注意
この記事はライトノベル『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を全巻読んでいることを前提に書いています。
おもいっきりネタバレがありますので、未読の方はお気をつけください。
7巻の時系列
日付 | 出来事 | 原作 |
---|---|---|
7月上旬(6巻ラストの続き) | 桐乃に彼氏になってよ発言は彼氏のふりという意味だと言われる | 第一章 |
夏休み開始初日 | 桐乃の彼氏のふりをして、美咲さんと会う | 第一章 |
同日夕方 | 桐乃のお説教、美咲さんに二人の仲を見せつけるため、桐乃とデートをすることに | 第一章 |
翌日 | 桐乃と偽デートをする | 第一章 |
同日夕方 | 京介のデリカシーの無い発言に桐乃の怒りが爆発、本当の彼氏発言が飛び出す | 第一章 |
数日後 | あやせの家に呼び出され、桐乃の彼氏について質問する | 第二章 |
翌日の朝 | 学校に行って、ゲー研の部活動に参加する | 第二章 |
同日帰宅時 | 黒猫に桐乃の彼氏について質問する | 第二章 |
同日夕方 | 沙織や赤城とメールのやり取り、桐乃本人に彼氏の有無について聞く | 第二章 |
2日後 | 沙織と黒猫が家に来て、皆で夏コミの打ち合わせをする | 第三章 |
8月14日(夏コミ2日目) | ゲー研の一員としてサークル参加する | 第三章 |
8月15日(夏コミ3日目 | 桐乃たちと夏コミに参加、会場で御鏡と出会う | 第三、四章 |
8月16日 | ゲー研のコミケの反省会に参加した後、『オタクっ娘集まれー』の打ち上げに参加 | 第四章 |
同日 | 桐乃が突然御鏡と付き合っていると言い出し、黒猫と京介が激怒、打ち上げがぶち壊しになる | 第四章 |
8月17日 | 桐乃が御鏡を彼氏として家に連れてくる | 第四章 |
同日夜 | 桐乃が黒猫に仲直りの電話をする | 第四章 |
8月18日夕方 | 黒猫に告白される | 第四章 |
前書き
P.301
次回は夏休み後半を舞台にした、恋愛編クライマックスになる予定です。
さて、7巻と8巻は恋愛編です。俺妹最大のターニングポイントになる大事な巻ですね。
8巻 P.294
かくして騒動の幕はおりた。
思い返してみれば、鏡写しのような事件だったな。
恋愛編のキーワードは鏡写し。
伏見 :6巻ラストの引きから、誰もが容易に想像できるベタな展開にしました。ただし……(ネタバレになってしまうのでカット)。二人の関係や心境がずいぶん変わりましたので、3巻のデートシーンと比較していただくと面白いかもしれません。
伏見:強い引きで終わったのだから、もっと早くお届けするべきでした。半年も待ってくださって本当にありがとうございます! 内容について作者が解説しすぎるのは野暮かなとも思いますので、さらっとだけ。8巻は既刊と色々な意味で対照的なエピソードを扱っています。「妹に彼氏ができたとき、兄はどうするのか」、「兄に彼女ができたとき、妹はどうするのか」、そのあたりに注目していただければと思います。
―――第7巻と第8巻で、上下巻セットになっている印象を受けました。
伏見:他の既刊とも対になっている部分がありますので、もしよかったら探してみてください。
伏見先生も自らおっしゃっていますが、既刊と対になっている部分が非常に多いです。そのあたりは随時考察していきます。
第一章
P.12
――九時半。
「……早く着きすぎちまったな」
呟いたとき、待ち人の声がした。
「お、お待たせっ」
顔を上げると、照れくさそうな微笑みを浮かべている……俺の彼女がそこにいた。
俺の愛しい恋人である彼女の名前は、高坂桐乃。
ライトブラウンの髪の毛、両耳にはピアス、長くしなやかな脚、すらりと均整の取れた身体。
幼さを残した顔にはしかし、肉親さえをも魅了してしまうほどの色気があった。
いきなり読者を引っ掛ける釣りから始まる7巻。
のちの偽装デートシーン開始時の描写ですが、たったこれだけの文章に考察する部分がいくつもあります。
まず、京介だけでなく桐乃もデートの待ち合わせに早く着きすぎたこと。二人がこのデートをいかに楽しみにしていたかが窺えます
次に桐乃の両耳のピアス。これは3巻のクリスマスデートの時に京介が桐乃に買ってあげた(買わされた)ものでしょう。これをわざわざ身に付けてくる桐乃の気合の入りぶりにも注目。そして、肉親さえも魅了してしまうほどの色気という描写。京介が桐乃に対して、そういう意識を持っていることがわかります。
P.12
桐乃が現れたとたん、周囲がざわめく。俺みたいに地味なやつと待ち合わせていたのが、まさかこんな美少女だとは思わなかったんだろうな。
どうだすげえだろ、という優越感がなかったといえば、嘘になる。
臆面もなく妹を(ここでは彼女ですが)美少女と言っちゃう京介のシスコンぶりは健在。
P.13
嬉しそうに頷いて、桐乃は自然と腕を絡めてくる。
柔らかなふくらみの感触に、不覚にもどきりとしてしまった。
京介が桐乃に対して、そういう意識を持っている描写その2。
P.13-14
「あの……あの、さ」
「あん?」
「あんたのこと……今日は、“京介”って、呼ぶから」
「……突然どうした」
「だって、その方が……恋人っぽいじゃん?」
よっぽど恥ずかしいんだろう。桐乃は自分が囁いた台詞に、真っ赤になってしまっていた。
桐乃が京介のことを“京介”と呼ぶのは京介に妹として見られたくないから。
京介と桐乃は兄妹ですが、桐乃は京介のことを恋愛対象として意識しています。その意識の表れが京介呼びです。(兄としての意識が強いときはちゃんと兄貴と呼びます)
自分から腕を組むという行為も、妹ではなく女性として見て欲しいという桐乃の意識の表れでしょう。
P.14-15
――あんた、あたしの彼氏になってよ。
そのとんでもない台詞を聞いた俺は、自分の耳が信じられず、咄嗟に返事ができなかった。
驚愕に目を見開き、全身を硬直させ、困惑するばかり。
そんな俺を見た桐乃は、
「……えと……」
かぁっと頬を紅潮させたまま、もごもごと言葉をさまよわせていた。
弱気な上目遣いで俺を見上げ、
「あの……だ、ダメ?」
ここは2巻の偽告白のシーンとの対比ですね。
2巻では京介をからかうために演技がかっていましたが、ここは本気の告白なので普通に恥ずかしがっています。
P.15-16
「いやっ……」
俺は思わずたたらを踏んだ。
「駄目っつうか……言ってる意味が……!?」
反射的に、様子のおかしい妹から距離を取ってしまう。
最初の人生相談で『桐乃が妹ゲーにはまっている理由』を考え、最悪の想像をしてしまったあのときと、似たような心境だ。
「お、おお、俺はおまえの兄貴だぞ? ていうかなに? おま……俺のこと好きだったの!?」
妹モノのエロゲーみてえな台詞だった。
まさか自分で言うハメになろうとは……。
京介の方は2巻の時と同じように困惑していますが、この時の京介は6巻の赤城との会話によって、桐乃は妹という意識(フィルター)が強くなっているので、いきなり告白してきた桐乃に対してどう答えていいのかわからず、困惑しています。
P.16
「!」
俺がドン引き気味の返答をすると、桐乃は目を見開いて固まった。真っ赤だった顔が一瞬にして蒼白になり――一転、ギリッと歯を食いしばった。再び顔を紅潮させて怒鳴る。
「違う! ッ……違う! あんたのことなんか……好きなわけないじゃん! なに勘違いしてんの!?」
力一杯の身振りとともに言葉を叩きつける――もの凄いキレっぷりだった。
桐乃からしてみれば、5巻で京介がわざわざアメリカまで自分を連れ戻しに来てくれたこと、「お前がいないと寂しい」「……一緒に帰ろうぜ。じゃないと俺、死ぬかもしれない」と言ってくれたこと、リアとの勝負の時の「俺はロリコンじゃねえっ! シスコンだぁぁ――――――ッ!」という絶叫を聞いたこと、勝負が終わった後にリアと京介の会話を盗み聞きして、京介は自分の気持ちに気付いてくれていると考えたこと、これらが重なって、京介への告白は上手くいくと勘違いしてしまったわけですが、ドン引き気味の京介の反応を見た桐乃は、ここでようやく自分の勘違いに気付きます。
真っ赤だった顔(照れ)→蒼白(勘違いに気付く)→顔を紅潮させて怒鳴る(勘違いしていた恥ずかしさと勘違いさせた京介に対する理不尽な怒り)。この時の桐乃の心境はこんな感じでしょう。
P.16
俺はおおいにビビりながらも、突っ込みを入れる。
「おまえが『彼氏になってよ』っつったんじゃねーか!」
「最後まで聞けっつってんの! これには理由があるんだから!」
「理由だあ?」
「そう! いまあたしが言ったのは、ちょっとだけ『彼氏のふり』をして欲しいってこと!」
「彼氏のふりィ!? だったら最初からそう言えや! 『あたしの彼氏になってよ』とかッ……紛らわし――んだっつうの!」
勘違いに気付いた桐乃はとっさに『彼氏のふり』だと誤魔化します。
結局2巻と同じような展開ですね。すれ違って噛み合わない二人です。
P.16-17
「はんッ! あ、あんたがシスコンだから変な勘違いしちゃうんでしょ!?」
変な勘違いって……あんな風に言われたら、誰だってそういう風に取るよ!
