて京介に任せて託した、そういうことでしょう。娘のことを心配して、そこまで準備していたにも関わらず、それをすべて京介に託したのですから、父親がいかに京介のことを信頼しているかがわかりますね。
P.267-268
俺の不安をよそに、車の旅は快適だった。どのくらい快適かというと、千葉の寂れた町並みを走っているかのように快適だった。渋滞なんてしそうにない。
サラッと千葉をディスる京介。
千葉県もよくこの作品とコラボしましたね(笑)、懐広いなぁ。
P.268
そんなことを考えていると、家のドアが開き、見知った顔が現れた。
その光景は、予想していたものだったはずなのに、心臓がぎゅっと締め付けられるような感覚がしたよ。
軽く深呼吸して、笑顔を作る。緊張してたもんだから、ちっと引きつったかもしれん。
数ヶ月ぶりに兄が妹に会っただけなのに、わざわざこんな描写を入れる伏見先生。その意味はもういちいち書かなくてもわかると思いますが、京介が桐乃にどれだけ会いたかったか、特別に想っているかを表していますね。
P.269
「よ、久しぶり」
「……なんで……あんたが……ここにいんの……」
それが数カ月ぶりに聞いた妹の声だった。おお、驚いてる驚いてる。
「あのなあ……俺がお前に会いに来ちゃ、おかしいか?」
「お、おかしいっての」
そんなハッキリ言わんでも。つか俺、妹から、どんだけ薄情もんと思われてんだよ……。
……ちぇっ。俺は口をへの字にしてムスっとした。
4巻 P.252
「その態度、いい加減ウザいんだけど? ――あ、あたしがあんたにお礼言ったり、謝ったりすんのが、そんなにおかしいってわけ!?」
「おかしいよ!」
天地がひっくり返るほどおかしいって! 普段の自分の態度を顧みてみやがれ!
俺が素直な感想を口にすると、桐乃はへの字口になってムスッとした。
「む……」それからふいっとそっぽを向いて、「あ、あっそ! チッ……なによ……」
ここは4巻のシーンとの対になっていますね。
高坂兄妹の似たもの描写です。
P.270
「………………チッ。あんたには、関係ないでしょ」
桐乃は髪をかき上げ、下唇を噛んだ。
久しぶりに聞いた拒絶の言葉。チッ、という聞き慣れた舌打ち。
懐かしかったよ。この超イラッとする感覚も含めて、懐かしかった。
桐乃のこういう態度を懐かしいと感じる京介。
どんだけ妹が好きなんですかね。京介は絶対Mですよ、ドM。
P.272-273
「チッ、ほんとに分かってんの? つぅかぁ、なんであんたがこうもかたくなに、あたしとエロゲーをやりたがるのか、その理由をまだ聞いてないんだケド?」
「まあいいじゃん。細かいこと気にすんなよ」
「あんた自分の吐いた台詞理解できてる? 妹と一緒にエロゲーをプレイしたいがためにアメリカまで飛んで来ておいて、そんでもって『細かいこと気にすんな』とか言ってんだよ?」
細かくないっスよね。客観的に見たら変態っスよね。
でも、本当の理由言ったら怒るじゃん、おまえ。だから言えねえんだよ。
本当の理由は桐乃を連れ戻すためですね。
エロゲーのプレイはそのための布石です。
P.273-274
しかしいま、この家には、俺と桐乃の二人しかいない。俺を寮に入れるにあたって、桐乃が学校側に許可を求めたところ、先生が『仲睦まじい兄妹の再会』に配慮して、便宜を図ってくれたのだそうだ。現在練習に出ているルームメイトには、別に部屋を用意するので、今夜一晩くらいは兄妹水入らずで過ごしたらどうかという有り難い申し出だった。
ここであっさり許可が下りたのは、前もって学校側が桐乃の体調の件で実家に連絡していたからで、それを心配して妹想いの兄が駆けつけてきたという風に察してくれたからでしょう。特に描写は無いですが、前もって父親が学校側に京介が行くということを伝えておいてくれたのかもしれません。
P.273-274
「ま、ラッキーだったよな、実際」
「…………二人きりだからって、変なことしないでよね」
「するか!」
かわいい後輩ならともかく、生意気な妹に『二人きり』を意識されると、ただひたすらうざったい。自意識過剰なんだよアホ! 妹に手ぇ出すわけねーだろっつの!