「バカ! このバカ! 『俺はシスコンだぁ――!』って、あんなに大声で叫んだくせに! しかも人前で!」
桐乃が言う変な勘違いのことを、京介は自分の勘違いだと受け取っていますが、桐乃が言っているのは自分の勘違いのことですね。伏見先生お得意のミスリードです。
P.17
「あ、あれはいま、関係ないだろうが! 蒸し返すなよ!」
「関係ッ――っさい! とにかく! あんたはあたしの彼氏のふりして、会わなきゃいけない人がいるの! 分かった!?」
桐乃からすると京介がシスコンと叫んだことは、告白の件とちゃんと繋がっていて関係ないわけではないのですが、それに気付いていない京介からすると全然関係ない話に思えてしまう……やっぱり噛み合わない二人です。
P.19
「ようするにね、私が桐乃ちゃんをスカウトしたら、彼氏がいるから海外には行きたくないって言われちゃったの」
そう。桐乃の『お願い』は、美咲さんからプロの専属モデルとして勧誘されたのを断るため、彼氏のふりをして欲しいというものだったのだ。
桐乃の『お願い』についての説明。
桐乃の本当の『お願い』は京介に彼氏になってもらうことなんですが、結局ウヤムヤになってしまいましたからね。
P.21
なんで俺がそんなことしなくちゃなんねーんだ、という反感はもちろんあったけどよ。
こいつは、俺以外に頼める男なんていないんだろうしな。
断れなかったよ。けっ、どーせ俺ゃあシスコンだぜ。妹が海外に行っちゃうなんてイヤだし、好きな仕事がしづらくなったら、かわいそうだしよ。
口調こそひねくれていますが、自分がシスコンであり、妹が海外に行くのはイヤだとちゃんと認めています。以前に比べれば、だいぶ素直になってきていますね。
P.21
「がふッ……!?」
美咲さんの死角から、俺の脇腹に肘鉄が入った。脂汗を浮かべて妹を横目でチラリと見ると、『アンタなに心動かしてんのよ……ッ!』という視線が俺を睨みつけていた。
もう、視線で理解するのが当たり前になりつつある高坂兄妹。
P.22
「残念ですが、金の問題じゃないんすよ。――なぜなら俺は、桐乃を愛しているから!」
ブチッ! 足を思い切り踏まれた。
「……ッ!」
痛みを堪えて桐乃を見ると、耳まで赤くなって口をぱくぱくさせていた。
桐乃は俺の袖を引っ張って、耳に口を寄せてきた。
「ちょ、は、恥ずかしいでしょ……!」
「バカ、こういうのはハッキリ言っとかねーと駄目なんだよ」
「だ、だからって……やり過ぎって言うか……」
目を潤ませて恥じらう桐乃。
京介の愛しているという台詞に驚き恥じらう桐乃。
これが演技だというのは桐乃もわかっているはずですが、それでもここまで恥ずかしがるということは、たとえ演技とわかっていても嬉しいのでしょう。
P.22-23
「チョー仲良いっすよ! なあ!」
ああ気持ち悪い! でもまあ人を騙そうと思ったら、このくらいやっとかなきゃな!
がしっ。俺は、桐乃の肩に腕を回して抱き寄せた。
「きゃっ」
桐乃はびく、と、身体をこわばらせ――
「キモッ!? いきなりなにすんの!」
「痛ッて!? ちょ、彼氏にキモいとか言うなよ!」
演技にかこつけて桐乃の肩を抱き寄せる京介。
口では気持ち悪いと言い訳していますが……。
P.23
俺は肘打ちを突き刺された脇腹の痛みを堪えつつ、桐乃に耳打ちした。
「(ぼそぼそっ)オイ、やる気あんのか! ホラ見ろ美咲さん疑ってるじゃねえか……!」
「(ぼそぼそっ)だ、だってアンタが……! て、てか手つきがエロいんだけど!」
「(ぼそぼそっ)バッ、気のせいだって!」
身体は正直ですね。(ニッコリ)
P.23
内緒話をかわしていると、美咲さんが興味深そうに俺たちを見つめていた。
「どうかした?」
「「いえ何でも!」」
二人揃って、ぶんぶんと首を振る。
あごに手を添え、しばし思案していた美咲さんは意味深な声で、
「ま、いいわ」と呟いた。
ここの美咲さんの意味深な描写は、二人の嘘に気付いているという伏線です。
P.288-289
「ハハ、本当のところをばらしちゃうとですね、お二人が兄妹だってことは、美咲さん、とっくに気付いてたみたいなんですよ」
「え!? まじで!?」
「はい、バレバレだったそうです。よっぽど下手くそな演技だったんですね」
うっせ。ちっ、そっか……。そりゃまあそうだよなあ……。
よくよく考えてみれば、切れ者の女社長である美咲さんに、中高生のバレバレの嘘が見抜けないはずがないんですよね。
P.24
「ン……まだ、諦めたわけじゃないわよ。意外とすぐに別れちゃうかもしれないしね?」
「そ、そんなことはありませんっ」
桐乃が大声で反論した。
こいつも、相手を説得できるかできないかの瀬戸際なもんだから、必死である。
桐乃が必死なのは京介が思っているような理由ではなく、兄を好きになることや兄妹で付き合うことによる問題など、桐乃の心の奥にある本音や不安が、つい表に出てしまったのでしょう。
P.24-25
「ふうん。話は変わるけど、桐乃ちゃん、明日はお暇?」
「え? な、なんでですか?」
「明日、新宿で私が主催するファッションショーがあるの。よかったら、見に来て欲しいなって。気に入った服があったら、あなたにプレゼントするし。――――どう?」
キラリ、美咲さんの双眸が光ったように見えた。
なんかアヤシイな、この誘い……。そうやって桐乃を呼び出しておいて、断れない状況に持って行こうってハラじゃねーの? 考えすぎかもしれないが、俺は大いに疑った。
間違いないと思うんだよね。だってこの人……
フェイトさんが俺にメシをたかろうとしているときと同じ、狩人の眼をしていやがる。
「すんません、明日はちょっと……」
俺は桐乃に先んじて、誘いを断った。
P.287-288
「――初めは美咲さんに、桐乃さんの説得を頼まれていたんです」
海外に行くつもりのない桐乃を心変わりさせるため、美咲さんは、もっと良質の彼氏をあてがおうとしたわけだ。ところが御鏡も桐乃も、それにのってやるほど単純なやつじゃなかった。
「桐乃さんはとても素敵な人ですけど、僕には荷が重い相手ですよ。友達としてならともかく、桐乃さんの恋人なんて、僕には無理です。到底つとまりません」
分かるでしょう? という自嘲混じりのアイコンタクト。
「ですから京介くんの心配は的を射ていたわけですね。あなたは妹さんを護るために、正しい行動を選択していた。ばかなことをした――そう思っているのかもしれませんが、胸を張っていいと思いますよ」
この御鏡の説明から推察するに、美咲さんはこの時、彼氏云々の話は嘘だと気付いていて、ファッションショーで御鏡と桐乃を引き合わせ、何とか桐乃を心変わりさせようと画策したのだと思われます。それを京介は妹を護る兄の勘で感づいて止めようとした……と。
P.26
「あ、アンタ妹にセクハラしすぎ!」
俺は自宅のリビングで、妹に説教喰らっていた。ちなみに美咲さんの手前、一緒に家まで帰るわけにもいかず、喫茶店で別れて別々に帰宅した次第である。
俺は床に正座させられており、桐乃は、俺の膝を片足で踏んでいきり立っている。
妹様のお説教タイム。
P.26
「『痛い』じゃないっ!? な、なんなわけ!? さっきのアレは!」
「なんのことだ? 俺は今回、自分なりにベストな行動を取り続けたという自負があるぞ?」
「あんたの言うベストな行動ってのはなに? 超かわゆい妹の肩を抱き寄せたり、ぴったり身体をくっつけてスリスリしたり、公共の場で羞恥プレイを強要したりすることを指すわけ?」
(中略)
「痴漢のマネをしろとは言ってないっ! あ、あーもうっ! ま、まだ感触が残ってるし……」
さっき俺とくっついていた部分をさすりながら、ブルブルと身もだえする桐乃。
もちろん桐乃は言葉とは裏腹に、内心喜んでいます。
桐乃のこういった言葉や態度をバカ正直に受け取ってはいけません。考察記事の最初にも書きましたが、作者が「京介の主観を疑っていただけると、より面白く読める」と言っているように、この桐乃の言動はあくまで京介の主観(フィルター)を通したものなので。
P.27
くそ……失礼な……。
俺は依然として膝に押し付けられている妹の足裏の感触を気にしながら、
「だいたいオマエ、自意識過剰なんだよ。兄妹なんだから、ちょっとくらい触ったっていいだろ?」
「いいわけないでしょ!?」
憤死しそうな勢いである。ったく、短気なやつだぜ。別にこっちゃー、妹の身体なんか興味ないってのによ。恥ずかしがりすぎなんだっつうの。
妹の足裏の感触を気にする男が、妹の身体なんか興味ないといっても説得力ゼロなんですが……
P.28
と、そこで桐乃の携帯が、テーブルの上で震え始めた。
ピピピピピピ。
「え、誰だろ」
慌てて電話に出る桐乃。
(中略)
俺の目前で、桐乃が電話をしている。
「うん、うん……そっか、分かった。ありがと、わざわざ教えてくれて。うん……じゃね」
ピッ。電話を切った桐乃は、真っ青な顔で俺を見つめてきた。
「ど、どうした?」
「……あんたのせいで、まずいことになっちゃった」
「はあ?」
「いまの電話、モデル友達からだったんだけど――」
桐乃はふいっと俺から視線を外す。
「美咲さん、あたしたちのデート、監視にくるらしいよって……」
この電話の主は御鏡でしょう。
美咲さんから桐乃の説得を頼まれて、そのことをわざわざ桐乃に教えてくれたと思われます。
8巻 P.261
「『――ほんとはさ、美咲さん、あたしたちのデート……尾行してなかったとしたら?』」
8巻の黒猫による桐乃の秘密暴露の件と桐乃がここで視線を外したことを合わせて考えると、美咲さんがデートを監視にくるという話は桐乃の嘘と見て間違いないでしょう。
桐乃がそんな嘘をついた理由は、大好きなお兄ちゃんとデートするためと桐乃の本当の『お願い』である「――あんた、あたしの彼氏になってよ」を実現するためですね。
P.29
「ああん?」
俺は露骨に訝った。
「監視って……その日は、あの人が主催のショーがあるって話だったじゃねーの? なのにショーを放っぽり出して、主催者が他人のデートの後付けてくるわけなくね?」
「それは……代理の人にショーを任せて来るのかもしれないし……」
「そこまでするかあ? どう考えても優先順位がおかしいだろ」
「っ……」
桐乃は一瞬口ごもり、
「知らないっての! あたしだっていま人づてに聞いただけなんだから! そのくらい美咲さんがあたしに執着してるってことじゃないの!?」
桐乃は本当に嘘が下手くそですねぇ……。
P.30
「……考えようによっては好都合かも」
「なんで?」
「だからー、あたしたちが美咲さんに監視されてるのを分かってるってこと、美咲さんは知らないわけじゃん? あたしたちがちゃんとデートしてるとこ見せれば……さ」
「なるほどな。俺たちのラブラブっぷりを見せつけて、諦めさせようってわけね。いまさらデートを中止するわけにも行かねーんだから、ま、やるっきゃねーか」
「…………」
「? どうした?」
「べ、別に……ラブラブとか、キモいっての」
ラブラブという単語に反応する桐乃。
「…………」の部分は京介とのデートを想像(妄想)したのでしょうか?
8巻 P.264
「絶対あんた本人のことだと思ったから、あたしだってデートの本貸してあげたんじゃん。――『プラトニックデート特集・一回目のデートでは手を繋ぐまで』ってやつ。『ククク……これで私は理論上デートの達人よ』とかいって調子こいてたじゃん。でもってデート当日の夜は、『……て、手を繋ぐには練習が必要なことがわかったわ』ってへこたれてたじゃん」
…………ああ、なんか、初デートのときの神猫さんの態度に、納得いった。
そしてたぶん桐乃も、その本を参考にして俺との初デートに臨んだろ。
俺が本と違う行動を取るたびに、怒ってやがったろ。間違いないと思うね。
これから偽デートが始まりますが、その前にとりあえずこの描写と、デートで桐乃は京介を兄ではなく彼氏として扱っているという点を押さえておきましょう。この2つを押さえておけば、デートでの桐乃の理不尽な態度もある程度理解できるはずです。「一回目のデートでは手を繋ぐまで」を参考にしたのに、いきなり腕を組んでいるのは、3巻でのクリスマスデートを桐乃が一回目のデートにカウントしているからでしょう。
P.31-32
「今日はいい天気だから、植物園とかどうだ?」
「ださっ! ちょ、真面目に考えてよ!」
真面目に考えた結果なんだけど。
「お袋が、この前友達と行って良かったって言ってたぞ?」
「却下」
にべもねえ。
今日は俺たち、ラブラブという設定なので、下手に怒るわけにもいかない。
「じゃあどこがいいんだ? 行きたいところとかねーの?」
「……京介の行きたいところでいいよ?」
こういうこという女が、一番困るんだよ。麻奈実が同じ台詞を言ってくるときは、心底額面どおりの意味だからいいんだけどさ。桐乃のこれは『あなたの行きたいところに行こうよ』って意味じゃなくて、『あたしの行きたいところを当てなさいよクイズ』なんだもん。
回答を外したら、当然怒られる。ちゃんとこいつの好みを考えて答えなければ……。
いやー、さっそく桐乃の面倒くささが表れていますね。
これに付き合える京介はマジで凄い。
P.35
「……………………きょ、きょうちゃん? 桐乃ちゃん……」
「あー、これは、その、な」
俺が働かない脳を駆使して、言い訳を捻り出そうとしたら、
桐乃にぎゅっと腕を引っ張られた。
「――行こ、京介」
「え? お、おい……」
「いいから」
ぐいっ、ぐいっ。
妹の力はかなり強く、俺はどうしていいか分からないままに、麻奈実から引き離されていく。
そんな俺たちを、麻奈実はぽかーんとした間抜け面で見送っていた。
「お、おい……いまの、絶対妙な誤解されたぞ……!」
「しょーがないでしょ。あたしだって、あんたと腕組んで歩いたりしたくないっての」
こっちを見もせず、吐き捨てる。
麻奈実に桐乃とのデートを目撃される京介。
桐乃からすると、麻奈実に自分と京介の仲を見せつけるには誤解を解かれてしまうと困るし面白くないので、その前に強引に引き離しています。桐乃は京介に嘘を吐く時は目を合わさない傾向がありますね。
P.36
「それにしても……ぷぷっ、凄い顔してたなぁ」
「……俺の幼馴染みをイジメてニヤけるのをやめろ」
「ねぇ、あたしたち、いま、どういうふうに見えたかな?」
ひひひっと笑う桐乃。
人の話なんか聞いちゃいねえ。嬉しそうにしやがって。そんなに麻奈実が嫌いなのか?
「どういうふうにって……」
麻奈実は俺たちが兄妹だということを知っているわけで、まるで恋人同士のように腕を組んで歩いてる俺と桐乃を見て……
「さあな」
正直、想像もできん。俺としては、ただひたすら気まずい&気持ち悪いだけである。
「は? ちゃんと答えなさいよ」
「うるせえ。ホラ、映画どれ観るんだ?」
桐乃からすれば、麻奈実は兄を(恋愛的な意味で)好きになることを真っ向から否定されて、格好良かった兄を堕落させた張本人です。そんな麻奈実に兄と恋人同士のように振舞っている状況を見せつけることができて、ご満悦の桐乃。京介にも恋人同士のように見えたと言わせたかったようですが、そんな二人の事情をまったく知らない京介には、はぐらかされてしまいます。
P.37-38
映画館に到着。壁に貼られているポスターを見ると、幾つかの映画が上映されているようだ。
「んー」
桐乃はしばし考え、
「これ……かな」
とある映画タイトルを指差した。どうやら恋愛映画のようだ。
俺は渋い顔になった。
「恋愛もの……ねえ」
「なに? デートなんだからとーぜんでしょ? 文句あんの?」
「いや、文句っつーか」
俺はとなりのタイトルを指差した。
「こっちのアニメ映画の方が、おまえ、観たいんじゃねえの? この前、んなこと言ってなかったっけ?」
タイトルは『リトルシスターズ』という。
(中略)
俺は桐乃とともにチケット窓口に向かい、こう注文した。
「『リトルシスターズ』、高校生一枚、中学生一枚」
「あ、ちょ、ちょっと!」
「んだよ。いいだろ別に、俺が観たいんだから」
「………………あっそ、勝手にすれば?」
と、桐乃は唇を尖らせる。監視の目があるってのに、アニメ映画なんか観せやがって――そう思っているのかもしれない。でも、俺はこの結果に、少し安心していた。
――妹と一緒に、恋愛映画なんか観てられっか! 必死で抵抗するに決まってんだろ!
桐乃としては、恋人としてのデートなんだから当然恋愛映画が観たい。しかし、京介としてはあくまで桐乃は妹なのだから、妹と一緒に恋愛映画なんて観たくない。
ここでも、二人の意識はすれ違っています。
P.38
二時間後――
「っあ~~~~~~~~~~~~~~~面白かった! 大ッッ満足!」
俺と桐乃は、並んで映画館から出て行くところだった。あれほど機嫌悪そうにしていた桐乃は、アニメ映画の内容がいたくお気に召したらしく、監視の目があることも忘れてはしゃいでいた。幼い子供のように両手を広げ、大げさな身振りで話しかけてくる。
「――でさ! 主人公の女の子たちがちょーロリかわいかったよね!
(中略)
ふひひ、まーそこまで分かっちゃうあたしもあたしだけど」
「…………キモ」
ついつい、妹の専売特許を口にしてしまったぜ。顔が自然と引きつってくる。
ダメだこの女……完全に周囲の目とか気にしてねえ。自分の世界に入っちまっている。
映画『リトルシスターズ』が面白くてはしゃぐ桐乃。
そんな桐乃を見て京介はすっかり引いています。
P.39
「ねえ! 人の話聞いてんの?」
「はいはい聞いてるっつうの。つか、うるさいよおまえ」
「はあ?」
「いまも監視されてるかもしれねーんだろ?」
指摘してやると、桐乃はハッと気付いたように口を手で押さえ、
「…………そっか」
やっと黙った。
桐乃は美咲さんが監視になんて来てないことを知っているので、京介とのデートを楽しんで思いっきりはしゃいでいますが、京介からすると、このデートは美咲さんにデートをしてるところを見せて彼氏だと思わせるためのものでしかない。こういった二人の温度差も、このデートが上手くいかない理由の一つです。
P.40
「そんなら嬉しいのは分かったけど……ちょっと落ち着け、な?」
「……分かってるっての。でも、楽しかったんだもん」
「そうかい」
ため息を吐く。
俺としてはそこまで面白い映画でもなかったのだが――
こうまで喜ばれると、この映画を選んだ当人として、悪い気分じゃねえよ。
面白かったではなく、楽しかったと言う桐乃。
大好きな京介と一緒に面白い映画を見たのが本当に楽しかったから、ついあそこまではしゃいでしまったのでしょう。思わず美咲さんの監視の件を忘れてしまうぐらいに。
P.40
「腹減ったな、軽くメシでも喰うか」
「ファーストフードとファミレスは禁止ね」
「……はいはい」
確かクリスマスのときも似たようなことを言ってやがったな。
金のかかる女である。
3巻 P.184
「イブのディナーでケ●タッキーに連れて行く男は死ぬべき」
「学生は金がねえんだよ! 勘弁してやってくれ!」
似たようなことというのは、これのことでしょう。
P.40-41
「じゃあおまえが選べよ」
「は? 普通、男がデートプランを立てて女の子をエスコートするもんでしょ?」
めんどくせえ女である。俺はこめかみに手を添えて、
「監視の目があるんだろ? 映画は俺のセンスで選んじまったし、今度はおまえが選んだそれっぽいところ入った方がいいだろ」
「…………チッ、確かにそうかも。分かった。じゃ、今回はあたしが選んであげるから。次のときのために、ちゃんとセンスを学んでおきなさいよ」
次なんかあるか。
面倒くさい女、桐乃。
京介は次なんかあるかと言っていますが、実際はこの年のクリスマスに再び桐乃とデートするわけですから、ここはフラグですね。
P.41-42
「いい雰囲気のお店でしょ? よくあやせたちと一緒に来るんだ」
「へえ……。ま、いい店なんだろうけどさ」
(中略)
「さて――なに頼む?」
桐乃にも見えるようテーブルの上でメニューを開くと、いきなりカップル用のパフェが、ででんと描かれていた。となりにはストローが二本ついたドリンクメニューもある。
「…………さすがにこういうのは、頼まないよな?」
「あ、あったり前でしょ!」
動揺気味にキレる桐乃。
このお店はよくあやせたちと一緒に来ると言っているので、このメニューについては、当然桐乃も知っていたはず。このお店に行くと決めた時点でこれを頼む気満々だったのでしょうが、京介に先手を打たれてしまい動揺する桐乃。
P.42-43
ああ助かった。と思ったのもつかの間、桐乃は難しい顔でメニューを睨み、
「でも……美咲さんもこのメニューをいま見ているわけだよね……」
「いやいや! 幾らなんでもそこまでやらなくていいだろ! てか俺、たとえ彼女とだって、そんな恥ずかしい食い物は頼めねえぞ!」
「そ、そっか。そだよね……うん……」
恥ずかしそうに何度も頷く桐乃。
こいつは一度始めたことに対しては真摯に取り組むやつなので、俺との『デートのふり』も、ついつい全力を尽くしてしまいそうになるのだろう。
諦めきれない桐乃が可愛い。
京介は相変わらずズレた解釈をしています。
P.46
もう一人はどうかなと見てみたら、加奈子はジャンボパフェをむさぼり食うのに夢中で、そもそも話を聞いちゃいなかった。
そういや……ブリジットも、俺があのときのマネージャーだとはまったく気付いてないな。
ちょっと変装したくらいで知り合いが分からなくなってしまうのだから、アホな連中である。
俺だったら知り合いの変装くらい、ぜってー一発で見ぬくよ?