「……ふん、あっそ」
ぷいっと不機嫌にそっぽを向いてしまう桐乃。一秒後、ちらっと視線を俺に向けて、
「そのわりには妹と一夜を過ごせると知って、喜んでたみたいじゃ~ん? あーきもいきもいうひー、このぶんだとあんたさー、あたしがこっち来てるスキに、あたしの部屋とか下着とか漁ってんじゃないのー? くんかくんかしてんじゃないのー?」
二人きりということで、京介を意識する桐乃。
京介の方は妹に手ぇ出すわけねーだろと思いっきり否定していますが、描写を見る限りここは素直に信じていいでしょう。この時点ではまだ京介にとって桐乃は「妹」ですからね。
そして、唐突に出てくる部屋とか下着を漁ってる、くんかくんかという描写。なぜ、伏見先生はここまでこれらの描写にこだわるのか? ますます桐乃に対する疑惑は深まります。
P.277
「えっ? りんこルート? ……いまからやるの?」
桐乃は何故か、異様に狼狽して、
「ちょ! りんこりんシナリオはダメだって!」
「あ? なんで?」
「な、なんでも!」
「なんだそりゃ? つかおまえこのゲームのこと『あたしだと思って大切にしろ』とか言ってたじゃん。なのになんで『やっちゃダメなルート』とかあるわけ?」
「だから! あの……その……と――とにかくダメなの! てか普通ああ言ってプレゼントしたら、あたしがいなくなって寂しいなーとか想いながら自分の部屋でやるもんでしょ!? ――なんで向こうでやらずにわざわざアメリカまで持ってきてあたしと一緒にやろうとしてんのよ!? 想定外にもほどがあるんですケド!」
なんでおまえはキレてんのよ!? どーしてりんこりんシナリオとやらをプレイするのに、そんな限定されたシチュエーションが必要なんすか? 意味分からんぞ。
『しすしす』のりんこルートをプレイしようとする京介を見て、異様に狼狽する桐乃。
このりんこりんシナリオがどういうものかはハッキリ描写されないのですが、アニメ一期9話を見ると、りんこは明らかに桐乃をモデルにしているような節があります。おそらくですが、りんこには桐乃と似ている部分が非常に多く、もし、このシナリオを京介がプレイすると、桐乃の気持ちが京介に伝わってしまう可能性が高いのでしょう。桐乃としては、「日本にいる京介が桐乃のことを想いながらりんこりんシナリオをプレイし、自分の気持ちを理解してくれる」ことを期待して渡したのに、それを桐乃本人の前でプレイされてしまったら……桐乃の狼狽の理由がわかりますね。
P.277-278
『しすしす』はオーソドックスなADVで、『りんこ』と『みやび』、二人の妹がメインヒロインとしてクローズアップされた、いわゆるダブルヒロインものというやつだ。二人の実妹との三角関係を描くという、とってもクレイジーなシナリオが特徴。こんなにキワモノっぽいのに、大手ゲームレビュー投稿サイト『エロゲー批評空間』などでは『屈指の名作泣きゲー』として高い評価を得ているのだという。相変わらず俺の生きている世界は、何かがおかしい。
ダブルヒロインもの……この部分は桐乃と黒猫のダブルヒロインを想像させますね。京介が先にみやびルートを攻略するのは偶然でしょうか?