デートの途中に入った店で、加奈子とブリジットちゃんに出会う京介と桐乃。
……これはツッコミ待ちなんですかね? 「お前、6巻の第三章で沙織の変装見抜けなかったじゃねーか!」っていう。
P.47
これ、デートのふりだからまだいいけど、もしも本当のデートだったら、お邪魔虫きわまりねーぞ。なあ桐乃? ちらりと対面を見ると、
「………………じゃ、一緒に食べよっか」
目が笑っていなかった。
確かに加奈子はうざいけど、友達になんて視線を飛ばしているんだこいつは。
京介と違い、桐乃にとっては本当のデートのつもりなわけで、この時の加奈子はお邪魔虫そのものですね。
P.53-54
「……優しいところ、かな」
桐乃は、わりとあっさり答えていた。俺の顔をチラ見しながら、ぼそぼそと呟く。
「あと……結構頼りになる……ところ?」
ちらっ。妹と目があった俺は、どきっとして、
「いや……ま、まーな」
照れまくりながら後頭部に手をやった。
な、なんだよ……えぇ~? そんなふうに思ってたのこいつぅ~?
しかしそこで、例のごとく桐乃が、肘鉄をめりこませながら耳に口を寄せてきた。
「調子のんなバカ。演技だっての」
「……分かってるよ」
いちいち釘刺さなくたっていいだろくそ。喜んじゃったぶん余計にムカつくな。
加奈子とブリジットに京介(彼氏)のどこが好きなのか聞かれて、恥ずかしそうに答える桐乃。
本人は演技と言っていますが、もちろん本音でしょう。桐乃の性格上、こういう建前でもないと、なかなか本音を言えないですしね。
P.54
「それとぉ……こいつ、あたしのコト、なんかめちゃくちゃ好きみたいで――」
演技だからって好き放題言ってくれる。
「――そういうとこが……好き」
演技という建前があるとはいえ、京介のことを好きという桐乃。最終巻ですら、京介のことをハッキリ好きとは一度も言わなかったですからね。貴重なシーンです。
P.54-55
「彼氏さんの方は?」
「え?」
「彼女さんの、どういうところを好きになったんですか?」
「お、おいおい。俺も答えるのかよ」
「あたりまえでしょ? あたしだけに言わせるつもり?」
桐乃が赤い顔で睨んできた。恥ずかしいことをする道連れを作りたいらしい。
恥ずかしいことをする道連れを作りたいのではなく、京介が自分のどういうところを好きか聞きたい桐乃。
P.55
どういうところが好きって……。難しいこと聞いてきやがる。俺は確かにシスコンかもしんねーけど、基本俺ってこいつのこと大嫌いだしなあ。……えーと? 桐乃のいいところを考えて、答えりゃいいのか? そしたらアレだ、まず――。
俺はちら、と桐乃を見て、
「顔?」
「………………は?」
桐乃はもの凄く渋い顔になった。気持ちは分からなくもない。俺たちがお互いに、相手の好きなところを言い合う――なんて、どう答えたって気まずいし気持ち悪い。
気持ちは分からなくもないって……全然わかってないうえに、またまたずれている京介。
桐乃としてはもっと他の部分を好きと言ってくれると思っていたのに、よりによって顔と言われたら、「………………は?」となるのは当然でしょうに。
P.55
「他にも超たくさんあるでしょ!? 性格がかわいいとか、考え方が尊敬できるとか、気配り上手とか――」
おまえのどこを見て、『性格がかわいい』とか『気配り上手』とか、思うやつがいるわけ?
ようは外見とかじゃなくて、お前の内面を褒めろってこと?
『考え方が尊敬できる』の部分は否定しない京介。
P.55-57
「へいへい。そうだなあ――」
段々投げやりな気分になってきた。俺は桐乃を真っ直ぐ見つめて、
「俺は、おまえがいつも一生懸命なところが、好きだよ。色んなもんに興味持って、好きになって、それぞれに全力を尽くしてさ、そういうところがスゲエって思う」
「な……」
びく、と反応した桐乃の頭に、手を乗せる。
「――そのせいで失敗しちまうこともあるけどな。誇っていいことだろ、それは」
「なにそれ……う、上から目線で……」
「――感謝してるんだぜ、これでも。おまえのおかげで――」
「俺の人生には、楽しいことが増えたからよ」
本心だった。
桐乃と一緒に手に入れた、新しい友達。桐乃に感化されて変わった、俺自身。
そして、いまここでこうしている俺たちの関係も。
桐乃が、俺にくれたものだと思っている。
「……あっそ」
桐乃は、すげなく呟いた。
「分かったから……手、どけてよ……」
俯いている桐乃の声は、いつもよりも弱々しく……きっと『こいつの演技キモすぎ。……でもいまは怒れないし……』などと恨みがましく思っているんだろう。
いや、まあ。我ながら、普段なら絶対に口にしない恥ずかしい台詞だったぜ。
だからこそ、こういう機会に、演技のふりして言っておくのも悪くはない。
(中略)
「……でもさー…………なーんかぁ……恋人って感じじゃなくね?」
京介は演技のふりをして素直に自分の気持ちを言うことができて満足しちゃってますが、桐乃からすれば、京介の言葉はあくまで妹としての好きという意味であって、恋人としての好きではないとガッカリしているのでしょう。京介の、桐乃の頭に手を乗せるいつもの仕草と加奈子の台詞からも、京介が桐乃を妹扱いしているのは明らかです。
P.57-58
加奈子たちと別れた途端、桐乃はいきなり不機嫌になり、俺を置き去りにする勢いで歩いて行ってしまったのだ。慌てて追いかけて声を掛けてみるものの、反応はない。
ったくめんどくせえ……怒ってるなら怒ってるで、ちゃんと理由を言えっての。
いまの状況って、ある意味『もしも桐乃が俺の彼女だったら』というシミュレーションみたいなもんだけど――想像どおりだ。こいつの彼氏役は、大変すぎて俺にゃつとまらねえよ。
桐乃が怒ってるのは京介が原因なんですが、それにまったく気付かない京介。
この巻の京介の鈍感さには、本当にイライラしますね。
P.59-60
というわけで、俺たちはゲーセンへと向かった。道中、桐乃は依然として言葉数が少なかったし、待ち合わせ直後のように演技で腕を組んできたりもしなかった。
さながらいつもの――兄妹としての、俺たちの距離感。
「どうした? も、もう腕は組まねえの……?」
なんともなしに聞いてみると、桐乃はキッと俺を睨み付けて、さっさとひとりで歩いて行ってしまう。俺は頬をかいて苦笑した。
「……やれやれ。女と付き合うって大変なんだな」
桐乃にとっては腕を組むという行為は恋人同士の関係を表すものであり、これまでのデートで必死に恋人のように振る舞おうとしていたのに、鈍感な京介はそこのところをまったく察してくれません。(もちろん、言葉にもせずに自分の気持ちを理解しろという無茶振りをする桐乃にも、非はあるのですが)
P.60-61
「じゃ、クレーンゲームでもやるか」
「なんであんたと仲良くクレーンゲームなんかやらなきゃいけないワケ?」
「恋人っぽくするんだろ?」
「……そうだけど……」
どうやら俺と恋人のふりを続けるのに嫌気が差してきたらしいな。
さっきからの不機嫌っぷりも鑑みて、間違いないはずだ。でもな、桐乃――ちゃんと真面目にやらないと、もっとめんどくさいことになっちゃうんだろ? 俺だってオマエがまた海外行っちまうのなんてイヤだし――
「ちゃんとやろうぜ?」
「わ、分かったわよ……」
渋々と同意する桐乃。
この辺のやり取りは、よりを戻そうとする恋人っぽいですね。
桐乃がまた海外に行っちまうのなんてイヤだという京介の内心が、どこまで桐乃に伝わったのかはわかりませんが、一旦機嫌を直すことにはしたようです。
P.62
「……まだ、あの女社長は付いて来てるのか?」
二階を歩きながら、ぼそっと問う。
「……うん、たぶん」
「どこ? 俺、さっきからそれとなく探してんだけど、ぜんぜんでよ……」
「あ、あんた、注意力なさすぎ。ちょ、きょろきょろすんなっての、バレるでしょ?」
「……悪かったな。仕方ねえ、まだ監視があるもんと考えて行動すっか」
「ん」
小さく頷く桐乃。普段のこいつなら、真っ先に格ゲーコーナーに向かってシスカリをやるところなのだろうが、いま俺たちは恋人のふりをしているのだ。ひとまず『俺たちラブラブなんだぜ』『俺たちオタクじゃないんだぜ』という主張をしておかねばなるまい。
居もしない美咲さんを何とか見つけようとする京介。
桐乃も嘘がバレないように必死です。
P.62-63
俺たちはプリクラの機械(なんと驚け、カップル専用のやつだ。こんな恥ずかしい機械が存在したとは!)を、げんなりとした瞳で見つめて――
「………………プリクラ、やる?」
「…………やるか」
のれんをくぐって中に入る。
ハァ、とため息を一つ。
もの凄い抵抗感。実は俺、プリクラなんて撮るの初めてでさ。まさかその初体験を桐乃と迎えることになろうとは……黒歴史にもほどがある。あとで思い返すたびに悶絶しそうだ。
初体験を桐乃と迎える……って、伏見先生は狙って書いてるんですかね?
作者の意図はともかくとして、妹好きにとってはなかなかグッと来る表現ではあります。
P.63
「次はフレームを選ぶよ」
「どれにす、」
ぴっ。聞く前に押しやがった。
「よりにもよってハートかよ!?」
これから俺、妹とハートフレームでプリクラ撮るんですか!?
もしこの事実が明るみに出たら、社会的にやばいレベルじゃねえ?
この後、色んな人に流出しまくる悪夢のプリクラ。
食い気味にハートを選ぶ、桐乃の気合の入りようが笑えます。
P.63-64
「チッ……ここまでやったんだから、もう徹底的にやるしかないでしょ……」
「き、桐乃……?」
おまえ……おまえ……目が据わってないか? やけくそになってるだろ!?
画面にペンで二人の名前を書き込んでいた桐乃は無駄に気合の入った声を張り上げる。
「さあ! と、撮るよ!」
「ちょ、」
そして桐乃は、俺の腕をぐいっと引っ張って――
ぱしゃっ。
「………………………………」
俺と桐乃は、取り出し口から出てきたツーショットプリクラを眺め……なんとも言えない切ない表情になるのであった。
ハートマークのフレームにペンで二人の名前を書き込み、腕まで組んでプリクラを撮る桐乃。
態度と行動が全然合ってません。この不自然さからして、プリクラについての描写は、ある程度京介のフィルターがかかっていると思われます。現にアニメではプリクラを見た桐乃の表情は嬉しそうなものになっていましたし。(まぁ、アニメの描写は結構適当なんですが)
P.65
実妹とツーショットプリクラ。
しかもカップル御用達のハートフレームで。
プリクラという実物を見たことによって、現実を客観視してしまった俺たちは、悪夢じみた証明写真を捨てることも叶わず、プリクラを律儀に半分こして、お互いに持った。
「…………行くか」
「…………うん」
生命力をすべて吸い取られたかのような顔色で、機械の外に出る。
プリクラを律儀に半分こ。ここは伏線なのでチェック。
ついでに実妹描写も。
P.66
「ちょ、あんた小銭! 小銭落としたよ!」
「? ??? ?????」
桐乃に話しかけられても、疑問符を頭上に浮かべるばかり。黒猫は、顔に冷や汗をびっしりかいて、袖で目をごしごし擦っては、俺たちを見て瞬きを連射している。
「か、カップル専用プリクラですって……? ……な、なにをやっているの……あなたたちは……」
カップル専用プリクラから出てきた高坂兄妹を見て動揺しまくる黒猫。
今まで高坂兄妹の関係を間近で見てきた黒猫からすれば、ありえない光景だったのでしょう。
P.67
彼女は呆然としたままそれを受け取り、
視線を俺・桐乃・高坂兄妹らぶらぶツーショットプリクラ……という順番で移動させた。
あのプリクラをわざわざ自分から「高坂兄妹らぶらぶツーショットプリクラ」と表現する京介。
京介には自爆癖でもあるんでしょうか? あっ、京介はドMでしたね、失礼。
P.67
「……い、いつのまに……こんな」
「ちょ、待て! 『さすがに引くわ』みたいな顔をするんじゃない! おまえはいま重大な誤解をしているぞ!」
なんとか説明しようとしたら、
ぐりっ! 桐乃が脇腹に肘をねじ込んできた。
「なにやってんの! 見られてる!」
「だ、だってよ!」
「こいつになら、あとで説明すればいいでしょ!」
「し、しかしだな……」
居もしない美咲さんを利用し、京介が誤解を解くのを止めようとする桐乃。
これはさきほどの麻奈実の時と同じで、自分と京介の仲を見せつけるには、誤解を解かれては困るからですね。
P.67-68
俺と桐乃が密着状態でやり合っていると、黒猫はさらに勘違いを深めたらしい。
かぁ、と、頬を紅潮させて、
「……いくら何でも、その……こんな公共の場で……見せつけるように……」
ギャ――ッ! もじもじしてんじゃねー!
よく考えろよ黒猫ォ! 俺と桐乃が――なんてありえるわきゃね――だろうがよ!
京介は「自分と桐乃が――なんてありえるわきゃね――だろうがよ!」と考えてますが、黒猫は桐乃の京介に対する気持ちを知っていますから、二人を見て勘違いをしても不思議じゃないんですよね。
P.68
「くぅ~ッ」
俺は泣きそうな瞳で黒猫を見つめ、通じるはずもないテレパシーを飛ばすことしかできなかった。やっべえ……! おい、どうするよ桐乃! 焦って妹を見ると――
「ぷくく」
なんかニヤニヤしていた。俺との関係を疑われる恥ずかしさよりも、黒猫をビックリさせる面白さの方が上回った――ということだろうか。
いつもなら黒猫と目で通じ合うこともできるのですが、さすがに混乱している黒猫には通じなかったようです。桐乃がニヤニヤしているのは、京介が考えてるような理由だけでなく、黒猫に京介と自分の仲を見せつけることができて、嬉しくてしょうがないからでしょう。
P.68-69
「……ど、どういうことなの……?」
「えぇ~? どういうコト、と言われてもねぇ~?」
桐乃はわざとらしい口調で俺を見あげ、ニヤリと笑む。
「ね~、“京介”ぇ? あたしたちのカンケーだってぇ? ホラ、言ってあげれば?」
禁断の関係っぽく言ってんじゃねえよ!? 訂正できない状況でなんてこと聞きやがる!
さてはおまえ、この前、黒猫に似たようなからかわれ方したの、根に持ってやがったな!
「ま、まあ、それは、いまはいいだろ」
辛うじてごまかす。黒猫に『俺たち付き合ってるんだ』なんて言えるわけがない。
桐乃は、軽くチッと舌打ちし、それから黒猫に、例の気持ち悪い喋り方で話しかけた。
「じゃ、あたしたち、いまデェ~トしてるところだから! もう行くねっ?」
麻奈実の時と同じく、何とか京介に自分たちの関係を恋人と言わせようとする桐乃。しかし、またも京介にかわされてしまいます。「この前、黒猫に似たようなからかわれ方したの、根に持ってやがったな!」については6巻第三章P.117~124参照。
P.69-70
「……あ、え? え、ええ……」
依然として、魂半分彼岸に逝っちまっているような顔の黒猫だった。
全身が、細かくプルプル震えている。
それを見て満足気に頷いた桐乃は、するっと腕を絡めてきて、俺の顔を見上げた。
「さっ、行こ? “京介”♡」
「オエッ……」
うぼえええ気色悪ィィィッ!
ごめん桐乃、昨日のオマエの態度は正しかったわ。
兄妹に恋人みたいな声出されたら、そりゃ全身に鳥肌立っちゃうよ!
ぎりっ!
「うぐ……!?」
組んでる腕をつねりやがったこいつ。
なんなの? 彼氏ってのはみんな、彼女からこういう扱いを受けているわけ?
桐乃に甘えるような声を出されて、気色悪がる京介。
「妹」フィルターがかかっているこの時点の京介にとっては、桐乃はあくまで妹なのでしょうがないですね。
P.70-71
俺は一日限りの彼女――桐乃と、腕を組んで歩きながら、考える。
『彼女』ってほんっと、めんどくせえもんだな。
一緒にいると疲れるし、何考えてるのか分からねえし――。
だけど、放っておくわけにもいかねえし。
「………………………………」
ってなんじゃそら。
それじゃあ、いつもと同じじゃねえか。
「……きょ、京介。なに笑ってるわけ?」
不思議そうに問うてくる妹に、俺はちょっといい台詞をきかせてやるつもりで微笑んだ。
「いや、なんだ。……『妹』と『彼女』って――たいして変わんねえなってさ」
「――は?」
えっ?
……あれ? 俺……いま、なんか変なこと言った?