P.278
「ねぇ……あんたは?」
「……『あんたは?』って、なにが?」
「だからー…………みんなあたしのこと心配してたっつってたじゃん? ……あんたは?」
「心配してたに決まってんだろ」
当たり前のこと聞いてんじゃねえ。じゃなかったら、こんなとこ来るか。
目も合わさずにそう答えた。
「……ふうん」
素直に心配だったと答える京介。
今までの桐乃への態度とは明らかに違いますね。目を合わせないのは照れ隠しでしょう。描写は無いですが、これを聞いて桐乃が嬉しく思ったのは想像に難くないです。
P.279
「おまえさ」
「……なに?」
「俺に会えなくて、寂しかったか?」
「ばかじゃん? なわけないでしょ……」
「そっか、俺は寂しかったぞ」
「……えっ?」
「あんだよ?」
「べ、べつに…………ふぅん……そっか。……あたしがいなくて、寂しかったんだ、あんた」
「おうよ。超寂しくて、黒猫に叱られちまったよ。妹の代わりにすんなってさ」
「シスコン」
「ほっとけ」
素直に寂しかったと認める京介。
おまけに、桐乃にシスコンだと言われて否定しません。この時の京介は、珍しく素直ですね。
P.281
またしても、会話がとぎれる。気まずい沈黙ではなかった。なんというか……麻奈実と並んでいるときのような、ぬるま湯のような空気に近い。実の妹相手にこんな比喩を使うのは、おかしいかもしれないが、まるで家族と一緒にいるかのような――温かい時間だった。
冷戦が終わって、高坂兄妹が仲の良い兄妹に戻れたことがよくわかる描写です。あと、実妹描写。
P.281-282
桐乃は俺がプレイしている『しすしす』の画面を、慈愛の眼差しで眺めた。
「エロゲーやってたら、なんか、元気出てきたよ」
「……そりゃよかったな」
……ものすげえ台詞。
「あんたのさっきの言い草はマジ変態だったけど。久しぶりに思いっきり好きなことできるわけだからさ……けっこう嬉しかったりするんだよね」
好きなこと=エロゲー、と、ここまでハッキリ言える女子中学生も珍しい。こいつは当然『しすしす』をもうコンプリート済みなんだろうに、二週目でもこうやって楽しめるんだから……よっぽど好きなんだろうな。そりゃそうか。あんときも、自信満々で俺に渡してきやがったんだよな。なんにせよ――こんなアホらしい台詞、心の中でも言いたかないが――
エロゲー持ってきて、本当によかった。
京介は気づいていませんが、桐乃が言う好きなことというのはエロゲーだけではなくて、兄と一緒にいること、兄と他愛もない話をすること、兄とエロゲーを一緒にプレイすることという意味も含まれていますね。6巻でリアが言っていましたが、桐乃が元気出てきたのは、超好きなおにいちゃんに会えたからです。これについては、また6巻の考察で後述します。
P.283
「捨てておいて、ぜんぶ」
なるほどな。
本当に本気――だったのかよ。
「理由は?」
「……そうでもしないと、あたしの中から、甘えが消えないから」
「甘え?」
「そう……」
桐乃はぽつぽつと事情を語り始めた。
「あたしの実力じゃ、世界中から集ってきた陸上強化選手の中では通用しないって、最初から分かってた。そもそも経験を積んで成長するために、留学プログラムに参加したわけだしね。いきなり最初から上手くいくわけないって、そんなの分かってた……だから、ここに来るとき、自分に縛りをかけたの」
「縛り?」
「うん。ここに来ている強化選手の誰かに、公式のタイムアタックで一勝すること。それまで日本の友達とは連絡を取らないっていう、縛り」
「――――」
それでか。それで誰にも言わずに、海外に行っちまったわけか、こいつ。
桐乃がコレクションを捨ててと言った理由と、誰にも言わずに海外に行った理由。
ここはそのままなので、特に説明することはないでしょう。
P.284
「おまえ……日本ではあんなに結果出してたのに……」
だからあやせにも、黒猫にも、連絡できなかった。
「別に、こういう情けない状況って、わりと慣れっこだから……あたしはヘーキなんだけどさ」
へへ、と自嘲するように笑って、しかし空元気を出すには及ばず、小さな声になってしまう。
「みんなには、申し訳ないなって……思ってるよ」
ぱっと見は悪態ばかり吐いて、傍若無人に振舞っているように見える桐乃ですが、ちゃんと友達思いな部分もありますからね。アニメの放送時にアニメだけ見て印象だけで桐乃のことを語る人が多いのには、当時辟易しました。(まぁ、実際桐乃にはムカつく部分が多いですし、そう誤解させるようなアニメの作りにも問題があるのですが……)
P.285
日本にいたときのように、アニメやゲームに一時的に逃避することさえも、難しかった。
唯一連絡出来たのが――友達ではない兄貴にだけ。しかもそこで何を要求するのかと思いきや、ふがいない自分へのペナルティだ。どこまでストイックに出来ているのか、こいつは。
アメリカで挫折に打ちのめされた桐乃が、唯一連絡出来たのが兄である京介だった、というのはかなりの萌えポイント。桐乃は認めないでしょうが、あれが兄に対するSOSメールなのは間違いないでしょう。この部分に、父親にもメールをしていたという余計な改悪をしたアニメスタッフ許すまじ!!
P.286
桐乃がぐすぐすと泣きべそをかいているわきで、淡々とクリックを押し続ける。
画面で展開されているのは、みやびルートのクライマックスシーン。
余命幾ばくもない妹・みやびから、ずっと秘め隠していた恋心を告げられる……
そんな切ない場面だった。正直、物語としてはありきたりで、俺の好みからは外れているのに。なのにどうしてか、胸に迫るものがあった。
みやびを見て胸に迫るものがあったのは、8巻で黒猫と付き合うことになるという伏線ですかね?
P.287-288
「おまえは俺の妹だ!」
おれもまた、妹の顔を間近で直視し、叫び返した。
「……っ……い、意味分からないこと言って……」
「おまえは俺の妹だ! 心配して何が悪い! 体調悪いんだろ? 辛いんだろ? 友達と喋ったり、遊んだり、してぇんだろ? だったら日本に戻って来いよ!」
京介の説得タイム開始。
P.288
「行き過ぎじゃない! そのくらいしないと、あたしは勝って来られなかったんだから! あんたなんかに何が分かんの!? あたしがいままで……どんな気持ちで陸上やってきたのか……」
ガンッ! 桐乃が壁を拳で殴りつけた。痛みに一瞬顔をしかめ……それから、絞り出すような涙声で言い放った。
「あんたなんかには、絶対に、分からない」
「そうかもな」
認める。ずっと妹のことを無視し、いないものとして扱ってきたこの俺に、いまさらこいつに説教できるような筋合いはない。
4巻で京介に『陸上を始めた理由』を話し、すっきりした気分でアメリカに陸上留学した桐乃ですが、その陸上でどうしても結果を出せず、意固地になっています。京介を見返すために始めた陸上ですが、今の桐乃にとってはモデル仕事やオタク趣味と同じく大事なものなのでしょう。
P.289-290
もう、何を言っても無駄だろう。俺の言葉は届かない。
それでも、ここでへたれるわけにはいかなかった。黒猫から受けた呪いが、諦めることを許さなかった。全身から血を噴き出して、のたうち回って死にたくはねえからな。
いまこそ俺は、あいつを見習って――なりふり構わず、素直になろう。
黒猫から受けた呪いに後押しされる京介。
P.290-291
「この……!」
「え、きゃっ」
文句なんか聞いてやらない。
俺は妹の肩を両手でつかんで、正面から目を合わせ――
「おまえがいないと寂しいんだよ!」
懇願した。
「……っな」
身体をこわばらせる桐乃に、本心を思い切りぶつけて頼み込んだ。
「色々もっともらしいこと言ったけどさ! 結局それなんだよ! おまえの都合なんか知ったこっちゃねえ! 黒猫とかあやせのことも、ぶっちゃけオマケみたいなもんなんだ! 俺はおまえがいないと寂しくてイヤだから、連れ戻しに来た! それだけだ! 文句あっか!」
ギシギシとベッドが音を立てて軋んでいた。
ぐすっ、と、鼻をすする。情けないことに、マジ泣き入っていた。
やばいな。本当にどうかしてる。どんだけ寂しがり屋なんだよ、俺。
さすがの桐乃も呆れ果てたのか、目を見開いたまま固まっていた。
「……あ、あんた……」
「……一緒に帰ろうぜ。じゃないと俺、死ぬかもしれない」
困ったことに、本心だ。
どうしようもねえな、俺。っっ……と、どうしようもねえな……。
けれどもそれが、自分勝手で飾らない、俺自身の気持ちだった。
怠けもんの兄貴から、頑張りすぎて潰れかけている妹へ贈る、精一杯の言葉だった。
「おまえはもう、頑張らなくてもいい。凄くなくてもいい。俺のことが嫌いでもいい。周りの目なんか気にすんなって。こんなに一生懸命やってるおまえに、文句を垂れるようなやつがいたら、俺がぶっ飛ばしてやるからさ」
妹がいないと寂しくて死ぬって、凄い台詞ですよね。京介のシスコンぶりも、遂にここまで来たかと思うと感慨深いものがあります。こんな風に言われたら桐乃だって勘違いしちゃいますよね。……ただ、残念ながら、これはまだあくまでシスコンのレベルであって、桐乃が望む恋愛的な意味の好きではないでしょう。
「おまえはもう、頑張らなくてもいい。凄くなくてもいい」という京介の台詞も重要。
桐乃からすれば、兄を見返すために子供の頃から努力を続けてきたわけで、既にそれは4巻の時点で叶っています。だから、桐乃はもう無理に頑張る必要はないわけです。それを他ならぬ京介に言ってもらえたことで、桐乃が今まで一人で抱えていたもの、背負っていたものをようやく下ろすことができた。だから、桐乃は帰る決心をしたのでしょう。当初、桐乃が考えていた予定とは違った結果になってしまったけれど、それでいいと兄に諭された時点で、もう桐乃がアメリカに残る理由は無くなってしまったのですから。
P.291
俺は妹に――幸せでいて欲しい。俺の目の届くところで、幸せでいて欲しい。
エゴ丸出しでみっともねえけどよ。兄貴ってのはたぶん、みんなこんなもんだぜ。
そうだろ?