どんっ。桐乃は俺を突き飛ばすようにして、組んでいた腕を放し――
「ちょうキモ……妹もののエロゲーのやりすぎじゃん?」
ゴミを観るような眼で俺を睨み、そのままゲーセンの外へと歩いていった。
俺の目の前で、自動ドアが閉まる。
「………………」
桐乃の冷め切った視線と口調は、まるで一年前、冷戦をしていたころの桐乃のようで、懐かしいムカつきが、俺の胸に満ちていった。
「いや、なんだ。……『妹』と『彼女』って――たいして変わんねえなってさ」
今日のデートで散々ずれた発言をしてきた京介ですが、この発言は最大級の失言です。黒猫に自分と京介の仲を見せつけることができて、恋人気分で浮かれている桐乃に対してこの台詞。
桐乃からすれば、今日のデートで京介に対し、あれほど兄ではなく恋人として振舞ってきたというのに、ここまで来ても京介はまだ自分を妹扱いですからね。
P.71-72
夕方。家に帰った俺たちは、夕飯までの間リビングでくつろいでいた。
俺の目の前では、桐乃がソファに座り、
「……はい、はい。ええ、そうなんです――はい」
恐らく美咲さんと電話をしている。
「はい、じゃあ、失礼します」
桐乃はピッと電話を切り、まるでどうでもいいことのように呟いた。
「ヨーロッパ行きの話なくなったよ。美咲さん、あたしのこと――ひとまず諦めるって」
こっちをちらとも見やしねえ。黒猫をおちょくって、機嫌を直してくれたと思ったのだが
――さっき俺が失言をしてしまってから、再び不機嫌になってしまったようだ。
「それじゃあ……一見落着ってことか?」
「うん。美咲さんが、あんたに………………」
ちら、とこっちを見て、
「かわいい彼女を大切にね、だってさ」
ここの相手は美咲さんで間違いないでしょう。
改めて、桐乃自ら正式にヨーロッパ行きの話を断り、了承してくれたと思われます。美咲さんは昨日の偽彼氏との面会の件で二人が兄妹だったことに気付いていたことを桐乃に伝えて、「かわいい『妹』を大切にね」という伝言を頼んだのでしょうが、桐乃が『妹』の部分を『彼女』と脚色して京介に伝えたのでしょう。
なんで桐乃がそんな脚色をしたかは、いままで散々説明してきたのでわかりますよね? デートは終わりましたが、「今日」はまだ終わっていません。桐乃はまだ京介を『彼氏』として扱っているのです。
P.72-73
「不満なわけ? あたしが海外行ったほうが、よかったっての?」
キッと桐乃が睨んできた。俺は妹に真っ直ぐ視線を向けて、本心を吐露した。
「んなこと言ってねえだろ。一件落着なら、よかったよ。ホッとした」
「……そ、そう。ならいいケド」
またしてもそっぽを向いてしまう。
桐乃はそのあと、もごもごと何事かを口内で呟いて――
ここで桐乃が何を呟いたかは立証不可能ですが、「ま、まぁ、あたしもあんたと離れたくないし……」みたいな感じだったのではないかと。これについては想像の域を出ないので、正解かどうかは保証できませんが。
P.73
「たださァ、あんた、ちょっと今日のデートについて言わせてもらっていい?」
いきなり偉そうな口調でふんぞり返った。
「……あんだよ」
「今回は何とか上手くごまかせたけどぉ~、なにあれ? 全っ然だめ。話になんない」
「ああ?」
俺は座ったまま、不機嫌な声を出した。
「せっかく頼みを聞いてやった兄貴に、なんだその台詞はよ」
桐乃のお説教タイム開始。
最後の京介の「兄貴」という台詞に注目。
京介からすれば、もうデートは終わって、すでに二人は「兄妹」のつもりですが、桐乃はまだ今日は終わってないので「恋人」のつもりでいます。このすれ違いが、二人の仲を更にこじらせる原因になります。
P.73
「分かんない? あんたの所業を思い出してみなさいよ。隙あらば妹にセクハラするしさ、好きなトコ連れてけってゆったら、植物園とか言い出すしさ……こっちが文句行ったらエロゲの選択肢そのままの台詞で乗り切ろうとするし――マジ最悪」
ここで桐乃は妹にセクハラと言ってますが、これは昨日の美咲さんとの面会時の話です。それ以降は今日のデートの話です。桐乃は今日のデートについて話し始めたはずなのに、昨日の件が混じっていて紛らわしいですね。
P.73-75
ぐちぐちぐちぐち……今日のデートで気に食わなかった事項を羅列し始めやがった。
こいつの彼氏はデートのたんびにコレをやられるわけですよ。
大変だな! オラ、イライラしてきたぞ!
(中略)
「俺はおまえの奴隷じゃないっつーの! そういうのはなあ、兄貴じゃなくて、おまえの彼氏に言ってやれ! な!?」
「なっ……」
桐乃は俺の台詞にビクッと反応した。目を見開き、わなわなと肩を震わせている。
「今日は……あんたがあたしの彼氏でしょ?」
「『彼氏のふり』だろ? ったく……せっかく俺が嫌々協力してやったっつーのによ。それでこんなグチグチ言われんだったら、もうやってらんねーよ」
俺はふて腐れてそっぽを向いた。苛立ちを吐き出すように言ってやる。
「おまえの彼氏役なんざ、もう二度とごめんだね」
桐乃にしてみれば、気に食わなかった事項を羅列し始めたのは、「悪い部分を京介に改善してもらい、次のデートはもっと良いものにして欲しい」というつもりだったのでしょうが、京介は「せっかく俺が嫌々協力してやったっつーのに、もうやってらんねーよ」としか感じていません。もう、どうしようもなく、すれ違いまくりです。
ロクに説明もせず、ひたすら自分の都合と気持ちを押し付ける桐乃も、それを全然察することができない京介も全然ダメ。これでは、デートが上手く行くはずないですね。
P.75
バシッ! 桐乃が俺の顔面に何かをぶん投げてきた。
「痛ッて……なにす、」
「バカじゃん!」
がたっ、勢いよく立ち上がった桐乃は、乱暴な足取りでリビングの出口へと歩いて行く。
「やっぱあんたなんかに頼むんじゃなかった……」
怨嗟の呟きを発しながら、ノブを掴む。
そして桐乃は、ひどく醒めた瞳と声で――
「もういい。次からは、本当の彼氏に頼むから」
そう言い捨てて去っていった。
「………………………………本当の彼氏?」
俺の手には、妹が投げつけてきたツーショットプリクラが残されていた。
あまりに鈍感な京介に、桐乃の怒りがついに爆発。
本当の彼氏やツーショットプリクラについては後述。
第二章
P.80-81
今日のあやせは、大人しい印象のワンピース。俺の妹と同様、何を着ても似合ってしまうんだな。
京介はいちいち妹を引き合いに出さないと、他人を褒められないんでしょうか?
P.82
……へえ、ここがあやせの部屋か。甘くて化粧くさい誰かさんの部屋とはまるで違う、石鹸の清楚な香りに思わずクンクンしてしまうぜ。
ここでも妹を引き合いにだす京介。
ところで、この章の京介は明らかにテンションがおかしいんですが、シスコンな京介お兄ちゃんは、妹の彼氏発言がショックで頭おかしくなっちゃったんですかね?
P.87-88
「…………お兄さん、これ、どういうことですか?」
「なっ……!!」
俺はあやせが差し出してきたブツを見るや、激しく動揺してしまう。
なんとそれは、先日桐乃と一緒に撮った、らぶらぶツーショットプリクラだったのだ。
それが一枚だけ切り取られて、あやせの指の腹に載っていた。
「なんでおまえがコレを持っている!?」
「どうやってわたしがコレを手に入れたのか――そんなことは、この際問題ではありません」
いや、問題だろ。しれっと流そうとしてるけどさあ。
俺と二人で撮ったプリクラなんて、桐乃は絶対他人に渡したりしねえぞ特にあやせには!
てか、俺と半分こして桐乃が持ってたプリクラは、この前俺に投げつけて来たよな?
だから桐乃はもう、あのプリクラを持ってねーはず。
でもって――俺の手に渡ったプリクラは、エロ本に挟んでぜってーお袋にも見つからないよう新たな隠し場所にしまってあるから、こっちからブツが漏れることはありえない。
あれ? おかしいじゃん。じゃああやせのやつ、どうやってプリクラを手に入れたってのよ。
怖っ! オカルト現象すぎて追求しにくい。しかもいまそれどころじゃねーし。
―――気になったのがあやせのプリクラシールなんですが、なぜ彼女はあれを持っていたんでしょうか?
伏見 :ある日の深夜、京介の部屋に窓からそっと忍び込んで持って行ったんですよ。
あやせがなぜプリクラシールを持っているのか? という質問に対する伏見先生の回答がこれなんですが、マジなのかネタなのか判断つかないんですけど……まぁ、話の筋には関係ないから別にいいのですが。
P.88
「あの……どうしてお兄さんが、桐乃と一緒に、ハートフレームでプリクラを撮っているんです? しかもこんなにぴったり腕を組んで、すごく仲が良さそうです……。わたし忠告しましたよね? 桐乃に手を出したら――って」
(中略)
俺はあやせが見せつけてきているプリクラを、再び戦慄の表情で見つめた。
そこに写っている俺と桐乃は、どうひいき目に見ても、日常的にチューとかしてる熱々バカップルにしか見えない。そして目の前にいるあやせの瞳には『殺』という文字が透けて見える。
P.64の挿絵では全然そんな風には見えないのですが、あやせや京介の目にはあの二人が嫌々撮ったはずのプリクラが、仲の良さそうな熱々バカップルに見えるらしいです。挿絵は大人の都合としても、実際のプリクラが仲良さそうに見えるのは事実のよう。……となるとP.62-65の京介と桐乃の気乗りしなさそうな描写については相当京介のフィルターがかかっていると考えて良さそうです。(アニメでは訂正されていましたし、うっかり伏見先生が間違えただけという可能性もありますが)
P.90
美咲さんがデートを監視してくることを知って、彼氏彼女のふりをして一緒にでかけたことなどを話して聞かせると、あやせはひとまず頷いた。
「あの日、藤真社長が、お二人のデートを尾行して、監視していたと?」
「ああ」
「……そういうことだったんですか……でも」
あやせはツンと上向いた唇に指を当て、考え込むような仕草をした。
「それ、なんだか、おかしな話ですね」
「う、ウソじゃねえって」
「いえ、お兄さんがウソをついているというわけじゃなくて――藤真社長が桐乃をスカウトしていたのはわたしも知ってましたし」
京介の話がおかしいことに勘づくあやせ。
偽デートの真相についての伏線ですね。
P.90
「当たり前ですよ。こっちでは、わたしが桐乃を護らなくちゃいけないんですから。せっかく桐乃が帰ってきてくれたのに、また離ればなれになるなんて絶対イヤだったから……わたしもわたしで、色々と手を尽くしていたんです」
こっちというのは、モデルの仕事や学校など桐乃の表の顔の世界のことですね。
これはさすがに説明しなくても大丈夫だと思いますが、一応。
P.93
「……だって。お茶をいれに行っている間、お兄さんをわたしの部屋で一人きりになんてさせたら――絶対タンスを漁るでしょう? し、下着を……かぶったりするでしょう?」
「お、俺が何をしたというんだ……? いくら何でも、そこまで言われるようなことを……」
「し、しましたっ。妹モノのいかがわしいゲームや本を大量所持していたり、わたしの目の前で実妹を抱きしめ『俺は妹が大好きだ』と叫んだり、わたしにエッチなコスプレをさせようとしたり……等々、等々……罪状を数え上げればきりがありませんが?」
実妹描写。
下着をかぶったりについては、11巻の過去編のP.180の挿絵で実際にやっているのであながち的外れではないような……まぁ、7巻時点で作者がそこまで考えていたということはさすがに無いと思いますが。
P.98-99
俺は偽装デートが終わった後、桐乃と口論になって――
『もういい。次は本当の彼氏に頼むから』
そう告げられたことを、あやせに告白した。
「……どう思う?」
「売り言葉に買い言葉で、ついつい口走ってしまった妄言でしょう」
あやせは真顔で即答。俺はやや明るい声で、
「やっぱそうかな?」
「当たり前じゃないですか! 少なくともわたしは、桐乃に彼氏ができたなんてことは……聞いてません、一言も」
「そっか。親友のおまえがそう言うなら、一安――」
ごほん。
「彼氏なんてーのは、桐乃のウソなんだろうな」
なんだあいつ。馬鹿な見栄はりやがってよ。ばっかじゃねーの?