ここは同意しますね。僕の場合は、別に目の届くところじゃなくてもいいですけど。伏見先生は妹がいるわけではないのに、どうしてこうも兄の気持ちというやつがわかるのでしょうか? ここは本当に凄いと思います。
P.291-292
「……バカ兄貴」
またそう呼んだな。
おまえにそう呼ばれるのって、実は、そんなに悪い気分じゃないんだ。
絶対言ってやらねえけど。
この頃はまだ兄貴と呼んでいる桐乃。
桐乃は京介のことを大抵あんたと言うので、兄貴と呼ぶのは結構レアなんですよね。後半は京介と呼ぶことが多いですし。
P.292
桐乃はもう泣いていなかった。いつもどおりに悪態を吐いて、不敵に笑みを浮かべていた。両肩をつかんでいた俺の手を振り払って、立ち上がる。
「……あたし、いまからちょっと行くトコあるから」
桐乃復活。
この直後にリアのところに勝負しに行って勝ったわけですね。詳しくは6巻の考察で。
P.293
妹が『断固たる決意(デターミネーション)』を手折ってまで、帰国を決めた理由は、結局のところ分からない。
俺の説得が功を奏したのか。それともまた別の理由があったのか。
これはさっき考察したので、もう説明する必要はないでしょう。
P.296-297
「――――でも、一回だけ、勝ったことあるんだよ、この娘に」
桐乃はがらりと明るい声で、胸を張った。ウソを言っている様子はなかった。俺の妹は、こと勝負事においてウソは言わない。無駄にプライド高いからな。
「へえ……一回だけ、勝ったの?」
「まあね。ちょっと不意打ちみたいな感じだったけど」
(中略)
「ちなみに――」
黒猫はニヤリと口端をつり上げて問うた。
「……いったいそれは、いつのことかしら?」
「んぐっ」
桐乃は、何故か言葉につまり――
「ひ、秘密」
照れたように顔を赤くし、そっぽを向いてしまう。
黒猫はすべてを分かっているかのような表情で、にや~と笑う。
「そう。たまたま絶好調だったときに、勝負をしたというわけね」
「あんたって、ほんっと、嫌味だよね」
「……っふ……どういう意味かしら? はっきり具体的に言ってくれないと分からないわ?」
「知らないっての!」
黒猫のいつのことかしら? というのは、京介に一緒に帰ろうと説得を受けた直後の話ですね。
京介のおかげで絶好調になったとは言えないから、桐乃は言葉につまってしまったと。黒猫はそんな桐乃の気持ちを見透かしているので、意地悪をしてからかっています。
5巻のまとめ
この5巻というのは、京介が桐乃と会えなくなることによって、自分にとって桐乃が大事な存在であることに気づくという、俺妹のターニングポイントになる巻ですね。この巻以降、開き直った京介のシスコンぶりはますます加速していきます。
今まで京介を見返すために努力して意地を張ってきた桐乃も、京介の説得によって、京介が自分を大事に思ってくれていることを知り、めでたし、めでたし……にならないのが俺妹という作品の面倒くさいところです。
京介の桐乃に対する気持ちはあくまで妹としてのもの。これが恋愛感情になるにはもう少し時間がかかります。桐乃の方も意地っ張りですから、なかなかそう簡単には素直になりません。
黒猫フラグも立っていますし、まだまだ一筋縄ではいかない展開が待っています。
それらに関しては、また次巻以降で考察していきますね。まだまだ先は長いですよ……。