背負った重りから解放されたような気分で、へへっと笑う。
桐乃の親友であるあやせの口から、桐乃に彼氏ができたなんて聞いてないと言われ、安心する京介。
最後の描写からも、京介が内心では桐乃の彼氏発言を相当気にしていたのがわかります。
P.99
「確かに桐乃は、学校でも、学外でも、男の子に人気がありますし……中にはその……言い寄ってくる人も……」
「いるのか?」
「はい、何人も」
ふう……ん。そりゃ、考えてみりゃ当たり前か。見た目だけなら――あんなにかわいいんだからよ。しかも性格だって、学校では猫かぶってるみたいだしな。
男どもから大人気だってのも頷ける。
けっ、なんだか――いらいらすんな。
いまだに俺は、妹が凄い凄いって褒められてっと、ムカつくんだよ。
他に苛立つ理由なんてない。
さらっと妹をかわいいと言う京介。
京介が苛立つ理由は、もちろん妹に対する独占欲ですね。桐乃に男が近づくのが、いらいらしてムカつくと。
P.100
「けどよ、桐乃の好みってのは三つ以上年上じゃなくちゃダメらしいぜ? なんでも、同年代の男はガキにしか見えねーんだと」
クリスマスのときに、本人がそう言っていたのだ。
「三つ年上、ですか……」
「なんだよ」
「いえ、別に」
思わせぶりに流し目を送ってくるあやせ。
京介の言葉を聞いて、何かに勘づくあやせ。
(3巻編、下)の記事でも触れましたが、京介は桐乃の三つ年上です。
P.101
「お兄さん、桐乃の彼氏の件……念のため、もう少し調べてもらっていいですか?」
「……了解」
頷くしかなかったよ。
ま、仕方ねえよな。俺は、妹に彼氏ができようが、ぜんぜんまったく気にはならないんだけど――他ならぬあやせの頼みなら、仕方がない。
桐乃に彼氏なんざいねえってことを、『裏側』からも、証明してやろうじゃねえの。
俺は翌日、朝っぱらから、夏休みだというのに制服を着込み、学校へと赴いた。
京介が妹に彼氏がいるかどうか気になっているのは、確定的に明らか。
……っていうか夏休みなのに、翌日の朝っぱらから、わざわざ学校に行って調べるって……どれだけ気になってるんだよって話ですよね(笑)
P.105
そして五更は、俺と妹の共通の友人――黒猫の、もう一つの顔だった。
前髪を揃えた黒髪と、白磁のようになめらかな肌、表情に乏しく一見無感情に思えるが……しかしその奥には、温かな思いやりの心を持っている――そんなかわいい女の子。
いまはうやむやになっているが、夏休みが始まる前、俺にキスをしてくれて――
「よ、よう……オハヨ」
「……おはようございます、先輩」
それ以来、俺はこいつのことが……とても気になっている。
P.112
瀬菜は何やら用があるらしく、部活が終わると早々に姿を消し……だから俺は久しぶりに、制服姿の黒猫と二人きりで下校することになった。
「……………………」
「……………………」
二人とも無言のまま、規則的な足音だけが響く。嫌な沈黙ではなく、くすぐったい沈黙とでもいうべき空気が、俺たちの間に漂っていた。麻奈実と一緒のときとも違う、桐乃と一緒のときとも違う――なんだろうな、この感覚。
黒猫に対する好感度がめちゃくちゃ上がっている京介。
嫌なフラグが立ち始めていますね。
P.112
「……なにかしら? 実妹に“京介”なんて呼ばせて、いちゃいちゃしていたシスコンの変態さん」
実妹描写。
あやせも黒猫もやたら実妹を強調しますね。メタ的に言えば、作者が義妹オチという逃げ道を自ら塞いでいるのでしょうか?
P.114-115
俺は黒猫に『あやせから頼まれた件』について聞いてみることにした。
「桐乃に彼氏って――いると思うか?」
繰り返すが、別に俺が気になっているわけじゃないぞ。
またも言い訳を繰り返す京介。
わざわざ『あやせから頼まれた件』と二重かぎかっこで強調までする念の入れぶりです。気になっていると素直に認めればいいのに……。
P.115-116
「……いないと思うわ」
「そ、そっか。だよな……」
やけに断言しやがるな、こいつ。俺の感じたニュアンスだと、黒猫はあやせ以上に、『桐乃に彼氏がいないこと』を確信しているように聞こえた。
黒猫は高坂兄妹については、あやせ以上によくわかっていますからね。桐乃の京介への気持ちにもとっくに気付いていますし、桐乃に彼氏がいないのを確信しているのは当然と言えますね。
P.116-117
「あの女に恋人が出来たら……きっと夢中になるのでしょうね。いつものように」
(中略)
「いまよりさらに遊べる時間が減って……そうしたら、沙織が寂しがるでしょうね」
寂しいのはおまえだろ、と、よっぽど口を挟みたかった。
「だけど」
黒猫は小さく呟いた。
「だけど、私は……喜んでしまうかも」
桐乃に比べると、自分の感情に正直な黒猫。
これが、桐乃を出し抜いて、一時的とはいえ京介の彼女になれた理由の一つでしょう。桐乃が7巻冒頭の告白や偽デートで、もうちょっと自分に正直になっていたら……。
P.119-120
みんなで一緒にコミケに行こうぜ。
これはアメリカで桐乃を連れ戻すとき、妹と約束したことでもあった。
だから今回ばかりは沙織任せではなく、どうしても俺から言い出したかったのだ。年に二回しかない『お祭り』をみんなで楽しむために、できる限りのことをしたいと思った。ここだけの話だが、ここしばらく気合バリバリで受験勉強の貯金をしていたのは、そのための時間を捻出するためでもあったのさ。
律儀に妹との約束を守ろうとする京介。
P.121
メールを送ってきたのは、赤城浩平。さっき一緒に部活をしていた赤城瀬菜の兄貴である。
サッカー部に所属するガタイのいいイケメンで、妹を溺愛している。
俺とはまったく違う種類の兄貴だな。
どうやらこれもツッコミ待ちらしいので、「妹を溺愛しているのはお前も同じだろ!」とお約束通りツッコんでおきましょうか。
P.123-124
『妹に彼氏ができたかもしれない』
「!」
赤城から返ってきた会話になってないメール文面を見て、俺は何故か動揺してしまう。
『妹に彼氏ができたかもしれない』という文面に動揺する京介。
妹の彼氏について内心気になっていた自分と赤城の状況が奇しくも重なり、動揺してしまったのでしょう。
P.127
……結局のところ、そいつのことなんて、そいつじゃないと分からないんだよな。
たとえ親友に聞いたとしても、友達のことをすべて分かっているやつなんていない。
だから、表や裏……あやせや黒猫に心当たりがなくっても、桐乃に彼氏がいないなんて、言い切ることはできないのだ。
俺はふと、携帯の液晶で時刻を確認し、階段に腰掛けたまま、弱々しく玄関を見つめた。
「桐乃のやつ……まだ帰って来ねえのかよ」
……別に俺は、妹に彼氏がいたからって、全然どうとも感じねえけどな。
赤城とメールをやり取りするうちに一度は安心したはずが、またも不安になってきてしまう京介。この期に及んでまだ強がりを言っていますが、本音はバレバレですね。
P.128
赤城のバカのことは、心底変態だと思うが――しかしつい魔が差して、確認してしまいたくなってしまう兄貴の気持ちも……ほんのちょっぴりだけ、分からないでもない。
ほんのちょっぴりね……ハイハイ。
わざわざあやせや黒猫に、桐乃の彼氏について聞きまわったあの行動は何だったんですかね?
P.128
『でもよ、赤城――妹ってのは、妹なんだぞ?』
送ってから、我ながら意味分からん文章を書いたと少し後悔。
しかし赤城なら、俺と同じ兄貴なら、俺の言わんとすることが伝わるはずだ。
妹は、どこまでいっても妹でしかなく、いつか彼氏を作って、結婚して、兄のそばからいなくなってしまう。兄の保護を必要としなくなる。
ここで京介が妹について語る内容は、ぐうの音も出ない正論。
京介もそれが現実なのは、当然理解しているのでしょう。だから、桐乃に対して妹以上の感情を持っていたとしても言い出せないし、そんな感情を自分が持っていることを認めるわけにもいかない。それが12巻まで京介が桐乃に対して本当の気持ちを言えなかった理由の一つだと思います。
P.128-129
ウチの妹は彼氏という形ではなかったにしろ、いったんそうなりかけて――だけど俺は、
それがイヤで、耐えられなくて、必死になって外国から拝み倒してまで連れ帰ってきた。
だけど、だけどな。
それは桐乃にとって、一人立ちする時期が早すぎただけのことなんだ。
早いか遅いかの違いでしかねーんだ。
結局いつかは、いなくなっちまうんだよ。
なあ、赤城。瀬菜だって、同じなんだぜ? 分かってんのかよ。
まるで、自分に言い聞かせるかのような京介のモノローグ。
P.129
『高坂、俺はな、瀬菜に幸せになってもらいたいだけなんだ――なんて殊勝な台詞は言えねえわ。ずっとずっとかわいがってた妹を、ほかの男に取られちまうなんて、悔しくてしょうがねえだろ。色々、理屈では、分かってるんだけどな。そう簡単に割り切れねえよ』
「……そうかい」
そう簡単には割り切れない、か。
やれやれ。本当に――やれやれだぜ。こうやって本音が言えるのって、スゲエよな。
兄としての本音を京介に語る赤城。
自分にはできないことを、いとも簡単にやってのける赤城を、京介は心底凄いと感心しているのでしょう。
この赤城とのメールのやり取りが、京介が第四章で御鏡と桐乃に対して本音を暴露するきっかけになったことは間違いないでしょう。6巻では余計なことを京介に吹き込んでくれた赤城ですが、ここはグッジョブですね。
P.130
この階段を上ると、俺の部屋があり、妹の部屋がある。
いつまでもは続かない、しかしいまの俺にとっては、当たり前のこと。
ときたま思うのだが、やはり俺は、幸せなのだと思う。いまのままが続けばいいという願いは、だからこそ育まれたものだろうから。
望みに反して、俺はこの一年間で変わり果ててしまった。
妹や、オタクどもに感化されて、黒々と染められてしまった。
もう二度と行くまいと誓ったコミケに、自ら行こうと言い出すほどに。
だけどそんな俺は一年前と変わりなく、いまと同じ日々が続けばいいと願っているらしい。
いまや日常と化した、かつての非日常を、愛しているらしい。
おかしな話だぜ。同じ人間とはとても思えん。
京介が願っているのは、いまと同じ日々が続くこと。
京介は今の日常を愛していることが伺えます。
その日常にはもちろん妹である桐乃の存在も含まれるので、桐乃がモデルとして海外に行ってしまったり、桐乃に彼氏ができてしまったら、京介にとっては日常が崩れてしまうので困るわけですね。
この「日常を愛している、崩したくない」というのも、12巻まで京介が桐乃に対して本当の気持ちを言えなかった理由の一つだと思います。桐乃に妹以上の感情を持っていることを認めてしまったら、今の幸せな日常が崩れてしまいますからね。
P.130
さて――そこへいくと赤城のやつはどうだろうな? いくら超ド級のシスコン兄貴とはいえ、まさか妹と恋愛をしようなんて、そこまで狂った発想は持ちあわせていないだろう。
だとすると、こいつも『いまのまま』がいいって、そう思っているんだろうか。
瀬菜の方はどうだろう。兄貴のことを、兄妹の関係を、どう思っている?
そして――
桐乃は?
一見、妹と恋愛することを否定しているように思えるモノローグですが、この話の流れから妹と恋愛という発想が出てくる京介も大概ですよね。赤城との会話は、あくまで妹に彼氏がいるかどうか、もしいた場合どうするか? という話であって、兄妹で恋愛をするなんて話は一切出てこなかったはずですが……。
桐乃に妹モノのエロゲーをプレイさせられたり、妹の彼氏の振りをさせられたことで、京介も少しずつ兄妹での恋愛について意識し始めているようです。『いまのまま』の幸せな日常を望んでいる京介にとっては、妹との恋愛は狂った発想のようですが……。
P.131
桐乃が帰ってきたのは、門限ぎりぎりの六時半ちょうど。そのとき俺は、階段に座りっぱなしのまま、つまらない考え事をしていた。
P.127
もう五時過ぎだってのに。珍しく用があるときに限って、いやしねえんだからよ。
京介が赤城とメールをやり取りしてた最中が五時過ぎなので、それが終わってから六時半まで(少なく見積もっても一時間以上)京介は階段に座りっぱなしで考え事をしていたことになります。つまらない考え事と表現していますが、おそらく自分の桐乃への気持ち、自分と桐乃の関係、兄妹というものについてなど、京介なりにいろいろ考えていたのでしょう。
P.132
「ただいま」
帰ってきた桐乃は、ずいぶんと気合の入った服装だった。俺も見たことのない服なので、新しく買ったものなのかもしれない。肩も脚も露出が多く、大胆なファッション。そんなかっこで、こんな遅くまでどこに行ってやがったんだか。ブランド物の紙袋を提げているところを見ると――誰かと、買い物とか……?
「おかえり」
ぼそっと景気の悪い声で呟く。
京介は「もしかして桐乃は彼氏とデートをしていたのでは?」と疑心暗鬼になっているのでしょう。露出が多い大胆なファッションで、彼氏と楽しそうに買い物デートをする桐乃……そんな光景を想像し、不機嫌になっている様子がこの描写から窺えます。
P.133
「……こんな時間まで、どこ行ってたんだ?」
「……あんたに関係なくない?」
トゲのある返事。あー……そういや、こいつとは険悪なままだったんだっけ。
これからコミケもあることだし、言わなくちゃならんことが色々あるのだが、そもそも桐乃が怒りだした理由すら不明なのでどうしようもない。つーか俺、何度もあのシーンを回想してみたんだけどさ、やっぱり一方的に桐乃が悪いと思うんだ。いきなりキレてよ。
何度も回想してみたというところから察するに、桐乃が怒り出した理由を相当気にしていた様子の京介。しかし、桐乃が怒り出した理由はわからなかったようです。
さっきから京介のことを鈍感だの、見ててイライラするだのと書いてきましたが、僕自身、最終巻で桐乃が京介に対し、恋愛感情を持っているという事実が明らかになったからこそ、こうやって桐乃の気持ちが理解できるようになったわけで、そこがわからない京介に、桐乃の気持ちを察しろというのは、よく考えたら無茶振りですよね。僕だって当時はなかなか桐乃が何を考えているのかわからなかったですし……。
P.133
「………………」
嫌な沈黙が数秒あって、
「……キモ」
桐乃は俺の横をすり抜けていく。
ぞくっ……。
瞬間、言いようのない悪寒が背筋を上っていった。俺は自分でも無意識のうちに振り返り、ぎゅっと妹の手首を掴んでいた。階段を上りかけていた桐乃が振り向き、目が合う。
「……………………痛いんだけど、なに?」
繰り返しになりますが、京介は「今の」日常を愛しています。そして、その日常が続けばいいと願っている。そんな京介にとって、桐乃との関係が冷戦状態にまで戻ってしまい、昔のような日常に戻ってしまうのは恐怖に近いことなのでしょう。それを無意識のうちに感じ取り、言いようのない悪寒を感じた京介が思わず桐乃の手首を掴んでしまった……というのがこのシーンの僕の解釈です。
P.134
「は、放してよ」
肘を曲げ、抵抗する桐乃。
俺だって、お前の手ぇつかんでる理由なんてねえよ。――それが本心のはずなのに、意に反して指にこめられた力は強く、ほどけない。逆に桐乃が肘を曲げたことによって、彼我の距離がぐっと近づいた。妹の顔が、すぐ目の前にある。
「ちょっ……ほんと痛いって……な、なに……マジになっちゃってんの?」
桐乃の声は、少し震えていた。
「おまえ……その……」
震えを怒りで幾分相殺しているのか、桐乃は頬を赤らめ、あくまで強気な口調で俺を睨む。
ここで桐乃が頬を赤らめているのは、震えを怒りで相殺しているだけでなく、京介と顔が近づいて、恥じらっているからですね。
P.134-135
「な、なによ……」
「本当に……彼氏、できたのか?」
ぽつり、と、弱々しく呟く。
「………………え?」
抵抗の力が一気に弱まった。俺の台詞が、よっぽど意表を衝いたものだったらしい。
胸に詰まっていた台詞――なのかどうかは分からないが、とにかく吐き出したことによって、ようやく俺も、指の力を緩め、手を放してやることができた。
桐乃の彼氏疑惑が発生してから、今までずーっと京介の中では、もやもやしたものが胸に詰まっていたのでしょう。あやせや黒猫に桐乃の彼氏のことを聞いて探ってみたり、赤城から話を聞いて一時間以上も階段に座り込んで考えこんだり。そんなもやもやをようやく本人に吐き出すことができて、ホッとした様子の京介。シスコンですねぇ……。
P.135
「……超痛かった」
「わ、悪かったよ」
さすがの俺も、素直に謝ったさ。なんでこんなにイライラしていたのか、あんな台詞を言ってしまったのか――自分でも、いまだに分からないけれど。とにかく率直に頭を下げた。
「……ホントは仲直りしようと思ってたんだけどな。……いや、好きにしてくれ。今回ばかりは、俺が全面的に悪い」
妹に暴力をふるってしまうとは……最悪だ、俺。
桐乃に対する態度や鈍さはともかくとして、悪いと思ったらちゃんと反省し、素直に謝れるところは京介の良いところだと思います。
P.136
「っくく……なーにィ? 妹に彼氏ができて、嫉妬しちゃったわけぇ~~? キャハハハ! きっも~~! 超マジ顔で妹に迫って『本当に……彼氏、できたのか』だって!」
いきなり目を輝かせて、めちゃくちゃ嬉しそうに俺をコケにする桐乃。
な、なんでそんなに上機嫌なんだよ。おまえ、怒ってたんじゃねーの? しかも俺に、怖い目に遭わされたばかりだってのに……。正直意味がわからんぞ。
桐乃が怒っていた理由は、京介が偽デートで最後まで自分を妹扱いして、彼女として扱ってくれなかったことです。「もういい。次からは、本当の彼氏に頼むから」という台詞は、あやせの言う通り売り言葉に買い言葉でついつい口走ってしまった台詞であり、「この時点では」桐乃自身そこまで深い意味があった台詞ではなかったのでしょう。しかし、その台詞が思いがけず京介の嫉妬を引き出すことができたのを知って上機嫌になった……というのが桐乃の心情だと僕は思います。
P.136
「……俺さあ、おまえが何を考えてるのか、ぜんぜん分かんねーよ」
「あたしも、アンタが何を考えてるのか、分かんない」
このやり取りが、今の高坂兄妹の状況を端的に表していますね。
お互い自分の思っていることを正直に話しあえば、すぐに解決する問題なんですが、二人とも素直じゃないですからねぇ……。
P.136
「――今度紹介してあげよっか? あたしの彼氏」
挑発するようにそう言い残して、階段を上っていった。
彼氏発言が思ったより京介に効果があることを知って、調子に乗る桐乃。
御鏡を偽彼氏に仕立てる伏線ですね。